第16話  妖精の囁き


「珍しいわね、これフェアリー?ピクシー?」


レナとアイリスの周りをゲイルの中級妖精らしい使い魔がパタパタと飛び回っている

ロバート達男性陣は斃したばかりの天駆蛇の解体中。俺は解体して素材となった各部位を「アイテム化」してインベントリーに収めているところだ。


『天駆蛇』は予定の狩り目標じゃない大物なのでロバート達の背嚢リュックサック獲物袋ゲームバッグには余裕が無い。


ちなみに協会配給の初心者用背嚢ノービス・リュックでは軽量化・コンパクト化の魔法が有ってもレベル15前後では200ポンド(約90Kg)相当しか運べない、体感重量は1/4くらいに軽減されはするが正直担いだままでの戦闘はしたくない。ある程度の量になればベースキャンプに戻って保管するのが狩りの基本である


 収納して移動するだけならレベル110魔法背嚢マジックリュック機動装甲スーツ搭乗で25000ポンド(約10t)は運べるが今はそこまでするほどではない。




熊虻ベアフライの魔石そろったし、次の狩り場に移る前に昼食とろうか」

斧と解体ナイフを小川で洗ってウェスで拭き取り鞘に収めながらロバートが言う


「わりとスムーズに行ったかな、この分だと午後で次の魔石そろうかも」

俺は水際から数メートルほど離れた地面を中級氷魔法アイスランス穿うがちながら返事する。魔物の素材取った後の残りの部位は穴掘って埋める、そのままにして置くと通常動物が食って魔素マナ取り込んで魔獣に変化する場合があるからだ。


 狩った獲物が小型で数体程度なら火炎魔法で焼き払って御終いだが、今回俺たちは100体以上狩った上、予定外の大物(天駆蛇)もほふってしまったので後始末はちゃんとしないとな。


 魔物と魔獣の違いは大雑把に言って「魔素の影響受けて人に害を成す存在全体を指して『魔物』とする」それは動物や植物、霊的存在など多様だがあまり賢いモノは無い。

魔獣ビースト」は魔素を取り込み元の野獣アニマルより体格・力・俊敏さなど大幅に増大して人に対して攻撃性を増している、なおかつ「知性」を獲得して魔法を駆使する個体も出現する。

 野獣から変化した魔獣までは元の性質残しててまだ対策がとりやすいが


魔獣ビーストが討伐されず年古としふりてさらに変化を重ねると「妖魔・妖獣ディアボロ」となり「ユニークモンスター」「ネームドモンスター」と称されることとなる。


聖別された武器とか魔法付与エンチャントマジックで強化が必須とか

それらはAランク冒険者がPT組んで討伐する対象で、正直今は出会いたいとは思わない。


熊虻ベアフライ天駆蛇アーケージュの遺骸を集めて穴に放り込み土を掛けて埋葬終了、ナムナム。

 ゲームだと倒したモンスターは光の粒となって消え去るのだが、解体という手間が居るこの世界は少し違う。誰かが片付けるまでその場に残り続けるのだからソロじゃない団体行動だと放って置くのは気まずい

 ロバートと入れ替わりに小川で手を洗う、血まみれの手で飯食うのは嫌だしな。




 ベースキャンプに戻って宿屋で作ってもらった弁当を広げようとした時、燐光を放つ何かが近づいてきた。約40cmほどの人型で4枚の羽を震わせて切り株に座った俺の目の前1mほどひらひらと滞空している。


さきほどレナとアイリスに愛想振りまいていた妖精、ゲイルの使役魔<<ペット>>か


顔の大きさは親指もしくは小指の長さくらいで5~6cmとしておおよそ6.5頭身てとこかな、髪の毛は蜂蜜色やや赤味がかった黄色で、額の上の前髪の一部が朱色のメッシュ、目の形は巴旦杏種子アーモンドのような端の尖った楕円形、白目の部分が少ない虹彩が大部分占めている。

 虹彩は黒かと思ってよく見ると瑠璃色ラピスにやや金の星屑が散った生きた宝石といった感じである


衣服は植物の葉を綴った様な裾丈の短いドレス、英国の妖精画といえば判り易いか

身体のサイズはあれより一回り大きい、リ○ちゃんとバー○ーくらいの差

などと意味不明の供述を……げふんげふん





 ゲームで課金籤引ガチャでしか手に入らない使役魔ペットであるがここでお目にかかるとはな。パソコンモニターでは細部まで良く見えなかったが確かに可愛らしさではトップランクと言うのもうなづける。

だが、可愛らしさでトップランクだが連れて歩くプレイヤーは意外と少ない。


それは育成に癖があり、幼体の姿から来る先入観とは育つに連れ予想(期待)とずれが生じるためである。


 使役魔ペットは主人とともに戦闘する事で魔素マナを獲得し、成長・進化するのだが、妖精タイプの場合、前衛として戦わせるとナイトメア、サキュバスに進化して、山羊の様な捩れた角と先端がやじりのような尻尾、蝙蝠の翼を持つ女型悪魔の外見となる、そしてサイズは人類の平均的女性より背の高いモデルさんくらいの背丈。

