第14話 嵐はすべてを流していった。
僕は目の前に投げられたお金を拾いあげ、部屋の隅で震えている子供の前にもっていき、静かにおいてあげた。
この子が一番の被害者だ。一瞬目と目があうが……その目には恐怖と怯えがあった。
「ごめんね。ビックリしたね。これだけあればこの家直せると思うから親に渡して直してもらうといいよ」
その子は静かに頷くと目を伏せ、それ以上会話をしたくないと拒否をするかのようにうずくまってしまった。
これ以上僕にできることはない。
それにしても部屋の中を見るとかなり血で汚れてしまっているが、あとはお願いするしかない。
外に出ると、道には赤い血のりがあり、引きずられた跡が残っていた。
まぁ死体を運んで行ったってことは、この家に被害が及ぶことはしないだろう。
僕は手に持った剣をどうするか考えていた。
これってこのまま放置しても問題になりそうだし。
「いやー派手にやったな」
いつの間にかカムロンが俺の横に立ち、まるでなにもなかったことのように話しかけてきた。
「カムロンなんでここにいるんだよ!」
「ちょっと調査をしにね」
「いったい、いつから見てたんだよ」
「テルが変態から求愛行動されて蹴り飛ばされているところからかな。テルこそなんでここにいるんだ?」
カムロンはほぼ最初から見ていたらしいが、それなら助けてくれれば良かったのに。
一人で王国騎士団を相手にするのなんてかなり緊張した。
「僕は……カムロンを探そうと思って!」
それまでのことをカムロンに話す。
カムロンなら信用できると思う。
「悪かったな。俺の盗賊団は裏の裏だからな。まだテルに言うことはできないんだ。だけど……そうだな。入るならそのうち紹介してやるよ。それよりもその女騎士だけど今、王国で問題になっている騎士で間違いないのか?」
「そうだよ。何度も見たことあるもん」
「ん? なんでテルが見たことあるんだ?」
僕はそこからも見える廃教会を指さす。
「あそこからいつも僕は王国騎士団の訓練を覗き見してたんだ。だから、遠目だけど彼女のことを何度も見たことある。それにあの髪色は間違えようがないよ」
「テルが……なるほど。そういうことか。どうりで母さんに教わったこと以上に……」
カムロンは一人で納得したかのうように言い、そして話しを続けた。
「テルはその女騎士を守ってやりたいんだろ?」
「えっ? いや、うーんわかんないけど……多分」
「それで助けるのはいいけど、お前とお前の母さんが危険にさらされる可能性があることはわかっているな」
「それは……」
「どうする? 見捨てるなら俺がお前の知らないどこかへ処分してきてやる。だけど助けたいなら……」
彼女を助ける義理はない。厄介ごとにはかかわらないのが一番だ。今までだってそうやって生きてきた。
だけど、今までの自分の人生を思い出す。
意味もなく石を投げられ、意味もなく暴言をはかれ、生きていくのが辛い日々。
彼女はそんな僕からすれば太陽のような存在だった。彼女の訓練風景を見ているだけで、なれもしない王国騎士団になれたような気分になり、現実から逃避することができた。
彼女が王国で何をして追われているのかはわからない。
外から見ているだけでは彼女の性格まではわからないからだ。
だけど……間違いなく僕に希望を与えてくれていた。
「僕は……彼女を助けたい」
「そうか。よく言った! それなら、帰ったらこの2本の薬を彼女に飲ませてやれ。これで彼女は楽になれるはずだ」
カムロンは胸ポケットから白い液体と青い液体の入った瓶を取り出した。
「これは?」
「白い方が眠り薬で、青い方が回復薬だ。本来は併用することはないんだけど、これを混ぜて飲ませると身体の回復が早まるんだ」
「混ぜて大丈夫なのか?」
僕はカムロンから2本の瓶を受け取る。
「併用することがないのは、こっちの青い方は1本で家が建つ。こっちの白いのは馬車くらい買えるかな」
僕は慌てて、瓶を2本地面に落としそうになりながらも、抱え込むように瓶を持つ。
「かなり貴重なものじゃないのか? それを会ったことない女性にあげるのか?」
「だって助けたいんだろ? 弟が助けたいっていうなら兄としては全力で手伝ってやるべきだろ。それに……その女騎士が動けるようにならないと、テルたちに危険が及ぶ可能性があるからな? もし騎士たちに見つかったら……逃げられないのは致命的だろ」
「わかった。使わせてもらうよ」
「あぁ、それと女騎士の着ていた鎧とかはテルの家にあるのか?」
「いや、それはいつも釣りをする、あの川の大岩の間に隠してあるよ」
「いい判断だ。そっちは俺が処分しといてやるから、急いで帰ってそれを飲ませてやれ」
「わかった。カムロン……ありがとう。ついでにさっきの騎士の剣もあげる」
こんなのを持っているのを騎士に見つかったら、それこそ何を言われるかわかったもんじゃない。カムロンならきっと何とかしてくれるだろう。
「やけに素直だな。そろそろお兄ちゃん大好きって言ってもいいぞ?」
「絶対呼ばねぇわ!」
カムロンはそのまま手をヒラヒラと振ると、街の中心の方へ歩いて行った。
俺はそのまま家に帰り薬を飲ませてやらなければいけない。
やっぱり、カムロンに相談してよかった。それにしても、カムロンはなんでこんなところにいたのだろう。本当に神出鬼没だ。
□□□
家に戻ると、母さんも女騎士も横になって眠っていた。
女騎士の方は先ほど見た時よりもだいぶ苦しそうな呼吸をしている。
カムロンから言われた通り、彼女に2本の薬を飲ませる。
最初に青い方の薬を飲ませると、苦しそうにしていた顔が和らいできたが、まだ呼吸が苦しそうだった。
そのまま2本目の白い薬を飲ませると彼女の呼吸は落ち着き、安らかな寝顔になった。
これで大丈夫なはずだ。
僕はそのまま家の片付けをして、彼女の横で眠りにつく。
本当なら他の部屋とかで寝た方がいいのだろうけど……あいにくこの家にはそんな広い場所はない。
今日は色々あった……。
僕は横になるとすぐに眠ってしまった。
いつもより寝るスペースは狭くなったが、すぐ近くにある人の寝息がとても心地よかった。
夜中になりポツポツと降り出した雨は段々と強くなり、激しい嵐が僕たちを襲った。
嵐はいろいろなものを流してくれた。兵士の血も、彼女が逃げて来た痕跡までも……。
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