第9話 パニック発作?

……殺される、殺される、殺される!

背筋がみるみる固まっていく。

首と肩がガチガチに凝って、

全身の筋膜がコンクリート化する。

息ができない。

横隔膜も胸骨も動かない。

助けての言葉も出ない。


「ルカ!」

声が段々と遠くなっていく。

その優しい声を聞きながら、

体重のすべてを彼に預ける。


「ころ、される」

「俺は殺さないよ、そこに座ろう」

「生きてる?」

「大丈夫、途中下車したよ」

安心すると眠気が襲う。

意識が遠のいていく。

「もう、電車はやめよう」

優しい彼の声が聞こえる。



「ありがとう、ごめんね、また来てもらって」

「いや、いいさ。俺も勉強捗るしね」

「会えて嬉しかった!」

「うん、またね」



温かくて頼もしい肩で目が覚める。

パニック障害と診断されたのは18の時だった。

本当は電車に乗れなくて、

でもずっと隠して学生と会社員をやってきた。

最近過労のせいか頻度が上がっている。


パニック発作に効く薬はオーバードーズにならない限界量まで飲んでいる。

認知行動療法も試した。

が、悪化するばかりだ。

最近はお出かけも旅行もままならない。


「それ、本当に広場恐怖なのか?」

「セオリー的にはそうなんだけど、ね」

「ヤブ医者なんじゃねえの」

「前の先生もパニックって言ってたから」

「けど、殺されるってほど追い詰められるの、それ? いつも呟いてるよな」


確かにおかしな点はある。

周囲を男性に囲まれて逃げ道が無くなると、

頭の中で「殺される」が始まる。

昔からそうだったから、みんな電車の中では生きるか死ぬかをしてるんだと思ってた。

彼の言う通りかも知れない。


「お父さん、体調悪そうだったな」

「ああ、いつもだけどね。最近は結構きてるね」

ずっと看病して支えてきた父が余命宣告されてもうすぐ1ヶ月。


文字通り生きるか死ぬか、

切った張ったの世界を私は生きていた。

「父が死んだら不良になる」

という可愛い夢はついに叶わずに三十路を迎えてしまった。


まさか、父の死は序章に過ぎないとは、

父の死がもたらすのは心願成就でも自由でもなく、

見たくも無いパンドラの箱だったとは。

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