第2話 聖女のオキテ破りの救出方法

「失礼致します、王妃様……残念ながら王様はアステル様を今夜処分すると決定されたようです」


「そうなの……報告ありがとう。カエラ」




 出産を終え、一人寝室で休んでいた王妃セリアの元にその情報が届けられたのは、マルジール王たちの会議が終わってすぐのことだった。




 カエラと呼ばれた女性は年齢にしてまだ10歳くらいだろうか。ヒラヒラのメイド服に、腰には似使わない武骨な斧を括り付けていた。




 子供メイドである彼女は王妃の命令によって、無邪気なフリをしながらいろいろなところへ忍びこんでくれる、とても頼もしい仲間の一人だった。


セリアは出産を終えたばかりであったが、第六感ともいえるような、何か嫌なことが起こる予感があった。




 彼女の予感はよく当たる。


 悪魔落ちしたという噂のエドキナがなんの前触れもなく、この城へ忍び込み王の命を狙った時も何か嫌な予感があった。でも、セリアのおかげでエドキナは現在、誰も手をだすことができない無限牢獄へと封印されている。




 そして出産直後に、あの筆頭魔法使いのガフィルがアステルを見た時も身体の底から嫌悪感がわいてきた。


 ガフィルの顔は満面の笑みを浮かべているように見えたが、目の奥で何か怪しい光があるのを見逃していなかった。




 そもそも、あの優秀で優しかったエドキナが不自然に悪魔落ちしことでさえ、今考えればおかしいのだ。彼女は誰かに操られていた可能性もある。 




 ただ、この閉鎖された城の中ではそのおかしいことでさえ、当たり前だと言われてしまう。現筆頭魔法使いになったガフィルの地位を脅かす魔法使いはエドキナとの戦いで、この国からいなくなった。もし、今後その可能性があるとしたらアステルだけだっただろう。




「そんな理由で……まさかこんな幼い子供にまで手をかけるとは……」


 セリアが、少しでも長く一緒にいたい。そしてこの子に愛情かけて育ててあげたい。


 そう願っていても、一緒にいられる時間は刻々と減っていく。


 セリアはアステルを抱きしめ、頬ずりする。




「大好きなアステル。あなたがどこへ行こうと、あなたのことを毎日考え、あなたの健康を願い、あなたが笑顔でいることを信じているわ。例えこの先あなたがどんなに大きくなっても私は一生あなたの味方。側にいられないこんな母を許してとは言わないけれど、これだけは忘れないで。あなたと一緒にいられた時間は少なくてもあなたを一生愛しているわ」




 セリアは元々この国の聖女であり、のうのうと過ごしていた宮廷の魔法使いよりも知識、経験共にあった。だけど、この国の身分制度の中では王妃という権力を持ってしても、魔法使いたちの言い分を拒否できるだけの権力はなかったのだ。




「可哀想なアステル。この子の魔力がエドキナの暴走から守ってくれたというのに」


「王妃様、それは……」




「えぇ、言ったところで無駄なのはわかっているわ。あの日、エドキナが私たちの前に現れ、私の身体に呪術を刻みこんだとき、それを弾き返してくれたのはこの子なのよ。その証拠にこれを見て」




 アステルの小さな左手にはひし形の痣があった。


「これは私にもあるのよ。聖女として初めて力を使ったときにでてきたものなの。これは聖痕。私の一族と同じ聖なる力を持つ者に現れると言われているの」




「この子は生まれる前から魔法を使えたってことですか?」


 カエラは信じられないものを見るような目でアステルを見る。


「そうよ。でも、私には今この子を守るだけの力がないわ。せめてもう少し時間があれば変わった結果になったかもしれないのに」




「王妃様がこの子を守りたい気持ちはわかりますが、王様の前で実施した魔力判定水晶ではこの子は闇の魔力を持った闇子という判定になってしまいました。このままではどのみち……自由には生きていけないかと」




