第20話  転生者 (後編)



 オルラントは孤児院で育った


首都アウレアの北、古都コムリオムの修道院の前に赤子が捨てられていた、それが13年前の事。比較的豊かな地であるホーリーライト王国とは言えど子を育てられず捨て子を宗教施設に委ねる事はままあるらしい。


修道院の敷地の片隅に孤児院は置かれ、孤児が15歳になって成人となるまで読み書き計算とある程度の生産職業の技能を身につけるよう育てられる。

 修道院での雑事と教団信者である俗世の人々への奉仕活動が孤児の「仕事」であり

信者である貴族や商家が教団に納める「お布施」の一部が孤児院の活動資金となる「互助関係」を築いている。


 生産技能の優れた者は職人の徒弟として成人後の就業先として孤児院を出た後10数年は給金の何割かを教団に納める義務を持つ__例えるなら「奨学金」返納みたいなものか__それが孤児院の後輩の衣食住を豊かにすると信じて。


 手が器用でない者は修道院の小間使いとして働き、その働き次第によっては上位組織である教団の判断で各地にある教会の施設で司祭プリーストの助手である助祭ディアコヌスになる。


 助祭は妻帯が認められるが結婚は助祭叙階前までに済ませてある場合である__それまでに出会いがなければ生涯独身__ある意味叙階される事を望まぬ事態もままある

 

 身体強健で信心の深き者は「神殿の盾」として徒手格闘、メイスやフレイルを用いた武術戦闘で鍛錬を重ね、信徒を守る『聖殿護法房』に籍を置き、僧兵モンクとして国家の鎮護を担う。


 その過程で騎士として聖別された剣や槍をふるう者__いわゆる聖騎士パラディン__として国と教会を守護する道を進む者も居るらしいが、それらは貴族の次男以降等ボンボンが就く地位なのは誰も口にしないが暗黙の了解と言う奴である。



 長々と説明したが、以上の事は「素晴らしい仕組み」であり、誰も非難するものではない。孤児を引き取り、社会に役立つ人材として教育するシステムとして見習う点は大きい。


……表に出ているこれらで留まっているならば、だ。



 表に出てない部分、孤児を育てて暗殺者や間諜として教会に敵対する組織に送り込んだりするのは「仕方の無い事」と目を瞑る要素だと見てみぬ振りもあるだろう。


 だが、「孤児の保護」と偽り、人攫いに金をやり魔力の資質ある家庭から赤子を攫ってくる事はどう言い繕うとも重犯罪である。




 ゲームでは初期配置にホーリーライト王国を選択したプレイヤーが教会の暗部を暴く『聖地に巣食う悪魔』と言うサブクエストとしてこれらの情報を入手して功績を上げるイベントが有った。ただ、ゲームでは「勇者」とかは出てこなかった筈だ、隠し設定として有ったかもしれないが……


「勇者」を「魔王」に対する暗殺者と言う穿うがった見方をする事も可能だが、現時点で断言するのは難しい。




「孤児院の雑事をしながら街を駆けずり回っているある時、『冒険者』として街中まちなかの依頼を受ける事で稼ぐ方法が有ると仲間から聞いて、体力に自信がある俺は登録をしようと思ったんだ」


 だが冒険者登録には最初に登録費用として銀貨二枚が必要、孤児院でタダ働きの身では銅貨でさえなかなか手に入れることが出来るものではない。


 協会の斡旋を通さず荷物持ちとして直接冒険者に交渉してうまく雇われて小銭を手に入れる事に成功もしたが、その何倍も騙されてタダ働きをする事が多かった。


 その場合でも暴れる事はせず、罵る事で相手の評判を落とす程度で済ませた、罵られた相手は二度とオルラントを雇うような事はしないが、そんな相手は『子供相手の小銭程度も惜しむ吝嗇けち野郎』との評判で冒険者仲間とPT組む事敬遠され、しばらくして姿を消すような事となった。 

