第5話 大手町のアヴィーチー

「この水面に映る丸の内も、また一つの現実なんですよ」

「そうだねえ、夜景じゃなくて水面の夜景をじっくり見たことはなかったかも」

「でしょう、アルフレート・シュッツの多元的現実論を大学で学んで、それから大手町で色んなことを考えるんです」

「上のパレスホテルも、下のパレスホテルも、たくさんある現実の一つ、なのね」

「そんなに堅く考える必要無いのかも知れません」

「……冷えてきたね」

「ね。くっついて良いですか?」


予定通り彼のトレンチコートに手を突っ込む。

骨張った手にドキドキする。

身長差が心地よい。

肩に頭を預けて、リモートワークで閑散として丸の内を歩く。

「知り合いいそう」

「いいよ、バレたって」


私は今まで何度同じことを繰り返してきたのだろう。

そしてこれから先、あと何回繰り返せば許されるのだろうか。

君の手を取らなかった、君が振り解いた手を繋ぎ止めなかった、

それはそんなに罪なことですか。


大手町が無限再生される。

元カレはみなこの街で活躍している。

もちろん、君も。

君はまだ髪の毛があるんだろうか。

君の今の暮らしは幸せなのだろうか。

私にはとっくに関係のないことだ。


振り返って、笑顔を作る。

「まだ離れたくないです」

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