第17話  蟹交戦

今回主人公達は観戦者です


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弁当を食べ終わり、皮袋に入れた葡萄酒で一息つく


ウッドワース国のグリンワルドは森と湖に囲まれ、水の豊かな地域だが生水飲むよりこうした果実由来の酒を飲むのが冒険者のスタイルらしい、宿の親父の言だけどな。


葡萄酒1リットル皮袋二つ分で銅貨15枚、白身魚のフライを香草のオイルえと一緒にライ麦パンではさんだサンドイッチが二つ、それに瓜類らしき果菜の酢漬けピクルスがついて銅貨10枚


食堂でとるのに比べて割高だが保存の魔法を掛けてるのでその分安心である

冒険者のアイテムボックスに入れれば同じ事ではあるが……。




午後に入っての狩りの対象は岩蟹ロッククラブである。

大きさは胴体幅80cm足の長さを入れて約150cm、高さは成人男性の腹から腰辺り、だいたい1m弱。一対の鉗脚ハサミと三対の歩脚を持ち、左右だけでなく前進後退を機敏に行える。我々の世界でいえばコメツキガニのような球体ボディの持ち主


 彼らの主食は森の落ち葉や動物の死骸をちぎって食う、いわばせいたいけいの『分解者デコンポーザー』の位置にある。ノンアクティブで比較的脅威度は低いがハサミで攻撃されれば良くて骨折、下手したら腕切断の目にあう


攻撃対象物をハサミで捕らえると移動の足はほぼ止まるので棒を突き出してわざと捕らえさせ、ハサミを押さえてもう一人が岩蟹の弱点の目の中間を突き刺すのが狩りの基本パターンだ。

 岩蟹ロッククラブだけならここでの狩り対象では一番楽な相手といえるが、こいつの生息域には厄介なモンスターも潜んでいる

岩蟹の約三倍ほどの体格を誇る岩結晶大蟹クリスタルシェルだ。




月影湖の南エリア

 そこは沈水林が乾季で地面が露出する地域で香木や薬草採取ゾーンに指定されている。生産職は機動装甲バレルと呼ばれる乗り物に乗り、指定された時間内に立ち入って採取や伐採を行う。

 したがってそのエリアでは範囲狩りとかトレイン(獣を引き連れて走り回る)行為はマナー違反と嫌われる。



「トレインや範囲狩りじゃないから違反とは言えないのだが…まいったな」

 湖の小島と小島を木製の橋で繋ぎ、乾季の間の林道として利用されているのだが

その小島のひとつで冒険者と魔物の戦闘が行われているのだ

 岩蟹は基本ノンアクティブで、もし戦闘になっても初心者を卒業したレベルの冒険者なら1対1で2~3分で片付けられる。

これが岩結晶大蟹クリスタルシェルだと難易度は跳ね上がる。


更衣室のロッカーを二つ並べて横にしたのが胴体の大きさ

歩脚は農具のくわを2本半繋いだ感じで、鉗脚ハサミは道路標識のポールほどの長さ、ただし太さは電柱サイズ。それをブンブン振り回してくるのである


 目と目の間の急所を上手く刺し貫く事が出来れば短時間で仕留める事は可能だが

岩蟹とは違いこいつは獲物を掴んでも動きを止める事はしない。獲物をバラバラにして息の根止まったと確信するまでハサミを振るい続ける狂戦士バーサークタイプ。

おまけに時折範囲攻撃スキルの地撃震アースパウンドを繰り出してくる


ビル解体中の重機が時間競争タイムアタックで動いてるようなもので部外者が近寄れるようなものじゃない。



「ここを避けて北周りで岩蟹の巣を探すのは遠回りになるし彼らが岩結晶大蟹倒してからそばを通る方が良いかな」

 PTリーダーのロバートは蟀谷こめかみの部分を人差し指でポリポリ掻きながらメンバーに提案する


「苦戦している様でも無いですね、他の冒険者の戦い方参考にする機会になりますかな」とルーク

 確かにフィールドで他PTの狩りをゆっくり見物する機会はそう無い。たいてい狩りが終わったあとの剥ぎ取り場面に通りかかるか、危険に瀕して助力求められる場合のどちらかだし。


