第三十一話:椿VS"わたし"。
わたしが扉を開けたのと同時に、スマホの電波も途切れた。
「ここ――別の世界?」
ここが異世界かどうかは分からない。
少なくても、これまで肉眼で見たこともないような景色だ。
「もしかすると、地上が吹っ飛んでしまったのかもしれないけど……」
少し考えにくい。
そんな音は何も聞こえなかった……というより、わたしが扉を開ける直前まで、戦いの音は聞こえた。
それがこの砂漠に出てから、全くの無音になったのだ。
この扉を開けた瞬間、何らかの変化が起こったと考えたほうが自然だと思う。
問題は、ここが何処かということだ。
異世界なのか、それとももっと別の何処かなのか。
戦っていたみんなはここに居るのか。
今も誰かにわたしは知覚されているのか。
引き返したほうが良いかも知れないと、その時直感的に思った。
無闇に歩いた先に、何があるかも分からない。
どちらかといえば、自分の身を危険に晒すリスクのほうが大きいだろう。
「やっと会えた、有里」
背中から、声がした。
わたしを"有里"と、下の名前で呼んでいる。
その声質。
"有里"とわたしを呼ぶ人間。
その声の主は――
わたしは後ろを振り向いた。
「"あなた"は……」
「久しぶり。元気だった?」
見知らぬ少女。
いや……。
この子は、わたしだ。
「あなたは、わたし?」
「違うよ。わたしはわたし。有里は有里――」
「そうだよっ!」
遥か上空から、ナイフを抱えた長髪の子が降りてきた。
眼前の子の脳天を突き抉るために。
「無駄ッ!」
少女は砂で防壁を作り、その子――椿の襲撃を防いだ。
椿は防壁に弾き返され、遠くへ吹き飛ばされる。
だが、空中で体勢を立て直して椿は砂の上に着地した。
「一筋縄ではいかないみたいだね」
「当たり前だよ。ここはわたしの世界だから」
わたしは、すぐ椿に歩み寄った。
「椿っ!」
「有里ってば、さっき"ここに居て"って言ったでしょ。出た瞬間こうなるのは目に見えていたし」
「ご、ごめん……」
「いいよ。兎に角ここは"彼女"の領域。ボク達では分が悪い」
「あの子は誰なの! わたしによく似てるけど……」
そう椿に尋ねると、目の前の少女が口を開いた。
「忘れちゃった? お姉ちゃん」
「お姉……ちゃん?」
椿は眉を潜めた。
「キミが、桐本蓮里――そうだね?」
「うん。お姉ちゃんじゃなくて全然知らない人に名前を言われるのは不愉快だけど、合ってるよー」
蓮里……?
「ちょっと待って椿。そんな話全然してなかったじゃん。誰、蓮里って」
「ボクも、分からない。だからヤスヒロに確認してもらってるの、桐本蓮里が誰だか!」
蓮里はフフフと笑った。
「お姉ちゃんはさ、最初の転移者――もとい"帰還者"って誰だか知ってる?」
「……知らない」
「そもそも、お父さんはどうして転移の研究をしてたか、想像できる?」
「できない」
「どうしてお父さんが自殺したか、分かる?」
「分からない!」
声を荒げたわたしを前にして、蓮里は笑っていた。
この子は――知らないわたしを嘲けている。
人を見下すような視線がそれを物語っていた。
「嫌いだよ、そういうの」
椿はナイフを前に出しながら、そう言った。
「あーあ、お姉ちゃんの恋人に嫌われちゃった。残念」
そう蓮里が呟いた瞬間、椿は雷のような速度で彼女に迫り、首元をナイフで突き刺そうとした。
だが、その攻撃は再び生じた砂の防壁によって弾かれる。
「ボク達を笑いに来たの? だったら帰って。敵に回るなら、ボクはキミを家族と認めない」
「それを決めるのは、きみじゃないよ、椿」
椿の体が、まるで釘のように変化した砂に貫かれる。
それも、何度も。
「あれ? 油断しちゃった、椿?」
「まさか」
椿は全身を貫かれながらも、蓮里に笑みをこぼす。
そのまま、椿の体は丸太に変化した。
「見せてあげようか血迫流忍法、その全てを」
背後に現れた椿が、横に次々分裂していく。
「あぁー、影分身の術って奴だ。そんなの使えるんだねー」
「忍者だからね」
分身した椿達が、一斉に蓮里めがけて走っていく。
さらに、椿の一部は跳躍し、空からも攻撃をしかけた。
あらゆる角度からの襲撃だ。
蓮里はこれを防げるのか?
「言ったよね、無駄だって!」
椿は、己の周りに風を起こした。
砂塵は、迫っていた椿を同時に吹き飛ばしていく。
「だけどっ!」
最後に、真上に残った椿だけがナイフを振り下ろした。
最初と同じく、脳天を狙うつもりだ。
その時。
カキン、と金属がぶつかり合う音が鳴った。
「な――」
「物質生成。今、そのナイフを模造させてもらったよ、椿」
椿のナイフと全く同じものを構え、蓮里は椿の攻撃を受けきった。
そのまま、少女は砂で拳を作り、有里を殴りつける。
椿は、大地に降り立ち防御の姿勢を取ったものの、衝撃で後方に押し込まれた。
攻撃自体は防いだが、足によって地面の砂が大きく削れている。受けた衝撃がよほど大きいということだろう。
「体術だったら互角だと思うよ? わたしもわたしで、異世界で戦った転移者だからね」
蓮里は邪悪な笑みを浮かべる。人を喰ったような、わたしに浮かべた笑みだ。
「……キミってさ、異世界から戻ってきた人間なんだよね」
「そうだけど、それが何か?」
「どうしてキミは、有里の横にいないの? 子供のときも、今も」
「教えてあげない」
椿は、激昂していた。
理由は分からない。だが――彼女の正体を掴んでいるように見えた。
「火!」
椿は印を切り、炎を自身の手から炎を起こす。
蓮里はそれを交わした。
「水っ!」
今度は水だ。足元から水を発生させ、まるで波に乗るように蓮里めがけて水と共に切り込んでゆく。
蓮里は砂のドームを作り、椿ごと水を玉の中に飲み込んでみせた。
椿はギリギリで玉を抜け出し、蓮里に迫る。
「ならば、地!!」
今度は椿が砂を操り、蓮里を討つための釘へと作り変える。
同時に蓮里も釘を作り出す。
椿と蓮里はお互いを砂の釘で突き刺し、その体は同時に砂となった。
それと同時に、砂の中から数多く二人の分身体が現れる。
「風!」
分身体は各々風を起こし、蓮里の分身を吹き飛ばした。
それと同時に椿の分身体も崩れ去る。
蓮里の起こした風によって、だろう。
残った椿と蓮里の体は一つずつ。
恐らくあれが本体だ。
「術も互角って所かな。わたしは魔法、きみは忍法だけど」
「これはお互い、決着はすぐつかなさそうだね」
椿と蓮里は同時に笑った。
明らかな殺意を、それぞれの表情に浮かべながら。
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