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 その夜、ナギは閑静な住宅街にいた。住所を確認してから、門を開けて庭に進む。前世紀の英国様式を模した外構の家だった。


 気持ちを整えてから、インターフォンを鳴らす。思ったよりずっと大きな音だった。少し待つと、女性が顔を出した。


「6jadw6ljdq>a)4xtyktqw@r9,>」


「スーザンさんでしょうか?それと――インターフェース可能な言語でのコミュニケートはできますか?」


 その女性は、はっとしたあとにすぐさま、顔をぶるっと震えさせて、言語系を切り替えた。


「失礼しました。どうしても家の中では自分たちの言葉で会話することが多くて――。はい、スーザンは私ですが。それで――貴女様は?」


「人型殻の調査課です」


 スーザンの顔がほんの少しだけビクッと引きつった。その動揺をマギは見逃さなかった。


「私がここに来た理由は――おわかりになると思います」


 調査対象と接触するときは極めて感情を出さないように話している。ときどき自分がオートマトンになったような気がする。いや――この比喩表現はもはや適切ではない。オートマトンはチューリング・テストをクリアしている。それは、人間とオートマトンは同じであることを証明している。オートマトンに感情があるかどうかは、人間に魂(アルマ)があるかと同じレベルの問いでしかない。


「オートマトンが人間を育てることは禁止されています。エラさんを引き取らせてもらいます」


 これからも無機質なコンタクトを変えることはないだろうとも思う。無慈悲な通告に、彼女は泣き崩れた。


「なぜでしょう?こんなことがあって良いのでしょうか――」彼女はわなわなと肩を震えだした。「私はエラもミラも同じように愛し、大事に育ててきました」


「それは、これまでの事前調査から十分に存じ上げています。しかしながら――決まりは決まりなのです」


「なぜそんな決まりがあるのですか?孤児となったエラを私は、私は――」


「明日、同じ時間に迎えに来ます」


 泣き崩れた彼女を抱きかかえると、後ろに手をつないだ二人の女の子が見えた。


 同じ見た目をしている。おそらく、エラの遺伝子をベースにミラを創ったのだろう。そうして二人を育てながらも、世間にはオートマトンであるミラを育てているということにした。そのため、本件の発覚が遅れてしまった。


「エラ、愛しているわ」


 そう言って彼女は片方の女の子を抱き寄せた。エラと呼ばれた女の子がこちらをじっと見る。


 エラとミラに外見的な違いは見受けられなかった。おそらく内面的にも有意な差はないだろう。これまでの多くのオートマトンと関わりのあるナギの経験をもってしても、二人を見分けることができなかった。オートマトンと人間は同じだ。


 ではなぜ私は、この幸せな家庭からエラを引き離しにきたのだろうか?


 母親はどうにか絞り出した声で「エラを頼みます……」と言ってくれた。その声に促されて、エラがこちらに来る。


 ナギは膝をまげ、エラと視線の高さを揃えて告げる。


「エラさん。貴女は私と一緒に来てもらいます」


 エラは不思議そうに首を傾けた。


「貴女が成人したときには、またこの家族で暮らせるようになります――ご理解いただけますか?」


「ped@yZw?」


 エラの口から発せられた言語に驚く――どうゆうことだ?


「失礼ですが。この子はミラさんではないですか?」


 母親は困惑の表情を浮かべる。何をいっているのか分からないといったようだ。


「いいえ――その子がエラです。二人とも似ていますが、私が間違えるはずがありません」


 嘘をついているわけではなさそうだ。

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