相対している冒険者達は大蟹の正面に盾装備の重甲戦士、戦士の盾持つ側(左サイド)に黒の僧服キャソック着ている--たぶん僧侶--が節棍フレイルを構え

そのやや左背後にローブ姿の魔道士が魔杖ワンドを持ち魔法撃つ機会を窺っている。

彼等から少し離れて大蟹から見た右背後に射撃士が位置取りし、足の関節部分を狙って武技アーツスキルを放っているようだ。


「盾持ちが一人で蟹のタゲ取りで、あの射撃士がダメージディーラーですかね、少し人数的に火力不足な気がしますが」双剣士のハンスは呟く。

 クリスタルシェルをPTで対応するには魔道士の高火力で叩き、壁役が魔道士の盾となるか戦士が戦槌ウォーハンマーか斧で装甲削るのが定石とされている


見ている限りではあのPTの魔道士の放つ魔法は初級魔法気弾マナショットのレベル3か中級魔法炎矢ファイアアローのレベル1がせいぜいのようである。

 時たま歩脚に凍結フローズンを掛けて動きが止まったところを僧侶の節棍フレイルの鉄塊が叩くが、剥がれた結晶欠片も大蟹が魔力を放出して表皮露出部を再充填してなかなか本体にダメージ通らない。


重甲戦士は金属丸盾ラウンドシールド長剣フットマンズソードで大蟹の攻撃を上手く受け流しパリィしているが長期戦となるとそのうち疲労で受け損ねるのではないだろうか、まぁ鍛え方次第だろうけど。



ぬし級との戦いはある程度の時間が掛かるのはやむをえない。俺たちロバートパーティーの背後には生産職らしい機甲バレルが数台通行待ちしてる

 そのうち何人かは水筒に口つけてグビグビやっている。

 ちょっと顔が赤いのは怒りじゃなく酔っているのかな、飲酒運転で人轢かないでくださいよ……。


彼らとしても道がふさがってるのは腹立たしいだろうけど、アクティブモンスがそのまま徘徊するのはヤバイので退治されるまでは待つしかない


戦闘用に改造チューンされている機甲もあるけど燃費が悪いし貨物積載量も低くなるのでこの辺りウッドワースでは運用する人は少ない===ゲームではその耐久力から戦争で使用するプレイヤーは結構居たがそれらは「戦闘機甲バトルタンク」と呼ばれる===レベルの高い機甲は修理代も馬鹿にならない。


傍から見てちまちま削っていた様だが歩脚を二本折ったところで彼らの動きが変わった。


武技アーツで畳み掛けるぞ、回復頼む」と盾戦士が大声で怒鳴り彼の身体が赤く輝いて陽炎のように二度燃え上がった


近接戦闘職の持つ武技「焼身熱血ブラッドバーニング」だ、体力(HP)の何割かを代償に闘気を満たしその闘気で何らかの剣技アーツを放つのだろう。

 火力担当であるDDダメージディーラー遊撃手アタッカーが取るのはよく見聞きするが盾役がそれをするのは対ボス戦闘ではハイリスクを伴う。


「【 闘気四連咬牙カトルファング】!!」

フットマンズソードか青白く輝いたかと思う間もなく光の乱舞が岩結晶大蟹クリスタルシェルを包む。

叫んだ技からして剣技咬牙ファングの最上位であろう。


咬牙ファング】は溜めた闘気を剣に乗せて刀身を伸ばし往復の斬撃で敵を切り裂く技法である。厳密に言えば金属の刃がそのまま伸びるのではなく、消防車の高圧放水かガスバーナーの炎のように剣の切っ先から闘気を放出して相手に叩きつけるのだ。

 技が未熟だと激しく放出しても気がまとまらず、対象の表面を流れるのみだが達人級になると闘気は分散せず光の刃フォースブレードを形成して切れ味鋭く滑らかな断面を残す。これに対抗するには同質の闘気を防具に纏まとわせるか結界系魔法バリアを施すしかない。


一撃の単純威力はその剣の持つ硬度、技者の腕力にも拠るが武技アーツ袈裟切りスラッシュ】の快心の一撃クリティカルを100パーセントとした場合の7割か8割程度の威力だが往復の斬撃が命中すれば140パーセントから180パーセントの数値、【四連咬牙】がすべて当たれば560パーセントから640パーセントの値を叩き出す。


高品質レア武器ならボスモンスターも一瞬で滅殺出来る武技アーツである。

 もちろんそれだけリスクも有るが……。



 技の終了後戦士の持つ剣から闘気の輝きが消失した。


 だが岩水晶大蟹はその甲殻がボロボロになりながらも右の大鋏脚ハサミを振り上げた、生命力を削り切りそこねたか。


 四連咬牙は咬牙の数倍の威力と引き換えに技を放った後の脱力時間フォロー・スルーも長くなる。

 それゆえPTでの役割で言えば『ダメージディーラーともアタッカーとも呼ばれる遊撃手担当の剣士が退避する余力を残した形で使用する』のが本道、もしくは敵の反撃の恐れの無い『止めを刺すとき』に限られる。


 武技使用直後で動きの止まった戦士の側頭部にハサミが振り下ろされる直前、僧侶が間に入り節棍フレイルの柄の部分を使って外回しで受け絡め練り巻きで軌道を変えてガードした。大蟹のハサミが僧侶の足元に押さえられた間隙を縫って魔道士の魔法が飛ぶ。


