第二十六話:どうしてわたしの家族になったの?

 わたしが大声で驚くと、宝珠さんは何処かへ走り去って行った。


「や、やっぱり宝珠さん、わたしの事が好きなんじゃ……」


 椿は相変わらず口元を膨らませている。


「関係ないよ。あんな人、信用できないもん」

「でも、宝珠さんがヤスヒロさんの居場所を教えてくれたんだよ」

「それも利害関係が一致しただけ。ボク達への善意じゃないよ」


 わたし達は帰り道を歩き始めた。

 和装――というより、忍び装束なのだろうか、この姿の椿と一緒に歩くのは初めてだ。


 髪の毛が長い。

 初めて会った時と同じ、腰まで伸びた黒髪のロングヘアーだ。


「……椿ってさ、可愛いよね」

「えへへ、そうでしょ?」


 椿は一瞬、動揺した様子を見せた。

 が、すぐに居直っておどけた振りを見せる。


 照れてる所も可愛いんだが、あまり素直にそういう姿を見せてはくれない。


「女の子っぽい格好をしている椿って、やっぱり可愛いよ。女の子のわたしより、ずっと女の子みたいでさ」

「有里も可愛いと思うけど」

「どうかな。わたしは自分のこと、普通だと思ってるよ。可もなく不可もなく、女子の集まりに加われば埋没しちゃうぐらいの雰囲気」


 そう言うと椿は、早足で歩くと、後ろ向きでわたしの前を歩き始めた。

 夏の月が、椿の背を照らす。


「ボクね、一目惚れだったんだ」

「――え?」

「何処で寝ていいか分からなくて部屋に入った時、初めて有里と出会って。寝ている有里を見て――この人と一緒に居ようって思った」


 どういう意味で言ってるのだろう。


 愛しているという意味なのか。

 家族としての愛着が湧いたという意味なのか。


「自分でこんな事言うのもなんだけどさ。一目惚れしたのって、わたしの顔が可愛かったから?」

「同じだと思ったんだ。寂しげで、孤独に震えていて、涙してる姿が……自分と同じだって」


 椿はわたしの両手を掴み、指を絡めた。


「ボク達は一緒なんだよ。ずっと愛を失って、孤独を感じて生きてきた。だから、家族になれて嬉しかったし、これからも一緒に居たいって思う。有里は違う?」

「違わないよ。わたしも、お父さんが死んで、お母さんも家に居なくて、ずっと一人だった。晶は友達で、いつでもわたしに寄り添ってくれたけど、それでも家に居ると、突然寂しくなる事が何度もあった」

「だから、あの日も悲しい顔をしてたんだね」


 ……そして。

 そして、今もきっと、わたしは悲しげな表情を浮かべている。


「ねえ、教えてよ椿。椿はわたしを利用するために家族になったの? わたしの能力を利用するため? 戦いのため? 何か、打算があって、なの……」


 涙を潤ませながら、わたしは椿に尋ねていた。宝珠さんに言われた、あの言葉を。


 椿は、不意に手を放した。


「――血迫党。ボクを拉致し、忍者として調教した集団。房中術をも使わせるため、ボクは女にされた」


 女に、された?


「体は、男だけどね。女として扱われ、育てられる内に、ボクは、ボクが理解できなくなった。自分という性別が溶けていき、何者かであることをも見失ってた」


 分からない。

 椿が何を言っているのか。何を意味しているのか。


「でもね。ボクはそれでも頭領や、仲間達の事が好きだった。ボクを認めてくれて、信頼してくれて、一緒に戦ってくれた家族。たとえこんな体にした張本人であっても、ボクは彼らを恨んでなかった。でも、彼らは殺された。転移者という奴らのせいで」


 ――あ。


「その時、桐本愛季……ママが来たんだ。血迫党襲撃の状況を確認しに。それは、本当に偶然だった。ボクは、何も仕組んでいない。本当にたまたまママと出会った」

「……じゃあ、どうして椿は、わたし達の家族になったの」

「知ってる? ママは作戦中、ドッグタグをぶら下げてるんだ。そこにね、写真が挟み込まれてた。それが――有里だった」


 お母さんが、わたしの写真を持ち歩いている。

 その一言で、強く頭を殴られたような気分だった。


「ボクは聞いたんだ。ボクはアナタの家族になりたい……その写真がアナタの家族で、今も健在なのだとしたら、その人に会いたいって」

「分かんないよ。どうしてそう思えるの? それっぽっちの写真一枚で、どうしてわたしに会いたかったの……」


「だから、言ったでしょ。だって」


 ああ、そうか。

 一目惚れの相手は、写真のわたしで。

 それで、椿とわたしの家族になろうと思ったのか。


「でも、どうして家族なの? 恋人でもなんでも、良かったんじゃないの?」

「ボクは家族を失ったときに――他の家を知りたいって思ったんだ。それが理由の一つで、もう一つは……ボクが、男でも女でもないからだよ」


 椿はわたしの前を歩きながら、苦しげな笑みを浮かべた。


「写真の有里は笑ってなかった。悲しそうで、寂しそうな顔をしていた。だから、ボクが助けてあげたかった。でも、ボクは恋人にはなれない。だから……」

「だから、家族になってあげようって? そんな話、信じられないよ」


 わたしは笑った。

 やっぱり、椿は変だ。

 考え方がズレているというか、浮世離れしているというか。


「……一つ教えて」

「うん」

「椿が男の格好をしてるのって、わたしの異性であろうとしたから?」


「ううん。ボクは桐本椿になりたかったんだ。くノ一の『椿』じゃない、男の子の桐本椿に。だからこの服の時だけ、ボクは女の子に戻るの」


 ああ。

 わたしはなんだか、酷く納得してしまった。


「ごめんね、椿」

「何が?」

「椿が男の格好しているのを見て、泣いたりなんかしてさ。椿の気持ちも知らないで、勝手に女の子で居てほしいなんて、思って……」

「どうして謝るの。悪いのは、有里じゃないよ」


 わたしは、目の前で歩く椿に、抱きついた。

 二人の歩みは止まる。


「だってさ。そんな風に思っていたなんて知らなくて、わたしは、自分のエゴで傷つけたんだよ。そんなのって、最低だよ……」

「でも、有里はボクのこと、嫌ってないよね?」

「だって、だってぇ……椿は……ぐすっ、大事な、家族だもの」


 気付いたら、わたしはまた泣いていた。

 今度は、椿の肩で。

 椿は、肩に乗っかったわたしの頭を、ゆっくりと撫でてくれた。


「ボクはね。どうしてあの日有里が泣いたのか、ずっと考えてたんだ。ボクが男の子だったのがショックだったのかって」

「それは……でも……わたし、今でもあの日泣いた理由が、分かんないんだ」


「ううん、ボクは全部もう分かってるよ」

「……え?」

「家に帰ったら、今度は有里の話を聞かせて。多分話してくれたら、その時に全部、理解できると思う」


 そう言うと、椿はわたしと手をつないで、わたしを家まで先導していく。

 どの戦いの時よりも、わたしの手を引く今の椿が、一番心強く思えた。

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