第21話 監視者
本来ゲームでは
グランドクエストの始まりのマップでもあるが、その担当であるNPCの姿は無かった……筈だ。魔界から人間界への侵略が始まり、プレイヤーは『天使』からそれを告知され、悪魔の陰謀を阻止する。
よくある
四カ国が協力して悪魔と対抗せねばならないのにプレイヤー同士が相手を出し抜こうとする設定。公式サイトでの説明は「競争する事で人を強くする」とあるが神様がそれを仕組むってどうよ?と言いたい。
まぁ、ゲームで神様に直接問い質す機会は無かったわけだが……
野営地にて
焚き火の明かりを背後にして茂みまで約14~5mの距離を置いて立ち止まり、インベントリから予備用に置いてある
「其処に居るのは誰かな? 魔法で隠れているつもりでも俺にはバレバレだよ」
返事は無いが陽炎のような気配の揺らめきが輪郭を少し乱した、動揺してるな。
杖に
カムフラージュは術者が攻撃もしくは逃走すると効果を失いその身を露呈してしまう。移動の最中も身を隠すのには
「いまのは警告でわざと外したが、今から三つ数える間に隠れ身を解いて出てこないと次は当てる」
魔法使いがわざわざ声に出して数を数えれば呪文詠唱出来ずに隙を晒す、と相手が思っていたら誤りだ。前もって発動体___この場合魔杖___に使用する魔法を仕組んでおけばあとは
相手が先に攻撃してくれば姿を露呈しロックオンで
「ひとーーーつ」
「まっ、待ってくれ、今出てくるから撃たないでくれ」
あせった声を出して茂みがガサゴソと揺れ動き、黒い塊が這い出てくる。
「あんたすごいな、何年もこの仕事やってて居所バレたのは初めてだよ」
魔道具の
「物取りにしては大仰な格好だな、何の用で野営地に近づいた? 」
質問をしながら視野右上の検知マップを確認する。
背後の野営地にロバート達と勇者達の反応で七個、俺の目の前に一個、100m前後離れた場所に5~6個の生体反応があるが目の前の不審人物とは無関係なようで、多分ただの野生動物だろう。
「多分聞いたことあると思うけど
「試験なら狩りが終わった後の野営まで付き合うとは思えないがな、そんなに冒険者協会に人手が余っているのかい? 」
「
そう言って黒猫人は口角をややあげた。
「聞いた話だと『キノコ森』でやらかしたそうじゃないか」
「やらかした、とはどういう意味だ? 」
「『街道を穴だらけにした』と『森の一部をボロボロにした』と報告があった」
……征天雹槌アイスメテオをあそこで使ったのはヤバイ事だったか
黒猫人はギリースーツの胸ポケットから水筒を取り出しひとくち飲み込んでから話の続きをした。
「協会が冒険者に昇格試験を課すのは『その狩場で生き延びるだけの実力を持っているか』を見るのが主な目的だが、狩りをするにあたって『フィールドに余計な負荷をもたらすか』、つまり適切な力を振るうことを身に付けているかを見る事も含まれている、それと素材採取したあとの後始末もな」
「魚を取るために川にドカンドカンと魔法ぶち込むような阿呆な漁する奴は論外だが、残骸を放置したり必要以上の乱獲も慎まなければならん。
『魔物は見つけ次第駆除』という考えも有るとはいえるが、ここらでランク試験の対象となるものは『次に試験を受ける者』が狩る対象ということだ」
そう言って首の凝りをほぐすように軽くコキコキと音を立てるように回した。
「昼の狩りを見た限りおいて、あんたは此処での狩りは低レベル過ぎて鼻歌交じりの稚戯じゃないか、と言うのが俺の見立てだ、違うか? 」
確かに彼の指摘の通り自分にとってこのマップは適正ラインを大きく下回っている。だがこの狩りは協会からの『指名クエスト』なのだから探りを入れてみるか。
「俺が此処に来たのは協会から指名されてロバート達と共同作業を頼まれたからだ。
あんたの任務は『ロバート達の素行調査』が主なのか、それとも『この俺の監視』が主なのか、どっちだ?」