「あれは違うのよ。ガフィルたちは自分たちの都合のいいように解釈しているだけ。この子は聖魔法を使えるわ。むしろ強すぎるくらい。だから私はこの子の力を使ってエドキナを封印したんだけど……エドキナの魔力に水晶が反応しているのよ」




「王妃様……たしかエドキナは王妃様自身が誰にもわからない無限牢獄に封印されたのでは?」


「そうよ。まさかこの子の魔力を使って封印されているなんて誰も想像できないでしょうね」




「そんな……それではこの子が亡くなれば……」


「また復活してしまうわ。でも、エドキナを永遠に封印なんて元々無理よ。もって10年くらいだと思うわ」




「それを王様は知っていらっしゃるのですか?」


「話したわよ。でも、それを信じてくれる器量は彼にはなかったわ。彼は良き夫であり、良き父であろうとした。でも王という地位はそうさせてはくれないの」




 セリアが聖なる魔力をアステルに流すと、アステルはその魔力を指から放出し、楽しそうに光の粒を部屋の中に降らせる。




 掴めない魔力を一生懸命掴もうと、空中に手を伸ばしている姿は生まれたばかりとはとても思えなかった。まるで目が見えているようだ。




「聖なるギフト……キレイ……こんなことを教わらずにできるなんて……」


「そうなの。この子は天才よ。ただ、力があることが幸せだとは限らないの。そこには妬みやひがみがあって死の恐怖がつきまとう環境が一番とは限らないの」




「それなら今からでも王様に報告して……」


「無駄よ。例え今夜この状況を乗り越えたとしても、この子はここでは育てられないの。この子の命を狙うものがいる限り、何かの機会で必ず殺されるわ。ここでは力が強いとわかれば、わかるほど、その力はこの子を死へと近づける。それなら真相がわかる前に消えた方がこの子のためよ」




「それで……クルーお姉様をお呼びになられたんですか?」


「えぇ……」


 そこへ王妃の部屋を優しくノックする音がする。




「王妃様……」


「入って」




「失礼します」


「クルー本当にごめんなさい」




 クルーと呼ばれた女性は目鼻筋が整い美人と呼ばれる部類ではあるが、手には剣ダコができていた。その引き締まった身体を隠すように全身をコートで覆い、城下町で一般的に流通している鉄の剣を腰に差している。背中には女性が持つには似合わない大きな麻袋を背負っていた。




「何をおっしゃるんですか。私はあの日セリア様に助けて頂かなければ、バジリスクの毒で死んでいた身です。今こそ恩を返す時です。セリア様、このような重要な任務を任せて頂いてありがとうございます。誠心誠意を持ってこの子を守り抜くことを誓います。そしていつかこの子を立派な騎士に成長させてみせます」




「お願いね。この子は魔法の才能がありすぎるから、できるだけ魔法は教えずにゆっくり普通の子供と同じように育ててあげて」




「本当にクルーお姉様は行ってしまわれるのですか?」


「カエラ、セリア様をよろしく頼むよ。この城の中にはまだまだセリア様の敵は沢山いるんだから、何かあればその斧で守ってあげてくれ」




「わかりました。お別れに涙は不要ですね。私の命に変えてもセリア様を守ることを誓います。不死鳥フェニの名にかけて」




 カエラが両方の手を顔の前で交差させる。これは不死鳥の羽をあらわし、死をも恐れずに守るという騎士の誓いをあらわしていた。




 クルーはとても愛おしい者を見る目で見つめ、優しくカエラの頭をなでる。


「クルー、それではアステルをお願いします。行く場所は決まっているんですか?」




「しばらくは王都の人間が近づかない貧民街のボットムに身を隠そうかと思います。あそこであれば、誰にも邪魔されませんから。城下町に住みたいところではありますが、城下町ではすぐに噂が広がりますからね」




