第3話 嘘と裏切りで固められたボットム

 僕がこのブリゴット国の貧民街、嘘と裏切りで固められたボットムで生活し始まって10年がたった。


 この街は僕が小さい時からずっと、この国の中で掃きだめとしての役割をいまだに変えてはいなかった。ボットムの裏路地を何も知らない奴が間抜け顔で歩けば、あっという間に襲われ、奪われ、殺される。




 この街にはこの国のルールは適応されていないが、この街独自のルールがあった。


 それは、国のルールよりも簡単だけど危険で、破った時の代償が命という理不尽なものだった。




 僕はそんな最低な街の中でも最底辺で泥水をすすりながら、なんとか生きていた。


 この街は物心がついた時からまったく変わっていなかった。街の道の端には、手や足を失った孤児が横たわり、誰か助けてくれる人が来るのを祈りながら横になっている。




 ブリゴットの国の中心街からはそれほど遠くないのにも関わらず、ボットムを流れる川は茶色に汚れ、悪臭が漂う中、元が何かわからない物が浮かんで流れていく。




 そんなものを見て感情を揺さぶられたらダメだ。


 もはや日常の風景になっていて誰も、気にとめる人間は誰もいなかった。この広く大きな街の中で僕の命はとても軽くて、価値なんて存在していない。


 なぜ生きているのか?




 そう問われたら、死んでいないだけと答えるしかなかった。


 よく10年も生きてこられたものだ。


「テル? どこにいるの?」


「ここにいるよ。母さん」




 僕の一日は目が見えず、ずっとベットで横になっている母さんの声から始まる。


 だいたい声をかけられる前にはすでに起きているが、母さんは毎日同じ時間に起きるので、声をかけられてから動くようにしている。




「良かったよ。テル……テルがいなくなったら、私はセリア様に申し訳が立たないからね。本当に良かったよ」


 母は僕のことをテルと呼ぶ。




 本当はアステルというのが本名らしいが、アステルと呼ぶと追っ手に見つかったときに、王子だとバレてしまうからテルと呼ぶ設定らしい。




 母はずっと僕のことを、この国の第4王子だと言っているが、さすがにこの国の王子がこんなところにいるはずがないことくらいわかっている。




 現に、母の妄言のせいで周りとトラブルをおこし、僕たちはこの国の中でも最下層のさらに下、ヘドル川の橋の下へと追いやられた。




 それでも、僕はなんだかんだここが好きだった。ボットムの街の中心へ近づけば近づくほど危険が増えていくからだ。




「テル、ごはんの準備はできたかい? ご飯は身体を作る基本だからね。ちゃんと朝はとらなくちゃダメだよ」


「わかっているよ。母さん、ちょっと鎧ネズミさばいてくるから」


「気を付けるんだよ」




 僕はのろのろと橋の下に作られた廃屋からでると、大きく伸びをして辺りを見渡す。


今日も白い城壁が光り輝く大きなお城が見える。お城のまわりからは威勢のいい声や、楽しそうな人の話し声が聞こえてくる。




 集中すると楽しそうなカップルの会話や、第三王子の誕生お祝いをどうするなど、色々な声が聞こえてきた。




 第三王子は、生まれた時から身体が弱いらしく、城からでたことがないという噂だった。


 10歳の誕生日には顔を見たいなんて声もある。




 そんな雑踏の会話に耳を傾けながら、鎧ネズミがいるところを探す。


 鎧ネズミはヘドル川の側の石の影などに隠れている魔物で、肉が嚙み切れないほど硬い。


 普通の家では硬すぎて食用にされることはまずない。




 だから、こんなボットムの最下層にいる僕でも捕まえることができ、食べることができるありがたい魔物だ


 あまり家から離れずに捕まえることができる魔物は本当に貴重だった。




 周辺の石をどかしたり、草の根をわけると鎧ネズミが眠っているのが見えた。


 こいつらは自分が食べられるなんて想定していないのか、人に見つかっても逃げる素振りすら見せない。




 僕は左手で鎧ネズミを捕まえると、もう持ち手がボロボロになった古いナイフで肉を切り開いていく。


 残酷なようだけど、僕が生き抜くために必要なことだった。




 魔物を倒すとたまに左手の傷がうずいた。


 僕が生まれた時からあるひし形の傷。お母さんに僕の傷のことを聞いたら、「それは闇の賢者エドキナからセリア様を守った時にできた傷だよ。あれはテルが生まれる前のことだった……」と話し出したが、そこまで聞いて僕は話を聞くのを辞めた。




 普通に考えて欲しい。どこの世界にお腹の中の赤ん坊が闇の賢者に打ち勝つ力があるというのだろう。僕はそこまで話を聞いただけで、知ってしまったんだ。




 母は僕に惨めな人生を送らせたくないのだということを。


 橋の下で誰の子供ともわからない僕に、母は精一杯の夢を見させてくれる。


 兄は第三王子で、僕は本当だったら第四王子になるはずの男の子だったらしい。




 母は聖女セリア様の筆頭戦闘メイドで、僕を守る大役を仰せつかってここの場所に隠れることになったという設定らしい。




 目が見えていた頃の母は、騎士たるもの剣が使えないことには話にならないと刃の無くなった鉄の剣を渡し、騎士の真似事をさせるのが好きだった。


 王子だと言ったり、騎士だと言ったり母の妄言には一貫性がなかったが、それでも、意識がしっかりしていた頃の母の剣は強く美しかった。




 僕が鎧ネズミを捕まえて食べられるように解体していると、近所に住んでいるドダとダド兄弟がやってきた。今日はまだ狩りに行っていなかったらしい。ドダとダドは僕より少し年齢が高く、ボットムの街の外に日常的に魔物を狩りに行っている。




 ただ、この二人の性格が最悪だった。


 弱い者いじめが大好きで僕のことを見つけると必ず石を投げつけてくる。


 今日も……僕の方に彼らはいきなり石を投げつけてきた。

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