(あれは気弾マナショットでは無いな、中級無属性の魔導弾マジックミサイルかな)


 戦士が砕いた蟹の眉間みけん(?)の装甲の合間の体組織露出部きずぐちに命中、大蟹は断末魔の痙攣を繰り返した後で地に伏した。HPゲージが完全に左端に達しているので絶命したのは確実である。


 岩水晶大蟹から淡い靄もやが立ち上り魔道士のほうへ漂い、彼の身体に吸い込まれて一瞬その身を輝かした。彼が最終一撃ファイナルアタックを与えたボーナス獲得であろう、あとで揉めなければ良いが、他所のPTなので口出しする事でもない。


「片が着いたならそこを通りたいのだが、大蟹そいつをどかせられるかい?」

俺たちの後ろで観戦していた機甲乗りの一人から彼らに声が掛かる

大蟹の死骸は戦場となった小島のほぼ中央で通路をふさぐ形で転がっている。死骸を迂回するのは徒歩ならたいした問題ではないが機甲バレルだと通路外はやや軟弱な地面を通る事となり下手すると転倒事故となる。


「少々獲物に傷つくの認めてくれるなら俺たちの機甲マシーネでどかして、道路脇で解体した方が互いに都合よいと思うか、どうだ? 」


足止め喰らっていたにしてはその口調は{けんがある様子ではなかった、家畜の群れの移動で田舎街道がふさがった程度の事故みたいなものだろう、この世界では。



合意が成立したので数台の機甲が重低音の発動機エンジン音を立てて始動する

赤油ねんりょう節約のため待機中は停止していたのだ。

 排気管の煙が黒から薄い白紫に変化した頃合に排気音に混じって笛が鳴る様な風切り音が聞こえる。

赤油の燃焼に伴い含まれている魔素を分離して蓄霊器コンデンサに溜める整流器コンバーターのマニホイールが回転する音だ。

 薄い円盤に魔法式と図形が刻まれており、回転する事で呪文詠唱と似た効果を生み出すらしい。北の錬金術大国メタルギアで生まれた技術らしいが細かい部分はブラックボックスで封印された部品として各国に供給されている


蓄霊器の霊圧が安定したところで機甲がゆっくりと動き出す


機甲の機種により駆動タイプは異なるが、ここに居る機種は機体の移動は低圧タイヤが左右平行に二輪、機体前後に補助輪が二輪付いてあるタイプ、発動機からの運動エネルギーを歯車で転換してタイヤに伝えて移動する


 二台の機甲が岩水晶大蟹クリスタルシェルの左右に位置取り、機体の下部左右からアウトリガー展開・接地。機体背部に折畳まれていた二本の腕部がガイドレールに沿って移動、作業時固定位置に___人間で言う肩甲骨相当___部品パーツがガチンとはまる音を立てて装着する、両手にあたる爪部分がワキワキと開閉。

 その姿はまさに異世界の建機、あの○立アル○コの車体を丸くコロコロボディにしたと言えば近い。



 木材伐採から鉱石採取兼用の(三本・二本の)五本爪で岩水晶大蟹を掴み上げ、街道から路肩やや離れた空き地へ移動する。


(ゲームでの省略された作業とは違い凄い迫力だな)


 この世界に来て初めて機甲の作業場面を間近に見ていささか放心状態だったみたいだ。気が付くとロバート達と大蟹倒したPTがなにやら話している。


「……教会の試練とは言え、ここの冒険者協会グリンワルドに承認の問い合わせ無しで狩りしたのですか?」

 ルークの声がいささか険を含んだ響きで聞こえてくる




託宣オラクルが出たのだ、『やがて近いうちに魔の勢力が四カ国に侵攻する』と、我等は魔獣の出現状態調査に各国を巡る任務を受け賜わった者である」


うん? あちらのPTは僧服キャソックに金属胸当て着けた奴がリーダーなのか

革の兜を脱いで左脇に抱えて額の汗を手巾で拭っている。こげ茶色の髪を七分刈りした短髪で太眉毛・ギョロ目のやや角ばった人相である、なんか角獅子ぽい


(僧侶でも禿…もとい、剃そってないんだな)


魔術士は機甲乗りの人達にぺこぺこ頭下げている、機甲乗りの人達は笑って手を振って気にすんなって感じか、盾役やってた重甲戦士は兜と面頬を外して皮袋に口つけて水を飲んでいる。武技アーツの『焼身熱血』を行使すれば体温も高くなりスタミナ消耗するからな、ご苦労さん。


ん? 『四連咬牙』を習得しているレベルにしてはずいぶん若いな、まだ10代半ばティーンズに見えるがこの世界でも「童顔」てやつか?




あ……一人だけ離れて弓を撃っていた射撃士が此処にやってきた、見覚えがあるぞ、あのつらは…… 





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