第三十二話:わたし達の世界。(前)
「蓮里、一つ聞かせてくれないかな」
椿は相対する蓮里を睨みながら、質問を投げ掛けた。
「なに?」
「キミの狙いは桐本有里だというのは分かってる。どうして有里を狙うの?」
蓮里はその問いを鼻で笑った。
「不確定要素は手元に置いておきたいだけだよ。彼女が異世界を繋ぐゲートなのは知ってるでしょ?」
「……そして転移者をこの世界に招いた元凶であることも」
「もちろん、仲間を増やすためだよ。わたしはこの世界で転移者の楽園を作る。わたしたちの理想郷を手にするんだ」
椿はナイフを構え直す。
「それだけ?」
その言葉を発した瞬間、明らかに蓮里の顔が歪んだ。
「きみにとっては"それだけ"かも知れないね。だけど……」
蓮里が消えた。
――いや。
後ろだ! わたしの後ろに彼女が立っている。
蓮里は背中からわたしの手首を掴んだ。
その力はわたしとぜんぜん違う。同じなのは姿だけだ。
「わたしにとっては重大な問題だ。この力をもってこの世界に降り立った以上、この世界で仲間を救う義務がある。ならばわたしは、有里を手に入れなければいけない」
「それは……もし、死んで元の世界に還れるとしても?」
蓮里の手が震えている。
これは……恐らく、怒りによるものだろう。
「元の世界なら、わたしはこの世界だ! 生まれ落ちた世界以外を、どうしてわたしの世界だと思うはずがある!?」
蓮里はその言葉に乗せて風と共に砂塵を起こす。
風は竜巻となり、椿を飲み込んだ。
「わたしは桐本蓮里だ。それ以外の何者でもない。他の世界などわたしには存在しない。それらは全て通過点だっ!!」
「――だったら!」
竜巻から声がする。すると竜巻は勢いを弱め、中から椿が出てきた。
「どうして蓮里は有里の横にいない! キミは、有里の家族じゃないのっ!!」
椿は落下の勢いを利用して、蓮里に高速で迫る。
握られているのはナイフ。今度は蓮里の顔を狙っている。
椿が眼前に迫ってくる。
その様子を、背後の蓮里は見ているだけだ。
なぜ、蓮里は反撃をしないんだ。
その疑問は、すぐに氷解した。
蓮里は椿のナイフを、指二本で受け止めていた。
「そうだよ、わたしは有里の家族。だからこそ――わたしは有里を許さない」
そのまま、指でナイフごと椿を地面に叩きつける。
反動で砂塵が舞い上がる。
「史上最強の忍者が聞いて呆れるな。わたしのいた世界だったら死んでたよ?」
蓮里は笑いを含んだ声で吐き捨てるように言った。
「所詮現世の人間なんてその程度だよ。さ、早く負けを認めて、命乞いをして」
彼女の手には見たこともないようなエネルギーの渦。
これは――魔力というものなのだろうか。
このまま、椿は負けてしまうのか?
だが、椿に限って、そんな簡単に負けるなんて――
「待ってくれ」
男が、突然蓮里の前に現れた。
とても悲しげな眼をした、長身の男。
ヤスヒロさんだ。
魔力を溜めていた蓮里の手を掴み、そのエネルギーの渦を一瞬でかき消す。
「何をしているの、靖弘――」
「勿論君を救うためさ、蓮里。馬鹿げた宿縁の軛から」
救うため……? ヤスヒロさんは、ただ蓮里を止めようとしているんじゃないのか。
「――何それ。軛? 意味が分からないけど」
「では言い換えようか。――僕は君を殺す」
ヤスヒロさんの声と共に、四方から嘶きが響き渡る。
獣の声だ。
地平線の彼方、途方も無い砂漠を越えて、四方から百獣――恐らくはヤスヒロさんの眷属がこちらに向かってきた。
百獣と言ったが、数は百を有に超える。千。いや……一万か。
「さあ、僕の眷属よ! 桐本蓮里を食い破れ!」
夥しい数の咆哮と足音が、辺りを包んだ。
その目的は全て一人の少女――桐本蓮里だ。
空、陸。椿以上の全方位から、獣達が一斉に襲ってくる。
どうやって、これを蓮里は防ぐのだ。
「――ふふっ」
蓮里は笑った。
この状況でも尚、笑みを漏らす。
何故だ?
この子は、蓮里は――
この状況に、全く恐怖していないと言うのか?
「主に勝てると思ったのかな? 本当に愚かだね、蓮里」
蓮里は、わたしの手を放した。
それと同時に、放した手でエネルギーをあらゆる方向に放射する。
それからは凄まじい光景だった。
蓮里目掛けて走り寄ってきていた獣達は細切れにされ、肉片と化す。
ヤスヒロさんも、眼前の状況に眼を見開いた。
「馬鹿な――」
次の瞬間、蓮里はヤスヒロさんの腹にエネルギーを放出する。
ヤスヒロさんはとっさに体勢を取り、エネルギーを受け止めようとするが、そのまま遠方へと吹き飛ばされてしまった。
「馬鹿な? 靖弘って、本当に馬鹿なんだね。自分の主の実力も見極めず、正攻法で当たれば勝てると思ってたんだ。だったら一つ、良いことを教えてあげるね」
一瞬で細切れにされたの肉の塊に腰掛け、蓮里は笑う。
「戦いは数じゃない。圧倒的な力の前に万民は平伏す。わたし達"チーター"にこの世界の常識は通用しない。それぐらい、靖弘は分かっていると思ったんだけどな――」
そしてわたしたちは、空から降る血の雨を浴びた。
それと同じくして、わたしは地に倒れ込む。
「……蓮里」
「どうしたの、わたしの名前を呼んで?」
「もう好きにしてよ。わたしがあなたのモノになればいいんでしょ。だったら――」
蓮里は。
どういうわけか、わたしの唇を奪った。
わたしは、その行為の意味が理解できず、拒否することもできずに――ただ彼女の口を受け入れてしまった。
わたし、キス――されたんだ。
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