第十四話:襲撃に次ぐ襲撃。
宝珠さんが私の上に乗り掛かっている。
わたしはこの状況をどのように受け止めるべきか、そしてなんと彼女に答えるか、心臓をバクバク言わせながらも思案していた。
いくらなんでも、全てが急すぎるよ。
まだ、出会って間もないし。
どうしてこんな「キスする5秒前」みたいなイベントが発生しているのか、分からない。
彼女の表情は何秒経しても仏頂面のままで、本気なのか嘘なのかも、判断ができなかった。表情こそまるで違うが、本心の読めなさ具合は椿を彷彿とさせるものがある。
……自分の額に、汗が滲んでいるのが分かった。
動揺とちょっぴりの恐怖が、わたしの体にまで影響を及ぼしてきているらしい。
「……あの」
わたしはひとまず口を開いた。
何かを言わなきゃ。この気まずい状況を先に進めなきゃ。
一言声を発し、次の言葉を口にしようとした、その時。
けたたましい音とともに、教室の窓ガラスを突き破って"誰か"が侵入してきた。
「つ、椿!?」
椿だ。
椿が、窓ガラスを突き破ってこの部屋に侵入してきた。
そして猛スピードでわたし達に駆け寄ると、宝珠さんの首にナイフを突き立てる。
その時。
宝珠さんは鉄製の定規を取り出し、ナイフから身を防いだ。
「やっぱり! ただ者じゃないみたいだね、宝珠和愛!」
「そちらこそ、桐本椿」
椿は多方向から、何度もナイフを宝珠さんに突き刺そうとする。
が、全て定規で弾き返された。
「だったら!」
椿は地面を蹴り上げ、宙を舞う。
その一瞬で宝珠さんの背中を取り、再びナイフを首筋にめがけて突き上げる。
――が、彼女はその瞬間、仰向けで地面に倒れ込む。
そのまま椿の足を掴み、右横に払った。
一気に体制を崩す椿だったが、地面を両手で受け止め、机にぶつかりながらも側転で横に逃げていく。
そして、椿は再びナイフを構えた。
「体術では互角か。相当の手練だね」
「ええ、貴方も」
「予め、キミの情報を調べてきたよ。戸籍は全て数日前に捏造された嘘っぱち。記載の住所も家族も、すべて存在しない。教えて、キミは何者?」
「私が、それに答える義理があると?」
「答えなきゃ、有里はキミのことを好きにならないよっ!」
椿は再び宝珠さんに飛びかかった。
すると、窓から――
今度は"巨大なコウモリ"が、飛来した。
「あれは……"転移者"!」
宝珠さんはそれを見て、少しだけ顔を歪めた。
そのコウモリは教室に降り立つと、すぐさま大きく息を吸う。
「有里っ!」
椿はわたしの方に飛んでくると、両耳に耳栓らしきものを詰めてきた。
次の瞬間――
「ァァァァァーーッ!!!」
コウモリが口から衝撃波を発する。
それと同時に、教室の残り全てのガラスが、粉々に砕け散った。
衝撃波を直撃し、椿とわたしも吹き飛ばされてしまった。
だが、その刹那、空中で椿はわたしを抱きかかえた。
そして黒板を踏み台にし、2人の体にかかる衝撃を吸収した。
「椿っ、大丈夫!?」
「あのコウモリ、音波で攻撃してくるみたい。しばらく耳を塞いでて」
椿はわたしを地面に降ろす。
一方、コウモリはもう一度こちらに顔を向け、再び大きく息を吸っている。
もう一度、音でこちらを攻撃するつもりだ。
わたしは言われたとおり、両手で耳を塞いだ。
「ならば、簡易防壁を張るまでっ!!」
椿はカバンから黒布を取り出し、手前に広げた。
次の瞬間、コウモリが再び音波を放つ――。
驚いた。
椿が広げた黒布が、完全に音波の進行を防いだのだから。
椿はまたしもコウモリが息を吸い込むのを確認すると、すぐさま標的の方へ向かった。
――いや。
椿はコウモリに数歩の距離まで詰め寄るが、異変を察知し、すかさず後ろに戻った。
「油断しましたね」
どこからともなく、声が聞こえる。
それと同時に、教室の床に五芒星を模した星型の紋様が現れ、そこから現れた黒塊が、巨大なコウモリを丸呑みしてしまった。
「なに、これ――」
その黒塊の正体は、蛇の顔だった。
蛇はこちらを睥睨すると、そのまま陣に戻っていく。
その後には、壁や机、ガラスが粉砕された教室が残るばかりだった。
「……まったく。私は大事にするつもりなど、皆目なかったのですが」
今のつぶやきは。
よく見れば傍らで宝珠さんが、指で空を切っていた。
あの蛇を召喚したのは、まさか宝珠さんか。
そういえば、コウモリが襲撃してからというもの、全く宝珠の姿を見ていなかったが。
どうやら、物陰から襲撃の期会を伺っていたらしい。
「今の黒蛇は、
「ええ。今回の騒動を終息させるため、協会から派遣されました」
協会……?
「それじゃ、キミ達の狙いはあくまで"獣使いの転移者"のはずだ。どうして有里に手を出したの?」
「まだ、わかりませんか?」
宝珠さんは立ち上がると服についたチリを、手で払った。
「私は貴方に警告をしに来たのです、桐本椿。貴方は"転移者"の敵であれ、私達の味方ではありません。これ以上この街で無用な戦いを繰り広げるのであれば」
そう言いながら、何故か宝珠さんはわたしの方に歩み寄ってきた。
そして、わたしに手を差し出し、次いで椿の方を向く。
「貴方の家族を強制的に奪い去ります。この言葉、決して忘れぬよう」
わたしは彼女の手を掴み、立ち上がる。
椿は怒っているようだったが、彼女にこれ以上攻撃をしようという素振りは見せなかった。
「では、失礼」
宝珠さんは再び印を切る。
するとワープゾーンのような暗闇が発生し、彼女はその中に身を潜めてしまった。
椿は警戒を解くと同時に、走ってわたしの方に近寄ってくる。
「――とりあえず、ボクも逃げよう。誰かに姿を見られる前に」
「え、あ、ちょっと!」
椿はわたしの体を両手で抱きかかえた。
そしてベランダめがけて走っていくと、そのまま空に向かってジャンプする。
わたしは、ふと後ろを振り返った。大破した教室に、多くの人が集まっているのが見える。
「椿」
「なに?」
「3階からジャンプしたんだけど――わたし達、大丈夫なの?」
「もちろんっ!」
椿は空めがけてかぎ爪を取り出す。
それを近所のビルに引っ掛けると、反動を利用して放物線状に空を飛び、そのままビルの屋上に着地した。
「それじゃ、家に帰ろ」
「は、ははは……」
もはや、ここまで来ると驚きと恐怖で笑うことしかできなかった。
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