第二十八話:晶、打ち明ける。

 わたしは家を出ると、夜の町を一人散歩しながら、晶に電話した。


「今、会ってくれる?」

「ああ」


 晶は淡々と答える。


 その足で、わたしは近所の公園へ向かう。

 入り口から全景が見渡せるほどの狭い場所だ。

 わたしは入り口側のベンチに座り、深呼吸した。


 それから数分後、晶が到着する。


「待った?」


 片手を挙げながら、晶が歩み寄ってくる。

 Tシャツにズボンの、ラフな格好だ。


「電話しながら来たから。全然待ってないよ」

「で、なんだ。椿君の事か?」


 わたしは首を横に振った。


「ただ話がしたかっただけだよ」

「ふむ、そうか」


 晶は缶ジュースを一本手渡してきた。


「買ってきたの?」

「ああ、飲み物くらい買ってやろうと思ってな。持ってたら引っ込めようと思ってたが、手ぶらだったようだし」


 早速気を使われている。

 そういう所が晶らしい。普段の人を喰ったような態度とは裏腹に、用意周到で気が利く子だ。


「ありがと」


 わたしは会釈して、缶を開けた。

 ぷしゅ、と小さく音が鳴る。

 わたしは、缶を見つめる。何故か、いつ飲むかを迷っていた。


「本当は何か用があるんだろう」

「なんで?」

「有里は理由がないと電話をくれないからな。無駄に遠慮するタイプだろ」


 ……などと言われているが、自分の事をそんな性格だと思ったことはなかった。

 確かに、今までも晶には何度かそういう事を言われてはきたのだが、その度に晶自身の思い込みだと判断して聞き流してきたのだ。


 だが、今にして思えば……わたしはまさしくそういう人間だったのだろう。


「わたしさ、春ぐらいに――晶に振られたじゃん?」

「……ああ、そうだな」

「その時、自己嫌悪に陥って、軽く引きこもったりしたよね」

「そうだな。今はこうして元気そうにしているが」


 わたしは、目線を晶に向ける。


「あの時、晶はなんて言って断った?」


 晶と視線が合う。

 驚き、戸惑う丸い目。彼女らしくもない、不意を突かれた表情だ。


 だが晶はすぐに元の顔に戻り、星空を見上げながら言った。


「有里はきっと、わたしを好きじゃない――」


 つられてわたしも空を見上げる。

 夏の空には雲ひとつない。

 パノラマのような夜景が、頭上に広がっていた。


「それってさ、遠回しな拒絶だと思ったんだ。そんな気持ちで告白してくるなって」

「ははは……だとしたら、言い方が悪かったな」

「でも――晶の言う通りだったよ。わたしは何処かで、晶の中にお父さんを探してたんだ。それは、晶が好きなわけじゃない。もっと別の感情だよ」


 晶は立ち上がり、わたしの前に立った。


「有里」

「な、なに?」

「君はまだ、勘違いしてるな。そういう事じゃない」


 あれ。

 わたしが先程椿と話、分かった自分の気持ち。

 間違っていたのだろうか。


 晶はわたしの前で、ゆっくりと言葉を発しようとしている。まるで、自分の言葉を言いあぐねているかのように。


「どうしたの、晶?」

「――私は、んだ」


 わたしは素直に、「どっちでもない」の意味が分からなかった。

 晶は、何じゃないんだろう。


「だからな。私は男でも女でもないんだよ」

「え――」


 言葉の意味が、良く分からなかった。


「まあ……正確に言えば、自分でもよく分からないんだ。女だから女の服を着ることは多いが、今日のようにどちらでもない格好も多い。私はな、自分がどうしようもなく男っぽい人間だと思えたり、別の日には至って普通の女の子に思えたりするんだ」

「そんな事って、あるの?」

「ある。当事者が言っても説得力など皆無だろうが」


 普段だったら「理解できない」と言う所だったのだろう。

 だが、わたしは椿と出会ったことで、それも"自然"な事のように思えた。


「有里は、女の子が好きってずっと言ってただろ。そんな君が、男の私を受け入れられるのか? と……その時思った」

「ああ……」


 それだけは今でも想像ができない。

 あの時晶が"どっちでもない"と言ったら、わたしは受け入れられたのか。


「だから、ちょっと辛かったよ。椿君が男だと知っても、有里は椿君を好きなままで居たからな」

「え、うん、まあ、そうだけど……え?」

「こういうのは巡り合わせだからな。仕方ないさ」


 晶は微笑んだ。


「――で、それを言いに来たのか?」

「うん。ほんとにそれだけ」


 はぁ、と晶はため息をつく。


「別に呼び出さなくても良かっただろ。物々しくなって私も要らん事を言ってしまった。……ああ、そうだ! ちほには言うなよ。話がややこしくなる」

「言わないよ」


 椿の秘密だっておいそれと晶に言わないのだ。

 晶の生き方について、わざわざ誰かに話したりはしない。


「わたしは何も変わってほしくないの。振られてよく分かった、関係が壊れてしまう怖さを。晶とは今のままでいい」

「ああ、そうか」


 晶はそう言いながら、私の肩に手を置く。


「私もそう願うよ」


 その時の晶はどこか寂しげにも見えたけど、それ以上に嬉しそうだった。その理由が分からなかったけど、きっと晶にとって自分の秘密は、ずっと打ち明けずに墓場に持っていくレベルのものだったかもしれない。

 キッカケこそ弾みかも知れないが、わたしへ言うには相当の勇気が必要だったはずだ。

 

 だからこそ、受け入れられて嬉しかったのだろう。


 ――いや、それでも、自分の秘密を話すものなのだろうか。


 わたしはよく分からなかった。


 分からなかったけど。


「ほら、さっさと飲んで帰るぞ。転移者が心配だ、家まで一緒に帰ろう」


 ――まあいいか、と思った。

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