第7話 「久しぶり」の悪夢

会社員生活にもやっと慣れてきた頃。

同業他社の大先輩との会食中、見慣れた番号からの通知に戸惑った。

「ずっと鳴ってるじゃない、出て良いですよ」

先輩の声に押されてエレベーターホールへ向かう。

あまり良い予感はしない。


「久しぶり、なに?」

早く切りたくてつっけんどんに答える。

明らかに狼狽している様子に、ますます続きを聞く気が失せる。

「どうしよう、子供が出来た」

「はあ? それで私に電話相談? 誰の子? あの女じゃないよな?」

つい、ヤンキー言葉が出てしまう。

「いや、その、その後も続いてたって言うか、結婚前提だったから、婚約はしてて、でもどうして良いか分からなくて、お前に……」


私の頭の中のプロメテウス火山が大噴火した。

人生でも数えるほどしか怒ったことの無い私だが、

キレると大噴火は不可避。

あーあ、君は引いちゃいけない引き金を引いたね。


「君たちの不始末を一度は整理させていただきましたが、今度はテメェで考えてテメェで始末しろバカ!」

人生で初めてブチんと電話を切った。

そして迅速に着信拒否設定を冷徹に操作する。


やっと言ってやった。

怒りで震えてはいたが、清々しい震えだった。

そして最早、額に「クズ」と烙印の押された元彼氏に何の未練も無いことに清々する。


あの人は、私を、とても丁寧に扱ってくれた。

軽々しい愉悦の相手とは看做されていなかった。

そんな軽率な行動、彼は一度だって私に取らなかった。

「くれてやるよ、クズカップル!」

泥水を吐き切って笑顔を作り直し、

先輩の待つバーカウンターへ戻る。


その言葉がブーメランだったとは、

さすがに不肖・佐々木ルカ、まだ若かった!

その頃は知るよしもなかった。

ーー年々歳々人、同じですよ!

思い出すだけで喉元が酸っぱくなる。

悔しさで左目に涙が滲む。


家庭なんて、ぶっちゃけ誰とだって作れる。

愛があろうと、きっかけが何だろうと。

オシドリだって実はスピード離婚するんだから。


いや、やっぱ、そんな衝動に任せた運命の選択、出来ない。

アヤちゃんすげぇわ。

男ゲットするためなら妊娠も戦略カードとして利用するとか……。

実力や知力で勝っても、胆力で完敗したんだ……。


子宮を武器に戦う娘に勝てる気がしない。

彼女らの本気に勝てる気がしない。

一生、生涯賃金では負ける気がしないけど、

男を転がす最終奥義のスキルでは足元にも及ばない。


Stoned.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る