 ソロでやっていけるような技量持つ__生き残る腕の有る__人物はそもそも子供を雇うような事もしないが。


 荷物持ちとして冒険者の狩りに同行してる間にアクティブモンスターに襲われる目に幾度も遭ったが__武器が無いため倒す事こそ出来なかった__体術のみで追い払う事で自分の身と預かっている荷物を守るその姿は次第にアウレアの冒険者でも評判となり『素手喧嘩ステゴロのオルラント』と親しみを込めて呼ばれるのに長い時間はかからなかった。


 そしてゲイルとクロフォードの居る武族クランの「エトワール」と出会い、クランマスターの誘いを受けて冒険者登録したその日にクランメンバーとなる。


 ちなみにクランマスターはステラという名の女性の軽戦士だとか、お目にかかりたいものだ



 体力があり、試しに武器を持たせるとロングソードだけでなくグレートソードも楽々と振り回せるので両手持ち剣をメインにした戦士ウォーリアにしようかと言う意見も有ったが、モンスターの攻撃が集中するなら盾と鎧兜で防御力上げた壁役を頼めるかのマスターの頼みで重甲戦士タンクの見習い装備で技能スキル上げをする方針が採用された。


このまま行けばエトワールの前衛戦闘職としてよくある冒険者の道を歩むはずだったのだが……



「二ヶ月前、神殿で神の託宣が出たと聞かされ、俺を含む何名かが呼び出されたのだ」


そこでオルラントが聞かされたのは「魔物の組織的活動」であり、『勇者エル・ロイカの出現』である。前者の方なら冒険者であるオルラントにも関係があると言えるが神殿が動くには理由が良く見えない。勇者の出現と言うからには自分オルラントはそいつの同行者として教団の実績稼ぐ要員だろうかと思っていたら………


同行者どころか自分がその『勇者』の生まれ変わりという話だった。



「{身廊しんろうで孤児院の仲間は待機させられ、俺ひとり司教さまに導かれて内陣の主礼拝堂に連れて行かれた」


「そこで祭壇に香が焚かれ、司教さまがなにやら祝詞を詠じると____周囲に誰も居ないのに___誰かに突き飛ばされるかのように頭に衝撃が来たのだ」




             ◇     ◇     ◇



 平原で多くの軍勢同士がぶつかり合う、空には翼を持つ異形の影が飛び交い、時折地上からの魔法や矢がそれを撃ち落していくが次から次へと湧いて来るかのように数が減っているようには見えない。


 そばで誰かが自分を呼んでいる様だが良く聞き取れない、戦場は人と人でないものの怒号と悲鳴で空気そのものが揺さぶられ、火炎魔法の余波で炙られるそのさまは煉獄が地上に現れたかのようであった。


「**ラン、左翼はまだ持ちこたえているが」「右翼は大型蒼獣悪魔グレーターデーモン突進ラッシュ」「ながくはもたん」

 大剣グレートソードを振り下ろし、迫ってきたトロールを斬り捨てて獅子頭獣人ライオネルが怒号交じりに伝える。


「魔道兵団が敵正面に」「連唱魔**ちこむので」

 紫のローブを纏った女魔法使いが通信用魔道具持った片手を耳に当てながら効果が切れ掛かった補助魔法バフを戦士に掛け直す


 大軍同士が衝突するこの場では軍の組織外の冒険者が個別に大規模範囲魔法を使うよりひとつの生き物のようにPT単位で活路を開く方法が過去の経験から生き延びる率高い。

通信兵+工兵+衛生兵の役割で通信魔道具から入る後方からの情報をリーダーに伝える


「敵の本陣まで俺たちが」「血路開く」「敵親玉ボスは金色の毛」「牛の角生えた熊みたいなやつ」

 左手の折れたサーベルを捨て、予備のマインゴーシュに持ち替えた双剣使いの狼獣人が不敵に笑う。


 「我々の出番は」「正面の重装戦士が三つの楔形陣形シェブロンで前進」「敵横列陣形こじ開けた隙間」「味方前衛が左右に転進」「そこへ魔道兵団が貫通優先の魔法放ちます」「その後が私たちの突撃タイミングですです」


 自分の居る場所は前線中央、正規軍の大盾を持った重装甲戦士が敵の圧力を上手く受けつつ二列三列の槍兵を守っている。その側面を突こうとする敵兵を遊撃である冒険者PTが対応する構えとなっている。


