第3話 バリキャリ(仮初)

「佐々木ー! 今日メルマガ頼むな」

「あ、ルカちゃんまた日焼けしたね。運動しちゃった?」

「ねールカさん聞いて聞いて、この仕事やだ!」


月曜日は様々な案件が持ち込まれる。

メルマガとリリースを作りながら、

ナナの話を耳半分で相槌を打つ。


「なんかクマひどくない?」

中谷先輩のほんわかボイスが向かいの席から飛んでくる。

「昨日眠れなくて」

嘘だ。眠れないのは常だ。

「こんな時期だからゆっくりしなよぉ」

この距離感は心地良い。


給料で選んだ会社。

社内不倫に巻き込まれまいと、

化粧とヘアセットを己に禁じてバリキャリを演じている。

おじさまたちには「口紅くらいしたらどうだ」と言われるが、

そんなんで不倫に巻き込まれたら捌ききれない。


「ナナちゃんは偉いよなぁ」

玄関を閉めながらつぶやく。

ドロ沼社内不倫に一方的に巻き込まれ、

そのままあれよあれよと年上男に奪い去られた彼女だけど。

旦那とは今も上手くやっているらしい。


今日もバレずに済んだ。

ここ最近の爆弾を、会社の皆さまに。

仕事もちゃんと出来た。


「褒めてつかわす」

とスイカバーを口に突っ込む。

チョコレートチップがパリパリ音を立てる。

メロンバーも続けて突っ込む。

ラムネボールが爽やかに駆け抜ける。


ネイルを塗り替えて布団に入る。

一面の暗闇に色褪せた景色がカットインしてくる。

あれは……後楽園だ。

隣にいるのは……誰?

いや、頭も身体もズキズキと痛む。


背中が熱い。

怖い。

怖い、でも何が?

何が怖いの?

否、分からない。

何もかも思い出せない。

ただ胸が苦しい。

まるで恋しているみたいじゃないか。


私は、誰が、好きだったの?

ーー分からない。

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