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ナギはオフィスの自席で深々と座りながら、今しがた届いたオートマトン識別結果に目を通した。その後で、事前に入手した2つの映像を見直した。製造元から入手した翻訳プログラムを適用したため、オートマトン同士の会話も理解できた。しかし、3つの問題が残っていた。1つ目はどちらがミラでどちらがエラなのかがわからない。2つ目は私があの家族を引き離したくないと思っている。そして3つ目は――これをうまく処置できれば、すべてを解決できるかもしれない。
ふぅと息を吐いてから、背もたれに頭を預けた。
「どうした?ため息なんかついて」
同僚のジョチが声をかける。その体勢のまま頭だけ振り返ると、軍隊あがりの大きな体躯が後ろにみえた。親しみを込めながら「コーヒーでも飲むか」と誘ってきた。
「コーヒー嫌いなのよね」
「あれ、そうだっけ?」しまったなという表情を見せる。
「ねえ、ジョチ」
「どうした。相談か?」
「そういうわけではないけど――貴方は、旧世紀の自然言語がどのように発生したか知ってる?」
「何だ?英語とか中国語とかいうやつのことか?――知らないよ。というより、そのプロセスは解明されていないんじゃないのか?そんな昔のことを今更調べようがないだろ」
「そうよね。今、私達が会話している言語は、体系的に再整備されたもので、技術仕様は公開されている。オートマトン用の言語でもそれは同じ――すなわち仕様がまずあってから実装された。でも、不合理性がある自然言語の成立過程は未だによくわかっていない。コミュニケートの過程で徐々に整っていたと想像はされているけれど――」
「それが、今回の調査に関係するのか?」
「もし、新しい言語の成立過程を継続的にモニタできるとしたら、それは価値があることかしら?」
「それはあるだろうよ。どのくらいの価値になるかは知らないけどな」
「決まりを捻じ曲げるくらいよ」
```
調査報告書
調査対象:不定(理由は後述)
型式:不定(理由は後述)
オートマトンであるスーザンは、人間の孤児(エラ)を秘密裏に引取った。
その事実を秘匿するために、その孤児の遺伝子情報を基にオートマトン(ミラ)を製造し、対外的にはミラだけを育てているというように装った。外出の際も、交互に一人だけを連れて行ったようである。
そのような環境下において、オートマトンのミラはエラにどんどんと近づいていった。あるいは人間のエラがミラに近づいていったと言ってもいいだろう。その結果、現時点は二人のどちらが人間かを判別することはできない(別添の識別結果を参照されたし)
さらに、別添の映像①をよく見てほしい。
二人の会話に『シュワキマセリ』という単語が出てくる。これは喜びの感情を表すと類推されるが、これは私達の言葉にはないもので、過去の自然言語にも出典はない。
これの意味することは、プロトコルにはない新しい言語が、ミラとエラの間で発生しているということだ。
これは言語学の進展のための有益なケースとなる。よって、スーザン、ミラ、エラの家庭を現状維持とし、継続的にモニタリングとすることを強く進言する。
ナギ・アイサカ
```
***
「私の報告は以上となります」
課長のケンモチが白髪のひげをさすりながら、ゆっくりと頷く。
「現行法のほころびが目立つな」
「はい。何も考えずに法案を通してきた結果がこれです。最初が間違っているのです。それをツギハギで変えて運用しているから――法制局との調整はどうなりましたか?」
「にべもなく突っ返されたよ。誰も彼も自分の得になることは引き受けたくはないのだろう」
「もっと強い働きかけが必要なのでは?」
シワで重たくなったまぶたの下から、鋭い眼光がアイサカを刺した。
「焦る必要はない。まず意識改革が必要だ。確かにそういった声が各所で聞こえるようになった。しかし、それは世の中の潮目を読んだ人達のポーズに過ぎん。オートマトンに対する無意識の差別――とまではいかないまでも、人間を特別視する感覚は――まだまだ根強い」
しゃがれた声が執務室に響いた。
「人間は変われるでしょうか?」
「我々は――調査二課は、そのために存在している。画一的な対処しか取れない一課とはちがう。そのような組織を作り上げてきたつもりだ」
自分に言い聞かせるような口ぶりだった。
「私達は君と想いを一つにするものだよ」
そう言いながらケンモチは立ち上がった。窓からの光を背負った彼は、下を向くアイサカの肩にぽんっと手を軽く置き、そのまま執務室から出ていった。ナギは追うように振り返ったが何も言わなかった。その代わりに、自分の影をじっと見つめていた。
[Music: Thanatos - If I Can't Be Yours](https://www.youtube.com/watch?v=6GHVL3xeJXo&list=PLf_zekypDG5qBT4O0u7pO6N7__F1FPIYw&index=1)
***
冒頭の引用文は『[やまなし(宮沢賢治/青空文庫)](https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/46605_31178.html)』によりました。
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