第二十一話:転移者って悪い人?
その日、わたしは椿に市を案内して回った。
わたしたちが住むこの町は、都心から少し離れた場所で、出ようと思えば東京に出れるぐらいのところに位置している。
所謂ベッドタウンなのだが、辺りは住宅街が中心で、田舎といえば田舎の市だ。
わたし達は二人で、近所の城址や公園、個人経営の商店なんかを見て回った。
改めて何もない町だな、と思っていたが、椿がアイスクリーム片手に楽しそうだったので、よしとしよう。
駅は絶賛工事中。聞けば一ヶ月程度で電車は使えるようになると言うが、それまではバスや車で少し遠くまで出なければいけない。
おかげで夏休みに結構影響が出てしまっている。
椿にお姫様抱っこして連れてってもらうことを提案したが、拒否された。
あまり、人前では忍術を使いたくないらしい。
見られて大事になるのも困るし、聞いていたわたしも仕方ないと思った。
それに加えて、補習もある。
外を一日中ブラブラする時間はお盆まで取りづらいのだ。
だから、わたし達は自分の町で夏を過ごそうと思った。
しかし問題は、意外にも椿の機嫌の方だった。
椿はある日を境に「海に行きたい」としきりに言っていたのだが、しばらく行けないとわかり、散歩中の町中で口元を膨らませていた。
「せっかく水着も用意しておいたのに! 今年、全然水に入れてないんだよー……」
……その水着とは、男性用と女性用、どちらなのだろうか。
わたしは頭でパレオ姿の椿とか、ズボンだけ水着を履いている椿を想像して、悶々としていた。
椿は編入初日に学校が閉鎖してしまったので、学校のプールを使うという訳にもいかないし。
市民プールも何年か前に廃止されてしまったし。
海、連れて行ってあげるしかないのか。
「お願い! 絶対だからね!」
横に居た椿を見ると、わたしの心を読んでいたのか、そう返された。
「ま、まぁ、別にわたしも行きたくない訳じゃないし……」
そう言うと、椿はわたしの小指を掴んで、
「指きりげんまーん、嘘ついたら針千本のーます」
と、指切りの約束を一方的にしてきた。
椿は本当に針千本を飲ませてきそうだなと、なんとなく思った。
◆◆◆◆◆
日が落ちつつあった。辺りがオレンジ色に染まりつつある。
なんだかんだ楽しかったな。やっぱり一人じゃないと、色々退屈しない。
「ねぇねぇ。補習、いつからだっけ?」
「一週間後って言ってたよ。設備の準備に時間掛かってるらしくて」
また数日は暇なのか。
今のうちに海に行っておくのも良いのかも知れないな、と思った。
「ね、有里。暇なら、毎日どこかに行くっていうのも良くないかな?」
「うん、それもそうだけど……」
交通の便の問題もあるが、ヤスヒロ達の事を考えると、どうにも気乗りしない、というのが正直な所だった。
だが、それを椿に言う勇気が少しない。
わたしは昨日、宝珠さんからヤスヒロの正体を聞いた。
彼女はデカ太郎の記憶越しに彼の正体を知ったと言っていた。
同時に、デカ太郎が何者かも全て読んだと言っていた。
――それは意外な内容だった。
そう思ったのと同時に、わたしは椿に彼の正体を知らせるべきか、迷い始めた。
「椿に教えたければ教えても構いません。そのために貴方一人を呼んだのですから」
その時、宝珠さんはそう言っていた。
椿に直接話そうとした所で、またしても戦いが始まるのは目に見えているからだという。
宝珠さんの真意もよく分からないが、少なくとも――彼女も同様、ヤスヒロの排除を行いたいのだろう。
手を下すのは椿でも宝珠さん自身でも、構わないと言う事だ。
だけど、わたしは少し迷っていた。
それは、何故かと言うと――。
「ところでさ、椿。いつも夜出掛けてるでしょ」
「あ、有里も気付いてたんだ」
「ヤスヒロを探してるの?」
「うん。でも情報もないし、ボクを襲ってくる素振りもないから、ずっと不発。地道に"獣"を探してるよ」
「あの、さ。転移者って、戦わなきゃいけない相手なの? 別に、悪い人たちだとは、限らないんじゃないの? わたし、その辺が分からなくて」
その言葉を聞いた椿は、真顔になった。
「――そう思うよ」
あれ。
「戦わなくて、良いの?」
「うん。別に危害を加えなければ、彼らはこっそり生きてても構わないって思ってるよ。現にボクがそうだし」
思っていた返しじゃない。
椿は、転移者を討とうとしていたんじゃないのか。
――いや。
椿は、そんな事を言っていたか?
「それじゃ、椿はヤスヒロをどうして探しているの。倒すためじゃないの?」
「ううん。会って話がしたいだけ。戦おうとか、殺そうとか、それはその先の話だよ」
わたしは、突然気が変わった。
そして、自然と口が開いた。
「わたし、知ってるよ。ヤスヒロが誰か、どこに居るか」
「……どうして?」
「そ、それは、ええと……宝珠さんに聞いたから、だけど」
「ええっ!? 彼女、有里に接触してきてたの!? どうして言ってくれなかったのさ!」
「だ、だって、昨日の晩急に我が家を訪れたから、椿に言うタイミングが……」
椿は、なにかものすごくショックを受けた表情を浮かべていた。
恐らく自分の知らない所でわたしと宝珠さんが密会していた事にだろう。
「情報を遮断されていた――!? 宝珠和愛、なんて女……」
「え、なにその、情報を遮断って」
「ボクも有里がいつ襲われても大丈夫なように、家の周りの生体反応をチェックしてるんだ」
「そ、そうなんだ……」
「でも、反応が全くなかった。認識を改めないと」
それはそれでビックリしたが、同時に椿が宝珠さんを気づかなかった理由がわかった。
戦いでわかったが、あの日の宝珠さんは本人じゃなかった。恐らく彼女の操る人形みたいなものだったんだろう。
「それで、ヤスヒロにはいつでも接触が取れる状態?」
「――そうだね、宝珠さんの教えてくれた情報が本当なら」
わたし達は話し込んでいるうち、自分の家の前まで歩いてきた。
そしてわたしは、鍵を取り出し、ドアを開けようとする。
その時だった。
なぜか、椿が――わたしの手を捕まえたのは。
「有里。"ヤスヒロ"に会いに行ってもらえる? 悪いけど、一人で」
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