第十六話:現状整理。(後)
「ぷはーっ」
麦茶を飲んで息を漏らしていると、横の椿にクスクスと笑われた。
わたしはお約束通りに顔を赤らめる。今の仕草、おじさんくさかっただろうか。
笑い終えると、椿は説明を再開した。
「転移者――それを説明する前に、"異世界転移"という現象について触れないといけないね」
「なにそれ?」
「現世の人間が、何らかの条件によって別の惑星、時間、次元に転移してしまう現象の事。ボク達の世界では"神隠し"なんて呼ばれたりもする」
神隠しという言葉は聞いたことがあるが、その原因まで考えたことはなかった。
「異世界に転移した人間は、往々にしてボク達の世界とは物理法則が異なる場所に飛ばされてしまう。そこで彼らは特別な力を手に入れ、時として英雄と呼ばれる事もあったみたい」
「ちょっと待って。彼らが特別な力を得たり英雄となったことなんて、分からないんじゃないの?」
「そうだね。彼らがこの世界に戻って来さえしなければ、"異世界転移"の現象そのものも、観測される事はなかった」
――あ。
「ひょっとして……"転移者"が現世に戻り、その事実を広めたってこと?」
「さすが有里! その通りだよ。しかも転移者は一人じゃない。数人、ひょっとすると数十人規模で現世に"凱旋"を果たしている」
椿は窓際へ向かっていく。
夕暮れ時だから、カーテンを閉めようというのだろう。
「問題は、彼らが現世に戻った理由だよ。なぜ戻ったのか……そして、どのように戻ったのか」
「うーん。理由は分からないけど、転移者はみんな、現世に戻る特殊能力を持っていたんじゃないの?」
椿は、そのまま窓辺で立ち尽くし、夕日を見上げていた。
「それは、ボクが知る限りは違う。彼らは望む望まないを問わず、何らかの理由でこの世界に呼び戻された」
不思議だった。
どうして、椿はそこまで詳細な情報を握っているのか。
今まで転移者と会った事があるような、そんな口振りだ。
「転移には何らかの原因があるんだよ。歴史上で転移者が現れたのは、実はここ十年ほど」
『この世界になにか異変が起こった』と、世界中の誰しもが推測しているのだそうだ。
ただ、彼らは一人の連街もなく、その異変の原因を掴めずにいる。
もちろん、転移者当人も例外ではない。
「だから、世界中の人が今、転移の原因を探しているんだよ。一部では実際に事件も起きてるし」
「ってことは、椿も理由を知らないの?」
「うん、正確には」
誰が、どうやって転移者を現世に呼び戻したのか。
そもそもそんな事を可能にする方法など、この世界にあるのだろうか。
「とにかく、これで最初に有里が尋ねてきた質問のうち二つには答えたよね。残すはあと一つ。宝珠和愛が何者かだけど」
これも説明がややこしくなりそうだね、と椿は困り顔を浮かつつ、説明を始めた。
「有里はさ。ここまで話を聞いていて、この世界が平和なのは不思議だと思わなかった?」
「不思議……? どうして?」
「英雄と呼ばれ得るほどの力を持つ転移者がこの世界にいるのなら、その力を使ってこの世界を征服してても別に不思議じゃないよね? 例えば有里だって奇跡を起こせる力を持っていたら、私利私欲に使うはずだよ」
どうだろう?
考えたこともないので、即座に回答できる問題ではないが。
「お金とか、異性とか、力を手に入れるため、普通の人はその力を使うと思う。そうなったら、この世界はすぐに荒廃してしまうんじゃないかな」
確かに、それはそうかもしれない。
「じゃあ、この世界がそうなっていない理由は何か。それは世界中の国家の殆どが、転移者対策の"切り札"を持っているから」
「切り札?」
「世界の人々は有史数千年以上もの間、何もせず生きてきたわけじゃない。あらゆる技術の研究を重ね、既にこの世界の理を超越する手段を編み出してきた」
「……本当に?」
わたしみたいなフツーの一般市民からすれば、その話は全然ピンとこない。
「言ってしまえば科学だって『奇跡』だよね。奇跡を起こせるのは、実は科学だけじゃない。って言えば、有里も分かってくれる……かな?」
科学がいくつもあるってこと?
うーん……全然理解できない。
「じゃあ、一例を出そう。ボク達のいる日本は、忍術と陰陽術、二つの"超越技術"を有している」
急に耳馴染みのある単語が出てきたので、少しびっくりした。
椿はカバンから地学の授業の資料集を取り出すと、わたしに日本地の図を見せた。
「言い換えれば、忍者と陰陽師という二つの存在が、常に日本という国を影から守護してきたの。忍者は日本各地にある忍者衆が、陰陽師は京都にある陰陽師協会がそれらの技術を密かに操っている」
そう言いながら、椿はマーカーでペタペタと日本地図を塗っていった。
恐らくは忍者衆を表しているであろうピンク色が、全国各地にぽつりぽつりと塗られた。だがその数は何十もある。
対して陰陽師協会を表す緑のマーカーは、京都近辺にドンと一箇所だけ巨大な丸を形成している。
「協会……それって、宝珠さんが言っていた?」
「そう。宝珠和愛は、恐らく陰陽師協会から派遣された陰陽師だよ」
陰陽師というのは、妖怪を召喚して戦うアレの事だろう。
その一人が宝珠和愛さん、なのか。
「この二つの派閥が、常に覇権を握って喧嘩をしてきた経緯があるんだ。って言えば、さっきの宝珠さんの行動の意味は分かるでしょ?」
「えっと、つまり……?」
「本来の目的は、獣使いの転移者を討伐をすることのはずだ。けど――ボクを打倒するという、裏の任務が課せられている」
「え。なんで椿を?」
「協会の人達は正々堂々と戦えばボクを倒せると思っているからね。ドサクサに紛れてボクを倒し、陰陽師協会の強さを見せつけたいんだと思うよ。最強と名高いボクを倒せれば、陰陽師協会は忍者衆より遥か優位に立てるだろうから」
あくまで想像だけどね、と椿は付け加えた。
現世の人間同士、そんな小競り合いをしている場合なのだろうか。椿の話を聞いていて、なんだか少し呆れてしまった。
「それじゃ、宝珠さんがわたしを狙ってきたのって……」
「それはボクへの嫌がらせ! 宝珠さんも本当はキミが好きじゃない! ただ、『貴方の事が好き』なーんて口説いたら、女の子が好きな有里の心を掴めると思っただけだよ、きっと!」
許せないよね! やることがあまりにも陰湿! と、ここまでシリアストーンで語ってきた椿がなぜか急に怒り始め、あげくテーブルの上の麦茶を一気に飲み干した。
でも、そうか。
わたしを好きな宝珠和愛さんは存在しないのか。
ホッとしつつも、わたしはほんの少しだけ、残念だなと思った。
だって、告白されたのなんて、わたしは生まれて初めての体験だったし。
何より、押しされた時の宝珠さんの手は僅かに震えていて……
彼女の目つきもまた、どことなく本気に見えたから。
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