騎馬兵は自軍本陣左右で待機していて投入指令が出るのを今か今かと待っている


 勇者が切り込んで敵大将と接近戦闘に持ち込めれば指揮系統混乱したところを機動力で寸断後歩兵で個別に殲滅……というのが人族ヒューマン獣人族セリアン連合軍の作戦である。



トロール、オーガ、ギガースなどの大型魔物は本来群れて行動することは稀である、それらを指揮・使役している存在を叩けば組織的戦闘は出来ずに群れは瓦解する、というのが従来の見解であるが。


 空を乱舞するガーゴイル、赤い体色の山羊形獣魔デモノゴート直立歩行するワニカニバリィゲーター____背中に刃物のような板を何列も背負っている異形。

過去魔窟ダンジョン深部にしか現れなかった異界の者どもが今回大挙して押し寄せている。まるで地獄の釜が開いたかのような感覚に襲われる、剣を握る手の内がじっとりと汗ばんでいるのに気づく。


「『怖れるなノットフィアー 汝にはユー レシーブド魔を祓う力を既に授かっているエクソシズム』」


 ねっとりとした熱気と血の臭いを吹き払うような爽やかな風が吹いた

声のした方向に顔を向けると灰色の髪を|靡かせ。緋色の聖職服を着た初老の男性が立っていた。



「ラージンガー枢機卿猊下っ! ここは危険です後方にお下がりください」

PTの回復役の司祭プリーストが蒼白な顔をして嘆願する。


「わが身を案じてくれるのは嬉しく思うが、ここを抜かれては幾十万の無辜むこの民が魔物の群れに蹂躙されるのは必定、われ一人後方で安穏と戦場見物と言うわけにはいかぬ」


「し、しかし」


「はっはっはっ、こう見えても冒険者として過去迷宮であのような悪鬼どもと殴り合い蹴散らした事、両手両足の指では足らぬくらい有るわい、……それとも『年寄りの冷や水』とでも申すつもりか? 」

 ずっしりとした__装飾の多い儀礼用ではなく実用一点張り・・・・・・の__金属の塊ウォー・メイスさすりながらギロリと睨む。


「無論、われとて自殺を志願するつもりはさらさら無い、敵首魁しゅかいを討ち取りし勇者達を無事生還させるのはわれらが勤めなり」



貫通魔法ペネトレイト発動までカウントダウン始まります、発動まであと60秒」



「この戦いが終わったらたらふく飲むぞ」


「いいねぇ、ここんとこ国にも帰らずいくさ続きで翌朝のこと考えずに飲むなんて何年も無かったしな」「あんたたちが翌朝のこと考えて飲んでたわけないでしょっ!」


 「ひでぇ、これでも酔い潰れるまで飲まないよう気をつけてきたんだぞっ!」


「単に酒代足りなかっただけじゃん」




「第一楔陣シェブロン前進開始しました、ついで第二楔陣シェブロン右詰、第三楔陣シェブロン左詰」

 いわゆる「魚鱗の陣」である。


喇叭ラッパの長音一回で転進、長音三回鳴った後に各種混合魔法が撃ち込まれる事が事前の打ち合わせであるが、上手くいくことを祈るしか今の我々には出来ない



「発動まで20秒、防御法印プロテクションお願いします」


魔法使いの要請に頷くと枢機卿は両手をすばやく動かして印を組み、祝福の言葉を唱える




「{我は請う《アイ ウィッシュ》、 神の愛し子らにグラーンツ ブライト白き盾を賜らんことを フィリオ ディ  【 聖 光 防 御 盾ホーリーブライトシールド 】」


 神聖法術最上級防御付与、短弓による矢や下位魔法程度なら飛礫つぶてをぶつけられた程もダメージは受けない、大斧や戦槌ならそれなりの衝撃は受けるが解除されるまで10回程度は耐えられる。流れ矢・弾に対しての防御としてこれ以上望めるものは無い、衝撃無しでの持続時間は約20分。

 兵士達を守るのに何時の時代・何処の戦場でも望まれる法術だが、習得できるのは最低でも大司教アークビショップ以上となる為、皮肉にも兵士がその恩恵を戦場にて受ける機会は稀である。


