第二十三話:わたしの秘密。
わたしはヤスヒロさんを前にして緊張していたが、一方のヤスヒロさんはリラックスしている様子だった。
少なくてもこちらに敵意を向けてはいない。
もちろん彼がそうした感情を隠すのが上手だっていう可能性も考えられる。
だとしても、この余裕はなんだ?
突然の訪問者に、こんなに平然としていられるものなのだろうか。
「桐本椿――うちの椿をご存知ですか?」
「もちろん。何度か獣が襲っただろう? ブラムとか、ケンとか?」
「ブラム? ケン?」
「ブラムは学校を壊したコウモリの怪物。ケンは駅を燃やす原因となったモズの怪物だよ」
ヤスヒロさんは獣に名前をつけているようだ。
「君はノブコに記憶を消されていたから、覚えてないも知れないけど」
「ノブコって、宝珠さんと戦っていた女性の人ですか?」
「そうだね、宝珠和愛にはあっさり負けちゃったけど。彼女にとってはいい薬になった筈だ」
ヤスヒロさんは、ノブコについても随分あっさりとした物言いだった。
仲間がやられたと言う割には、怒りも悲しみも語気から知ることができない。
――この人も、謎だ。
椿や宝珠さんと同じ、得体の知れなさを持っている。
優しそうに笑む柔和な男性で居ながら、その発言内容はイメージと一致していない。
この人の腹の中が、まるで読めずにいる。
「……や、ヤスヒロさん。椿を襲ったのは、先手を打つためで、合ってますか?」
「先手? ああ、君達が僕を襲撃するのを防ぐために、先に攻撃したってことか」
なるほどね、と言いながら、ゆっくりと何度も頷く。
「正直に言って、それは間違っている。桐本椿と戦うつもりは毛頭ない。ブラムやケンには悪いことをしたけど」
「え?」
"自分の素性を嗅ぎ回っている諜報機関を動物と共に襲撃し、街に被害を与えている"――。
椿は確かにそう言ったはずだ。
「むしろその逆さ……。僕は君達に僕を見つけて欲しかった。"組織"に気取られない形でね」
「"組織"?」
ヤスヒロさんは、天井を見上げた。
「
「かみ、さま?」
「そう、神様。人の持ち得ぬ力を行使し、人を恐怖させ、従わせようとしている。罰ばかり与える神様……それが彼らだ。ま、僕もその組織の支配下にあるんだけどね」
チート……。
聞いたこともない組織だ。椿や宝珠さん、細貝さんと何か関係があるのか。
「僕の監視をしていたのが"組織"のノブコだよ。君達はノブコをよく倒してくれた。一時的とは言え監視が減ったのだからね。僕もこうして君に接触する機会を得た」
「あの……わたしも貴方に会いたかったんです」
「ほう、それはなんで?」
「確認したかったんです。わたしは貴方を知らない、ですから……。良い人なのか悪い人なのか、何をしようとしている人なのかも知りません。それなのに、椿や宝珠さんは貴方を倒すような事を言っていた。そういうの、わたし、なんとなく……納得できなくて」
そう言うと、ヤスヒロさんは笑う。
「あははは……君は、いい人なんだね」
そうなのだろうか。自分では分からないが。
「話を戻そう。僕は君達に見つけて欲しかったと言ったね」
「あっ……はい。それ、なんでですか?」
「僕は、元の世界に戻りたい。"獣の王"フラン・イベラチオとして君臨した、あの異世界に」
そういえば、この人は転移者だ。
転移者には元いた世界があるはず。その世界で幸福だったとしたら、戻りたいと思うのは自然だろう。
だが……。
「それと、わたし達が貴方を発見することと、何の関係があるんですか?」
「――桐本有里さん。僕がそもそもこの町にいる理由はどうしてだと思う?」
「……分かりません」
「それは……」
ヤスヒロさんは、わたしに一歩ずつ歩み寄り、そして顔を寄せると、こう告げてきた。
「君こそが異世界転移現象を引き起こした存在だからだ」
わたしが?
どうして?
何も知らない。誰もそんな話をしていない。
一体、どういう事なんだ。
「君はね、異世界への門を開く能力を持つ、当代唯一の人間なんだ。桐本佳彦が生み出した最高傑作。そして、多くの人間がこの地に帰って来た諸悪の根源」
わたしが、諸悪の根源――。
「そ、それ、本当なんですか?」
私がヤスヒロさんに尋ねたその時。
長い黒髪の女性――いや、女性の姿をした"男性"が入ってきた。
「――桐本家の地下に残された文献は全て一つの事実を示していた。桐本佳彦による、異世界から生命体を帰還させる実験」
椿だ。
初めて、わたしの前にはっきりと、女性の姿でその身を現した。
「数多くの研究資料が示していたのと、異世界に召喚されてしまった娘を、無理やり現実世界に戻した結果と、その余波。そしてその途上で、被検体・桐本有里が異世界の門を開く術を得たという事実」
椿は靴を履いたまま、部屋に入る。
「はじめまして、桐本椿。この短期間で、随分と情報を調べ上げたようだね」
「それが忍者の務めだから」
「桐本椿に聞きたい。桐本有里は、本当に異世界転移の原因なのか?」
「正確に言えば原因じゃない。桐本佳彦が異世界に転移した娘をこの世界に帰還させるため、桐本有里に
そんな。
「で、でも、わたしそんな話、聞いたこともないよ」
「その通り、その事実は完全に秘匿されていた。桐本有里の記憶ごとね。当の桐本佳彦も自殺し、完全に情報は闇に帰したはずだった」
それじゃ。
お父さんが死んだのは――。
「だけどもう一人、桐本有里が転移の元凶だと知っている人がいる。彼女が明かしたんだ。桐本有里の能力を、世界に――」
「ちょ、ちょっと待って! 話がどんどん進んでいくけど、わたし、本当にそんな力があるの?」
「うん、その筈だよ。もっとも、どうやってその能力を使うのか、ボクも分からないけど」
「だったら、わたしが全員を転移させてしまえば転移者はこの世界から居なくなるって事? それだったらわたしが転移者を元の世界に返してしまえば、問題は丸く収まらない?」
それを聞いたヤスヒロさんは笑った。
「そんな単純な問題だったら誰も苦労しないよ。第一、君が能力について完全に忘れているのは君自身が証明している筈だ」
「そ、それは確かに……」
「能力の使い方を発見しなければならないよ、有里。どんな条件があって、どうやったら発動するのか。それさえ分かれば――」
その時、スマホが鳴った。
わたしは画面に視線を落とす。
宝珠さんからの電話だった。
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