「そう……あそこでの生活は大変かと思うけど気を付けて」


「私は大丈夫ですよ。騎士としてずっと訓練をしてきましたから。それよりもこの子の身代わりは大丈夫ですか?」




「これを使うわ」


 セリアがベッド脇のサイドテーブルの上にあった箱から一匹の白いネズミをとりだした。彼女が魔法を唱えると、一瞬でアステルそっくりの赤子へと変わってしまった。




「大丈夫ですか? ガフィルにバレたりはしませんでしょうか? あいつは性格が最悪ですし、顔もこの世の果てのような顔をしていますが、そこそこ魔法が使えますからね」




「その辺りは任せて、よく私の代わりにホワイトビックネズミを会議に出席させていてもバレなかったから」


「えっ……会議がザルすぎて言葉もありませんが、もしかして、あのお茶会でお菓子食べ過ぎたり、隣国の王子の顔面を木製バットで殴った時とかって……」




「隣国の王子の時は私だけど、お茶会は違うわね」


 あっけらかんと言うセリアに頭を抱えたクルー。その横でそのやり取りを楽しそうにカエラは見ていた。




「隣国の王子の時に木製バットで殴ったせいで、どれだけ私が大変な思いをしたことか。あと少しで戦争になるところだったんですよ。あの事件のせいで私は王様からこっぴどく怒られたんですから。少しは自重してください」




「だって、あれは仕方がないじゃない。カエラの方を見ながらニタニタしていたのよ? もう気持ち悪くて。あれは絶対にカエラを狙っていたわね」




「はぁ、セリア様が何かをしでかす時は決まって誰かを守るためって言うのは知っていますが、もう私は側にいることはできないんですからね。まだカエラは小さいんですから無理をさせないでください」




「わかっているわよ。私だっていつまでも子供ではいられないんだから。それにもうお母さんなんだから、次は警告してから殴るわよ」




「全然懲りてないじゃないですか! はぁ。アステルも心配ですが本当にセリア様も心配です」


 クルーが少し大げさに肩を落としながらため息をつくる。


 こういったやり取りはこの3人だけの時、何度となく繰り返されたやり取りだった。




「この楽しいやり取りも最後なんですね」


 カエラは目に涙を浮かべながらポツリと呟くと、部屋の中が一瞬静まりかえる。


「いえ、またいつか笑って今日の日の話をしましょう。必ずこの魑魅魍魎の中で地位をあげてクルーのこと迎えに行くわ」




「心からその日がくることをお待ちしております」


 セリアは優しく、満面の笑みを浮かべたクルーのことを抱きしめる。そして、もう一度アステルのことを抱きしめてキスをしてから首に魔消波石をかける。




「この首飾りがこの子の魔力を上手く消してくれるはずよ。効果は数年くらいしか持たないけど、それでもこの子にとっては大きな力になるはずよ」




「わかりました。それでは、行ってまいります」


「気を付けて、クルー……さよならは言わないわ」


 アステルは状況がわかっているのか、わかっていないのかわからないがニコニコと笑みを浮かべている。




 クルーはセリアを見て大きく頷くと、アステルのことを優しく、懐の袋状の堤にしっかりといれ抱えこんだ。そしてもう一度、カエラの頭を優しくなで少し名残惜しそうにゆっくりと指を離す。


「では」


 クルーはそのまま3階にある王妃の部屋の窓より、庭の木へと飛び移り器用に下まで降りていった。




 空には厚い雲が広がり、ポツリ、ポツリと雨が降り出す。


 今夜は嵐だ。セリアはアステルの未来が晴れ渡ることを、幸せになることを祈ることしかできなかった。


 街中では第3王子と第4王子が生まれたことを喜ぶ人々で溢れかえっていた。




「新しくお生まれになった王子様万歳。今夜は嵐でも宴会だ。」


 アステルがこのことを覚えていることはないが、人々の喜びの声を聞きながら新しい旅へと向かうのであった。


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