 それはそれで人気の種族とも言えるのだが飼い主の嗜好が……まぁ、いろいろ言われるのだ。


後衛として支援タイプで育てると完全に魔法タイプとなり、体力の低いホーリーエルフ、フェアリークイーンに育つ。

 |回復小ヒールとか対物理防御盾アンチマテリアルシールドなどの補助バフを掛けてくれるのだが、使役魔がそれを掛けるだけ成長した頃は飼い主にとって効果が薄く感じられる狩場となる不遇仕様。

 回復極ホーリーヒール対魔法防御結界アンチマジックシェルなどの補助なら活躍の場はもっと与えられただろうに






『アナタ ナゼタタカウノ?』



……話しかけてきた、自分の所有する使役魔はレベルアップ時に感情らしき反応を示すのだが、他人の所有する使役魔は本来飼い主以外に話しかけたりしないし感情をあらわにする事は無い。

レナやアイリスの近辺を飛んでいた時も飼い主のゲイルからそんなに離れたりしてない。あとでレナ達に「妖精と話をしたか」と確認してみる必要があるが……



気になったのでシステムからチャットウィンドウを拡大してみる

ノーマル/パーティー/ギルド/トレードの項目が有り、今回確認するのは聞こえる範囲での通常ノーマル会話履歴ログメモリーである。


 意識してなくて聞き逃していた周囲の人の会話を白文字で表される、いわゆる「白チャ」だ。レナとアイリスが「かわいー」「おもしろい」と言ってたのが記録に残されていたが妖精が話していたような記録ログは無かった


俺に話しかけた妖精の言葉はピンク色で残っていた、

区分で言うと1:1の内緒話、ゲームで「ささやき/ウィスパー」と言われるモードだ



『……アナタ ヒトジャナイ シト?  ソレトモ……マジン?』



 いきなりなんて言う事吐きますかこいつはっ

そりゃ異世界から来た(かな)と言う疑念は自覚してますが「人外認定」されると切れますよ?

 つか「マジン」は「魔人」か「魔神」の意味として「シト」ってなんだ?


最初の問い「何故戦うか」と聞かれたときは適当に答えようかと思ったが

これは何かのフラグか、下手したら厄介事に巻き込まれそうな予感。追っ払うにしても杖を振り回したり魔法撃ったら拙い事は判る、ここはキャンプ場で国の衛兵も駐屯している。

……さきほど範囲魔法の試し撃ちで注意されたばかりだし。



 ぐぬぬと唸っていたらハンスとルークがこちらにやってきた、食事終わったのか、食うの早ぇぇな


「ベルさん、なに唸ってるの?」


「この妖精が『何故戦うの』と俺に聞いてきて戸惑っている」


食後で口周りをベロで舐め舐めしながらハンスが尋ねる、以前うちで飼ってた柴犬思い出すじゃないですか、あいつが喋れたらずいぶんやかましいだろうなと失礼な事思いつつ慎重に答える。


「そちらから話し声は聞こえませんでしたが……その妖精がそんな事を?」

ルーク、なんか顔が険しくなってますがそんなに気に障ることなの?この会話は


「ベルさん、その妖精の問いにはまだ答えてないですよね?」

「あ、あぁ、なにせ唐突だったのでまだ話して無いですが」


そう答えるとルークは右手を突き出し、人差し指と中指を伸ばして曲げた薬指と小指を親指で抑える形(兎頭)に組み


「パセリ・セージ・ローズマリィ・ターイム」と唱えながら二重丸とバッテンを宙に描く、そして五指を押し広げて妖精を睨み「邪霊よ退け」と宣言する。


ルークの剣幕に気圧けおされたのか妖精は数mほど後退し、俺のほうをちらりと見た後向きを変えて。


『ジャマ サレタカラ カエルネ マタ アイマショウ』


そう囁いて飼い主の居るらしき方向へ飛び去った、なんだったんだ……




「妖精と会話するのは基本危ないのです」

知らなかったと呟いた俺に苦笑いしながらルークが話してくれた事。


それは

『店で使役魔ペットとして販売されている元素精霊エレメンタル捕獲精霊キャプチュードは飼い主との間に契約が結ばれて上下関係がはっきりしてマスターを害しない制約が掛けられています。基本彼らは主<<マスター>>以外の存在には自ら話しかけることはしないのです』


それは俺も知っている事柄なので驚きはしないが、その後の内容を聞いて驚いた


『自我が強い使役魔は飼い主以外の強い存在に働きかけて己を解放させるよう仕向ける個体もあるのです』


えーっと、「離婚に応じない亭主殺すため間男そそのかす」みたいなものですか、昼ドラ風に言うのも変ですが


『力とか隠された財宝が欲しいか、とか人の欲に突け込む形で囁く事もよく聞きます』


『力が欲しいか』『ボクと契約してよ』てやつですか、代償は魂とかですかね……





ちと食欲が減退したけど食わないと午後の狩りにならないのでちゃっちゃと食べますか………弁当の包みが転がって小蟹がちょっかい出してたのを蹴飛ばして拾い上げて食いましたよ、幸い齧られたのは小指の先ほど程度でしたけどね




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