第二十五話:ええ~っ!
「今日の所は停戦ができて良かったよ。遅かれ早かれ、殺されるだけだと思っていたからね。君達か、
ヤスヒロさんは口でこそ喜びの声を漏らしているが、出会った時から今に至るまで、終始飄々とした様子しかない。
まるで死など恐れていないかのように。
そんな事を考えていると、ヤスヒロさんと目が合った。
何故か、彼は私に微笑みかけてきた。
「聞きたい話は色々あると思うが、それは追って話そう。それじゃ、今日は解散という事で良いかな」
「あの……一つ良いですか?」
「なんだい」
「今日ヤスヒロさんに会って……正直、獣の転移者のイメージと違ったというか。襲撃のために獣を用いた人物とは違うというか……」
「そうかな? 僕は僕だと思うけど」
「デカ太郎……じゃなかった、神社でわたしを襲ってきた獣がいましたよね。あれって、人間を改造した獣、なんですよね」
ヤスヒロさんの顔から微笑が消えた。
「うん、そうだよ。そして僕は彼を殺させた」
「……どうしてですか?」
ヤスヒロさんは目を細めて言う。
「何を勘違いしているか分からないが、そういう男なのさ。自分のために仲間の獣を利用し、人間をも改造する。君達と争うつもりがないからと言って、僕を温和な平和主義者だと思わないで欲しい」
「……そうですか」
――嘘だ。
わたしには今の言葉が直感的に嘘だと分かった。
だとしても、今そう言い返すほどの自信が、いまのわたしにはない。
今しがた抱いた感情は、単なる直感に過ぎない。
これまで
でも、腑に落ちない。
わたしはヤスヒロさんの発言が、出任せにしか思えてならないのだ。
「帰ろっか、有里」
黙りこくるわたしの袖を引っ張って、椿はそう言った。
これ以上、ここに居ても仕方ないと判断したのだろう。
「では、また会おう」
ヤスヒロは部屋を辞するわたし達に向けて手を振った。
◆◆◆◆◆
「無事でしたか」
アパートを出ると、電信柱の前でで宝珠さんが腕を組んで待ち構えていた。
「近くに椿が居た事は存じておりましたが、ノブコに襲撃されて全滅等という最悪の結末を迎えてもらっては困りますからね。押っ取り刀で馳せ参じましたが、杞憂でしたか」
「ボクが転移者如きに負けると思っていたの? 彼女とは勝負にすらなっていなかったんだけど」
椿と宝珠さんが睨み合っている。
今にも火花がバチバチと音を立てそうな様子だ。
だけど――背の低い二人が睨み合っていても、小動物の喧嘩にしか見えない。
「ぷ、ふふっ……」
わたしは、その不格好な様子に、思わず吹き出してしまった。
「有里、何笑ってるの」
椿はジト目でこちらを睨んできた。
「えっ! いや、なんでもないんだけどさ……」
「興が削がれてしまいましたね。が、ちょうど良かったですね。今、椿と争っている暇はありません」
「そうだね。ボクたちとヤスヒロが接触し、かつノブコを殺してしまった以上、必ず次の刺客が来る」
「私と椿であれば、恐らく、いかなる刺客にも負けません。懸念があるとすれば、桐本有里の喪失」
「そしてヤスヒロが死ぬ事だ。恐らく彼なくして桐本佳彦の研究の全容を知ることはできない。だから、ボクらはこの二人を護衛する必要がある。あと……」
「まだ、何かあるんですか?」
「ボクと有里の夏休みを邪魔されたくない」
その一言には、流石の宝珠さんも驚いていた。
「ただでさえ夜もまともに有里と一緒に過ごせなくて困ってるんだよこっちは! その上襲撃からみんなの身を守らなきゃいけないってどういう事!? いい加減にしてよ!」
「椿、貴方という人は……」
「一件が終わってもボクに喧嘩を挑んてこないでよね! こっちは忙しいんだから!!」
まあ確かに、夏休みぐらいのんびり過ごしたいの言うのは分かるんだが。
「桐本有里を利用するつもりで接近した癖に、惚れた振りがお上手ですね」
「それはそっちでしょ!? 好きでもない子を押し倒して、何が『付き合ってください』だよっ!!」
ちょっと待って。
それを言われているわたしはどう反応すればいいの。
「ま、まあまあ二人とも……」
「ボクは本気だよ!」「私は本気です」
二人がわたしに向けて同時に発言すると、二人はお互いにまた睨み合った。
まずい、これはまた戦いが始まる。
ここはわたしが止めなきゃ。
「ど、どうどう……どうどうだよ、二人とも。さっきも言ったとおりそれどころじゃないんだから、喧嘩はわたしに免じてやめて、ね?」
「……仕方有りませんね。わかりました、桐本さんがそう言うなら喧嘩は控えます」
「ふん! ボクは有里に従うだけだからね。ボクはいつか必ず、宝珠和愛を倒すから!」
不毛な敵対は続いているが、ひとまず二人とも矛を収めてくれたようだ。
わたしはホッと胸を撫で下ろす。
別に二人が喧嘩している理由もつまらないものだし、こんな争いは収まってくれたほうがありがたい。
ん?
そもそもなんでこの二人は喧嘩してるんだっけ?
わたしは冷静になって、二人の発言を思い返した。
「え」
「どうしたの、有里」
「顔が赤いですけど」
わたしは、ほんのり頬が紅潮する二人を震える手で指差す。
そして、叫んだ。
「ええ~~~っ!!!!」
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