「隠れて仕事している者に任務内容聞いた事」を
正直に話してくれるなら大助かりだし、黙秘するとすればその態度も判断材料となる。
「あーっ、そう直球で問われると困るな、俺の立場的にだが」
黒猫獣人はそう言って目を眇め、閉じた口の隙間から歯がかすかに窺える。
威嚇ではないが「不機嫌な猫」を思い浮かべてみればそれに近いだろう。
実技試験監督官が受験生に隠れて採点しているのを見破られたと言うのは面目が立たないし、
不審者監視を請け負った公安監察官が任務中に露見したと言うのはそれ以上である
「始末書」と言うのがこの世界でも有るか知らんけど叱責受ける可能性は高いだろうな。
「ぶっちゃけた話、あんたがここで新人の助けをしている限りにおいてはそう問題じゃない。キノコ森の状況をこの眼で見てないから断言できないが、ここで行使した魔法を見た範囲でだが、ソロでもここのボス級を狩る事が出来る腕前だろ? わざわざ誘引するような真似をするくらいだ。
ホーリーライトの冒険者があんたを挑発するような言動したのは愚かだと思うが、売った喧嘩を買うような短慮な性格だとこの先困る事態を招きかねない」
ホーリーライトから来た単なる冒険者とウッドワースの冒険者が揉め事起こす程度なら当人同士で解決しろ、協会は細かい事は介入しない立場だが、と前置きして
『勇者顕現』は世界の危機に現れると「神殿」が喧伝してる以上相手を無下に扱うのはよろしくない。
ここウッドワースで適当に魔獣を狩ってもらって他に行ってくれれば無難に終わるとも予想できるが。
「勇者の出現」と「精霊の祠から来た人物」
短期間にこの二つの事象が起きた事は「単なる偶然」で済ませるには事が重大だ、と
「まぁ、俺としてはあんたが協会から依頼されたクエストをさっさとクリアして、討伐クエスト受けられるランクになって適性レベルの狩場に行く事が望ましいと思うがな」
「さすがにそれはぶっちゃけ過ぎじゃね?」
「本来面と向かって話す事の無い間柄だからな、任務中のシノビをわざわざ露見させた相手に言葉を
新人のテスト監視は
そう聞くとなんか違和感を感じた
不遇職とプレイヤーに評価される忍者だが、それは対魔物モンスター戦闘であって対人戦のスペシャリストである。
ゲームでNPCに忍者は居なかった、それは「プレイヤー職」であったはずだ。
ここはひとつカマかけするか
「なるほど、
わざと「暗殺者」と言うワードで揺さぶりをかける
「ちょっ、人聞きの悪い言い方するなよ、俺は『殺し屋』じゃなくあくまで『監視員』だかんな?」
「シノビは特殊任務で暗殺に長けていると聞いてるが?」
「殺しまで依頼されちゃいねーよ、協会にアイテムの鑑定頼んだ相手にそれ仕掛けたら信用が失墜しちまうわ」
なるほど、忍者と言うスペシャリストを投入したのは先日協会に持ち込んだ武器類が原因か
「あんたが出張ってきたわけは先日の武器が原因なのか、あれはたいしたこと無いランクとばかり思っていたが」
「アーティーファクト級のシロモノ持ち込んでおいて『たいしたこと無い』なんてどんだけだよっ!」
レベル90台ドロップ品は二束三文と言うほど下落はしていないが、ボリュームゾーンと言うべき活動層は既に130台を超えている、最前線組は180でレベルキャップ状態、あと数ヶ月で新マップ実装時に200まで開放する予定とアナウンスされていた。
当然バザーで購入するプレイヤーは少なく、ギルメンのセカンド・サードキャラ用に倉庫に眠らせるくらいだ、いわば「塩漬け状態」という奴である。
以前は新規プレイヤー探して『学園』で卒業試験を手伝って自分の居る国に勧誘してギルドで育てたりしてたのだがこの数ヶ月新規らしいプレイヤーは見かけた事無かった。
……まぁ、人の一番多い
そんなゲーム内ではとても一線級とはいえないアイテムを「アーティファクト級」と評するのは気になる。
「預けたアイテムの鑑定は済んだと言う事か?
