第二十四話:手紙。
「すいません、ちょっと電話に出ます」
二人は何かを察した様子で、電話に出ることを了承してくれた。
わたしは外に出ると、二階の手すりに片手を載せて通話ボタンを押す。
「宝珠さん、どうしたんですか? 電話してくるなんて珍しい――」
「ノブコが逃げました」
「えっ? でもノブコは、死んだんじゃ……」
「正直、見誤りました。転移者がチーターと呼ばれる所以を忘れていたんです。彼らは」
"自分の死さえもコントロールできる"。
そう受話器から声がした瞬間。
全身を炎に包まれたノブコが、目の前に現れた。
わたしは電話を切る。
「生きていたんだ……」
「お陰で肉体を滅ぼしましたがねェ――」
彼女は全身から炎を噴出し、空に浮かんでいる。
どうするつもりだ。
「あ、貴方はわたしを捕まえるつもり?」
「おや、桐本有里さんは自分の正体にお気付きですか。だとすると話が早い。私の主人に会っていただきたいのですがねェ」
そう言いながら、彼女はわたしに迫る。
その手から火が失せると、黒く焦げた手があらわになった。
手が、わたしの体を掴もうとする。
「――もうどうでも良いです。貴方はムカつくんで、死んでください」
この人は、私を殺すつもりだ。
手に、再び炎が灯る――
わたしは、身動きが取れなかった。
ここで絶叫をしようものなら即座に火を移されて死ぬ。
だからと言って、わたしに反撃の術はない。
どうすれば良いんだ?
わたしは、ただひたすらに、迫り来る
その刹那。
ノブコの体は、一瞬で凍りついた。
「忍法・冷風気」
あっという間だった。
わたしの横に一陣の風が舞ったと同時に、
ノブコが空中で氷結し、アスファルトに叩きつけられ粉砕したのは。
術の主――椿が地面を確認する。
「とりあえず撃退できたみたいだね。まぁ、これで死んだかは分からないけど」
わたしは地面を見る。
氷の塊が、地面に叩きつけられてバラバラになっている。
ノブコは死んだのだろうか。
椿は横で、冷徹な眼差しを眼下に送り続けるばかりだ。
それから数十秒ほど、わたしが地面を覗き込んでいると、突然、不思議な現象が起きた。
彼女の残骸から、霊魂らしき塊が現れたのだ。
「なに、これ――」
「魂に見えるけど……」
その魂はわたしに飛んできて、胸の中に入り込んだ。
わたしは、自分の胸をさする。
「な、なに? 今の、どうなったの?」
椿は意外そうな顔を浮かべた。
「死が……能力の発動条件、なのかな」
◆◆◆◆◆
「つまり、彼女の側で魂が死ぬと、その魂が彼女を経由してどこかに送られると、椿君は思っているんだね」
「あくまでその可能性がある、ってだけだけどね」
質問をしたヤスヒロさんは、ううんと唸った。
「情報が足らないな。仮にノブコの魂が桐本有里を経由して何処かに飛ばされたとして、到着地点も分からないだろう」
「そうだね。ただ単に魂が消失した可能性がある。そもそもアレが魂だったかも分からないし」
「もう少し情報を集める必要はあるな。椿君は家にある文献を全て確認したのかい?」
「まだ全部じゃない。読めないもの、そもそも意味のあるものなのかも分からないメモがたくさんあった」
椿は紙切れを出した。
「例えばこれ。何処の国の言葉でもない」
「見せてくれ」
ヤスヒロさんは紙を受け取ると、棚からルーズリーフとペンを取り出した。
そして、メモを見ながら紙に何かを書いていく。
「それは――」
「読める。これは手紙だ。異世界の言葉で書かれた」
どんどん書かれていく文章を、わたしと椿は横から目にしていた。
それは、お父さん――桐本佳彦に宛てた手紙だった。
「だけど、どうして読めるの? この言語はヤスヒロの居た世界のものだってこと?」
「大体、転移した時は"神"と会うんだ。転生の代価として僕らに能力を与える、ありがた迷惑な人達だよ」
「そっか。ヤスヒロが転生で手に入れたのは」
「獣との対話のため、万言を理解する能力。こんな手紙を読むことぐらい、造作もない」
ヤスヒロはあっという間に"日本語訳"を完遂した。
「……なるほどな」
ヤスヒロは書かれた手紙の内容を読み、そして納得した。
◆◆◆◆◆
拝啓 桐本佳彦様
突然のお手紙失礼します。ペルティア・サレス――こちらの世界では
私はある日、魔法の力を借りてこの手紙を貴方の世界に届けようと思い立ちました。自分でも驚いておりますが、私は既に日本語も英語も思い出す事ができません。だから、私達の世界で失礼させていただきます。この手紙が本当に届くかも、そして貴方が読めるかも分かりません。ですが私は一言、感謝の気持を述べたいと思います。
元の世界に戻してくれてありがとう。そして、もう一度家族に会わせてくれてありがとう。
そして、ご自身を責めないでください。私は元の世界に転移する前の通り、幸福に過ごせておりますから。
桐本さんも私と同じよう、ご家族と幸せな日々を過ごせることを祈っております。
追伸
この手紙を書いているうち、私は自分の元の世界における記憶が少しずつ薄れていることを感じます。これも、転移の影響なのでしょうか。
私はそれを恐れてはいません。ですが、貴方の記憶が失われてしまうのだけは、少し残念にも思います。
ですが、私はこれで良かったのでしょう。もう、何も怖くありません。
なぜならきっと、これが私が幸せになる上で必要なことなのでしょうから。
ペルティア・サレス
または
◆◆◆◆◆
「お父さんが、感謝されてる……」
「異世界から桐本佳彦に宛てた手紙か。聞いている話と随分違うね」
「聞いている話?」
「うん、僕達の主は嘘をついているらしい」
嘘とはなんだろう。
それ以前に、主とは誰のことだろうか。
「突然だけど桐本椿。どうやら僕達で戦っている場合じゃなさそうだ。先に桐本佳彦の足跡と桐本有里の能力の謎を調べる。構わないね?」
「ボクは元々キミ達に敵意はない。キミがこの世界の平穏を揺るがすつもりがないのなら、こちらも戦わないよ。それに、ヤスヒロにはもう、時間がなさそうだし」
「ああ、そろそろ他の転移者が来る筈だ。その前に桐本佳彦の謎を解かないといけない」
「そうだね。それならしばらく手を取り合おう。お互い、そうした方が得策だろうから」
椿とヤスヒロさんが見つめ合っている。
どうやら二人の間で同盟が結ばれたようだ。
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