法術の光が自分と仲間を包み、白く柔らかい光が鎧の内側から滲む様に輝き続ける。


その時戦場に喇叭の音が長音一回鳴り響いた。


「勇者ローラン殿、そして従者達よ、『そなたらにアイ ウイッシュ 栄光あれグッドラック』」



吶喊ウォー・クライの声が響く中、我等は移動を始める………





             ◇      ◇      ◇




「オルラントよ、今見たものが先代勇者の記憶である、私には内容までは知らぬがそなたには何が見えたか言ってくれないかね? 」


「敵味方ともに幾万もの大軍が戦う戦場でした、戦士や魔法使い、そして自分に緋色の聖職者が防御の法術を唱えて祝福の言葉を掛けていただきました」


「その聖職者の御方の御名みなはわかるかね? 」


「俺…失礼しました、わたしには名前は知らなかったようですがその場にいた司祭が『ラージンガーげいか』と呼んでいたようです」



「…ラージンガー枢機卿猊下……、先代教皇ベネクラフト16世の叙階前の御名ですが……なるほどあの方なら戦場に自ら乗り込んで行くでしょう」


         ◇       ◇       ◇



 「その後司教様は『各地にて魔物と戦ううちにすべての記憶が蘇るでしょう』と言ってこのメダリオンを首に掛けてくれた」

  皮ひもで首飾り状ペンダントに繋がれた直径5cmの円盤形アクセサリー、緑色の地に聖光教のシンボル__翼を広げ、その両翼が円弧を描く形で上に向かい、嘴を天に向けている鳥__が金色で浮き彫りされている。


 「天の御使いである精霊を鳥の姿でシンボライズした図形である」と説明されているが「三日月を紡錘が貫いた形」が本来の図象である、メダルそのものの円盤は人の住む大地、金色の三日月は変化し満ち欠けする天体で生命の盛衰、紡錘は運命を紡ぐ糸を引っ張るモノ。

 生も死もめぐる循環の輪の一形態であり、人に出来る事・出来ない事を弁えて振舞う事を意図するものであったらしいが永い年月のうちに教義が変化したようだ。




 焚き火の炎が小さくなったので薪を数本くべる。

冒険者になった筈なのがいきなり勇者エル・ロイカとして世界を救う……その心情はいかなるものだろう。


『修道院の前に捨てられた子が長じて世界を救う勇者となる』


物語としてよく出来ている……むしろ出来過ぎと疑いたくなるくらいに。




「ちょっと失礼、もよおして来たのであっちで済ませてくるね」


座っていた丸太から立ち上がり、焚き火から離れて広場の端にある茂みに向かう



野営地の周囲には警報アラームの魔法具を設置しておいたので単なる小動物__ねずみ程度__の進入なら単音でピッと知らせてくるだけである。犬程度の大きさならチッと鳴り、警戒区域内に居座ってこちらの様子を窺っているならチーーッと長音で持続的に鳴り続ける。



視野の一部に展開している探知レーダーの地図にはいくつかの生体反応__大半は獣だろう__と……魔法行使の反応が一つあった。




一抱えほどの太さの立ち木の根元に液肥散布おしっこを済ませ、焚き火の光が届かぬ森の中に__暗視ナイトビジョンの__視線を向ける。緑色の視界は夜間だろうと昼間と同じように映る、ただモノクロの濃淡でだが。



 キャンプの天幕から50mほど__魔道具による哨戒線ピケットラインは天幕から100m__の茂み、つまり『そいつ』は警戒ライン侵入者だ.

 単色の濃淡の塊の潅木の茂みがまるで陽炎が昇っているかのように輪郭が揺らめいている。


(夜間のうえに隠蔽の術カモフラージュまで使用とは用心深いな、何の用だか知らないが…)



 昼間の狩りのときから気にはなっていたがあの時は冒険者昇格試験の試験官だと思っていた。夜まで監視の目をつけるほど暇な役職ではない筈だ。

となれば24時間監視をつけるほどの事態が起きたか、対象がここに居る、のどちらかだ。



奇襲に備えて対物理・対魔法の防御を掛けて近づく事にした







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