鑑定が済めば実際に売れるのが何時になるか判らないが買い取ってもらうのは問題なかろう
ゲームでは武器防具類の店売りは55レベルまででそれ以上のレベルはドロップ品か生産職プレイヤーの生み出したもの。
あとは
生産職プレイヤーはレシピをNPCから買って生産するので、少なくともレシピが存在するなら作れる住民は居る理屈である。
「あー……細かい
店売りされているレベルではないが、プレイヤーが資金稼ぎで不要なドロップ品は四カ国いずれでもバザーが行われていると予想してた――売っても奇異の眼で見られない――が、そうでは無いらしい。
あとで確認すべき事項を心にメモしておいて目の前の人物から色々聞きたいことがあるが……
そろそろタイムアップか。
「もちこんだ品だが、あれは俺が此処に来る前に各地の
ランクの事を含めて『たいしたこと無い』と言ってしまったのは失言だったが
「そんな高ランクの魔窟に行ける奴がここで初心者と遊んでいる理由を聞きたいとこだが、『冒険者の過去を詮索しない』てのも【協会の】暗黙の掟だからな、【俺から】聞くのはよしとくよ」
言葉の一部にアクセントで強調、暗に協会のトップもしくは王国のお偉いさんから目をつけられるだろうとの意味を込められた
「俺がここに居る理由、というか原因なんて俺自身しらねぇよ」
これは嘘じゃない、ゲームで知った場所では有るが四六時中居たいと願った事も無かったから「神が願いを叶えた」とは思えないからな
「まぁ、忠告は胸に刻んでおくさ、ランク上がってよそに狩りに行けるようになったらお勧めの場所教えてくれよ」
「あぁ、このクエスト済んだらおそらく『
「では焚き火のもとに戻るな、小用で離れたと言ってあるから長く話す時間も無い」
「冒険者を続けるならどこかでまた会うだろう、あんたは面白そうだから楽しみにしてるよ」
社交辞令じゃなく本音だと思う、それくらい興味をもたれたのは吉と出るか凶と出るかはてさて……
杖をしまい、きびすを返して焚き火に向かう、視野の右上に出したままのレーダーを注視しながらだが。レーダーの輝点はフッと消えた、魔道具による帰還転移だろう。
あそこで背後から致死攻撃を仕掛けても対物理魔法の
「後始末に手間取りました?けっこう時間かかったようですが」
焚き火の近くの倒木に腰を下ろしインベントリの整理をしていると勇者オルラントは枯れた枝を焚き火にくべながらそうたずねた。
ここら野営地の指定場所は他の冒険者も使用するため、小はともかく大は穴掘りと埋め土はマナーだ。
「ねずみも居なくなって寝てる間に齧られる心配もなくなったみたいですね」
そう言って勇者どのは人の悪そうな笑顔を浮かべた
あぁ、監視されている事に気づいていたのか、予想以上に感知力高いみたいだな、物語の主人公補正というとこか?
「気づいていたのか?」
「小規模とはいえ魔力行使の反応がほんの少しだけ離れたところで数発撃たれれば、昼間はともかく夜はすぐわかると思いますよ」
……俺の威嚇攻撃が原因でした orz
「物取りの類では無かったようですね、戦闘に入らずその後静かに話し合いしてたみたいですが」
「珍客が来たので見物に来たそうだ」
「そうでしたか、狩場を荒らす事になってしまいすいません」
オルラントは好奇心のにじんだ笑顔をひっこめ、ばつの悪い顔になり焚き火の薪を手に持った枝でかき寄せた、その姿は武人というよりまだ少年の雰囲気を残すしぐさだった。
「まぁ後の世に英雄譚として謳われる勇者どのとの遭遇はそうそう無いでしょうから物見高い者が来るのは仕方ないですよ」
監視者の標的が俺の方だとはおくびにも出さず茶化しておく
「英雄譚ですか……ほんの数ヶ月前までそんな事は酒場の吟遊詩人もネタにしてなかったですけどね」
「人生どう転ぶか誰もわかりませんからねぇ」
まったくだ、一週間前の自分には「ある日突然異世界に行く」など漫画か小説だけの与太話くらいしか思ってなかった。
救いと言えるのは日本に居た頃のフリーターと言う不正規労働者のままではなく、似たような不安定職業とはいえ『冒険者』として魔法を使えるゲームアバターとして来れた事か。
「『汝は何処より来たりて 何処へ行くなりや』か……」
以前何かの本で読んだ一節がつい口に出た。
その答えを知るためには『汝は何者なりや』の問いを解く事だと書いてはあった
ファミコンなどの家庭用ゲーム機ならエンディングの無いゲームなど有りえないが
MMOなどネトゲーだと無いのがざらにあるから困る。
新規プレイヤーの姿をとんと見なくなって久しいがサービス終了の噂は聞かないし、あと数年は続くか……
*
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