第十五話:状況整理。(前)

 わたしと椿は素知らぬ顔で、校門付近で立ち往生している晶とちほに近づいた。

 晶とちほは校舎を見上げ、口をぽかんと開けている。


「お、お待たせ二人とも。そんな顔して、ど、どうかしたの?」


 わたしは恐る恐る、二人に声をかけた。


「有里!? 無事だったのか、有里!」

「よかったー! 心配したんだからねーっ!」


 ちほは涙目になりながら、私に抱きついてきた。


「えっと……私がスマホを取りに行ってる間に、何があったの?」

「教室で爆発があったらしい……ということしか分からない。私達も変な音がして見上げたら、ああなっていた」


 晶が指差す先には、吹き飛んだ教室。先程まで椿と宝珠さん、そしてコウモリが戦っていた場所だ。


「お前たち、まだ学校に居たのか?」


 わたし達が見上げていると、学校の昇降口から一人の男がやってきた。

 あれは、担任の工藤先生だ。


「工藤センセー。一体全体、私達の学校はどうなってしまったのよー?」


 工藤先生は、ハンカチで汗を拭っている。


「1年1組の教室で爆発が起こったらしい。原因は警察が調べてくれることになっている」

「やっぱり、私達の教室だよね、あそこー。中にあった物はどうなっちゃったかな……」

「ガラスやらが机やらが四散している状態だ。恐らく中に置いてあったものは全部だめになっただろうな」

「えー! じゃあ私が教室に置き去りにした教科書達も吹き飛んだってことだよねー! がびーん!!」

「そもそも置き勉をするなよ」


 晶はちほに淡々とツッコんだ。


「ともかく学校はこれから一斉点検を行うことになった。お陰様でな、俺も今日はしばらく帰れそうにない。はぁ、どうしてこんなことに……」


 朝の少し元気だった工藤先生とは打って変わって、悲嘆に暮れている様子だった。

 人生って浮き沈みが激しいよね。最近はわたしもその事を痛感している。


「それはそれは、お疲れ様です先生。お体に気をつけて」


 晶とつられ、わたし達も会釈してその場を辞す。人前だと案外慇懃なんだよな、晶って。


◆◆◆◆


「はぁ~」


 家に辿り着いた瞬間、溜まっていた疲れがドッと出た。

 靴を脱いで足早にリビングへ向かうと、わたしは倒れ込むように、リビングのソファに深く座り込んだ。


「お疲れ様。お茶入れるね」


 そう言うと、椿は鼻歌交じりでキッチンに向かっていく。


「楽しそうだね椿。あんな戦いの後だって言うのに」

「戦いの後だから、かな。ボク、戦いでテンションが上がるように"調教"されてるから」


 ――しまった、地雷を踏んだか。

 わたしは軽率に質問した事を後悔した。


 殺戮兵器キリング・マシーン。それが椿のかつての二つ名だ。

 血迫党けっぱくとうなる忍者集団で戦闘用に作られた、人間の姿をした兵器。

 あらゆる忍術を学び、駆使して戦うことができる類稀なる存在。

 彼を「史上最強」の忍者であるとの呼び声も高く、日本のあらゆる機関が動向を察知している猛者。          

 それが眼の前の男の子――桐本椿だと、数日前細貝さんはわたしに告げた。


 彼を最強たらしめんと、あらゆる調教が施されたという。

 五感の鋭敏化、身体能力を肉体が崩壊する寸前まで酷使する脳、そしてあらゆる状況に対応できるよう仕込まれた様々な技術。

 これだけの教育をされているのだ、戦闘で快楽を覚えるようになっていても、何も不思議ではない。


「ねえ、椿」

「どうかした?」


 椿は二人分の麦茶のコップを持参して、ソファに戻ってきた。


「わたしに今の状況をもっとよく教えて欲しい。椿は何と戦っているの? 宝珠さんって何者? あのコウモリはなんなの」


 ――しまった。

 思いつくままの質問を口にしたところ、結果として五月雨式になってしまった。

 こんなにいきなり、あれやこれやと質問しては、椿も戸惑うはずだ。


 しかし椿は答えあぐねる素振りもなく、コップを置きながら淡々と質問の答えを話し始めた。

 椿は普段とまるで違う、冷静な雰囲気を装っている。


「"転移者"って聞いたことある?」


 その名前だったら、ここ何週間かで嫌と言うほど聞かされた。


「異世界から転移してきた生き物の総称でしょ?」

「うん。だけど、本来は異世界から来た人間のことを指す」


 "獣使いの転移者"が活躍しているせいで、生き物全般を指す言葉になってるけど、と椿は付け加えた。


「その名前、宝珠さんも言ってたよね。誰か特定の個人を指しているの?」

「ヤスヒロ。彼はそう名乗ってる」


 ありふれた名前だな、と思った。


「どこのヤスヒロか、その素性が何者かは知らない。ただ、自分の素性を嗅ぎ回っている諜報機関を動物と共に襲撃し、街に被害を与えている」


 神社の巨人、そして先程のコウモリ。わたしは記憶を消されて覚えていないが、椿は大型の鳥とも戦ったらしい。


「ヤスヒロは生き物を改造し、自分の下僕とする。自然界には存在しないような能力を植え付けてね。それが、"獣使いの転移者"、ヤスヒロ。ボク達はその男に襲撃を繰り返されている」


 襲撃、されている――?


「ちょっと待って。椿が"転移者"を襲撃しているわけじゃないの?」

「そうだよ。ボクだけじゃない、有里も襲われた。あの日の巨人は有里を狙っていたんだよ」


 わたしを狙う? こんな有り触れたわたしを、なぜ狙うと言うのか。


「少なくても、今日はボクを狙ったんだと思うけどね。ヤスヒロはボクを宝珠さんごと抹殺するつもりだったんだと思う」

「抹殺するつもりって、どうして」


「ヤスヒロは恐らくこの辺りに潜伏している。ボクや宝珠さんがこの街にいるとすれば、いずれ発見されてしまうだろう。それならば先手必勝、先にボク達を殺してしまえばいい。そう考えてコウモリの怪物をけしかけたんだろうね」


つまり、椿とヤスヒロなる転移者は偶然交戦状態に入ったことになるのだろうか。話が難しくて、よく分からないが。


「そもそもさ、"転移者"って何なの?」


 椿は質問したわたしの顔を見ると、笑った。


「その質問を答えるのは、一筋縄ではいかなそうだなー。とりあえず、お茶飲もっか?」

「あ、うん」


 わたしは椿に勧められるまま、麦茶を口にした。

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