第十三話:押し倒されたっ!?

 授業が終わってから、わたしはその一日を悶々と過ごす羽目になった。

 直後は宝珠さんに視線の真意を聞こうとも思ったのだが、こんなわたしだ、いきなり彼女の前に現れてあれこれ尋ねる勇気とコミュ力があるはずもない。

次の授業からはわたしを見つめてこなくなったものの、わたしはついつい、彼女の顔を確認してしまうのだった。


 そうこうしている内に、放課後の時間となってしまう。

 

「今日は部活ないからさー。一緒に帰ろー」


 ホームルームが終わると、ちほが声を駆け寄ってきた。


「うん、じゃあ椿も呼んでくる」

「ほーい」

「その前に、どうなんだ」


 手前に居た晶が、急に声を掛けてきた。


「どうなんだ……って、何が?」

「転入生だよ、椿くんじゃない方。あの子もだいぶ可愛いよな」

「あー。でも、綺麗ってより可愛いって感じだよね。ぷにぷにしててさ。ぷにぷにー」


 ちほは何故かわたしの頬を人差し指でつついてきた。


「別になんとも思ってないよ。転入してきたばっかりだし、だいたい挨拶すらしてないのに」

「そうなのか? クラスメイトが「授業中二人で見つめ合ってた」とか、変な噂をしてたのでな」


 しまった、周りに噂されている。

 案の定、同級生には見られていたらしい。そりゃ、授業中あれだけ堂々と見つめ合ってたら話題にもなるだろう。


「それはなんか……たまたまさ、目線が合ったりはしてたけど。わたしには椿の事があるんだよ? それをいい加減にして、他の子を好きになったりできるわけないじゃん」

「呼んだっ!?」


 突然、椿がクラスの扉を勢いよく引いてクラスに駆け入ってきた。


「地獄耳……っ!? 聞いてたの、今の話」

「うん、ボクが好きとか話してたでしょ」


 そう言われ、わたしの顔はまたしても赤くなってたはずだ。赤くなりすぎだろわたしの顔。


「ま、まあね、そうだよ。家族としてだけど……」

「ボクも好きだよ。一緒だねっ」


 そう言いながら、椿は屈託のない笑みを浮かべた。


「なんというか……」

「お熱いな君達。朝聞いた話よりもずっと進展してるじゃないか」


「うん!」


 椿は元気に反応する。


「い、いや、誤解! 進展はしてないって!」

「え? してないの?」


 椿は首をかしげる。


「はぁ……まぁ、わたしと椿は家族だよってこと。それはそうでしょ?」

「うん」

「家族だから何も起きないの。はい、この話は終わり」

「うん、分かった! よく分かんないけど!」


 どっちなんだ、椿。


◆◆◆◆◆


 わたし達四人は教室を出て、学校の入り口まで至った。

 日差しがかんかんと照りつける。放課後だと言うのに、日はオレンジに染まる気配もなかった。


「暑いねー。そういえばもう、夏休みかー」

「テスト期間も終わったからな。部活にばっかり行ってたイメージだが、勉強してたのかちほ」

「えへへ。勿論、赤点は回避してるよ」


 そう言いながら返却されたテストを見せてくれたが、どれも40点をギリギリ超えている。


「狙ったような点数だな」

「だって赤点だと補習だよ。部活出れないんだよ? 私にとっては死活問題だしさー」

「部活に懸ける情熱を、少しは勉強に分けてやったらどうだ。ちほ的には赤点じゃないのであればそれで良いのかもしれんが」


 ――晶の小言を聞いていて、なぜかわたしの心が傷んだ。

 実を言うと、わたし自身は赤点の科目がいくつかあったからだ。


 当たり前といえば当たり前だ。

 実はわたしが神社を見に行った日、期末テストが実施されていた。

 わたしはそもそも受けてないテストがあった上に、授業を抜け出して行ったので即0点、夏休みの補習の受講が必須となってしまう。


 という事で、帰宅部ではあるものの、夏も学校に来なくなってはいけなくなったのだ。


「そういえばボク、補習を受けなきゃ駄目って言われたんだよねー」

「ああ、この時期の転校だからか。災難だったな」


 おっと?

 期せずして、わたし達は補習仲間になってしまった。

 そういえば、宝珠さんも授業中同じようなことを言われていた気がする。


 まぁ、夏休みだからと言って、特に予定があるわけでもない。

 中学の時同様、ダラダラと家で時間を潰すのは目に見えていた。

 それぐらいだったら、椿と一緒にいれたほうが良いだろう。


「でも、ボク、有里と一緒に海とか行きたいんだけどなー」


 ……!

 そう膨れっ面をする椿を見て、わたしは一瞬時が凍った。

 確かにそうだ!

 夏休みになって出かけない等というのが許されるはずもない。

 今までは1人で過ごしてきたけどこれからは2人なのだ。夏休みに盛大に遊ばずして良いはずがない!


 予定を調整せねば。

 そう思い、私はスマホを取り出すため、ポケットに手をいれた。

 2人の、夏の思い出サマーメモリーのために。

 

「あれ!?」


 わたしは慌てて、自分のポケットをまさぐる。


 ない。

 スマホがない。


「あ……ひょっとすると、教室にスマホ忘れたかも。ちょっと取ってきて良い?」

「不用心だな……それなら私達はここで待ってるとしよう。暑いのに行ったり来たりするのは御免だからな」

「右に同じー。早く取ってきてよ、有里ー」

「うん、ごめん。行ってくる」

「ボクは一緒に行くよ?」

「いいよ。ちょっと晶達と話してて」


 有里がそう言うなら……と言いながらも、椿は寂しげな表情を浮かべていた。


◆◆◆◆◆


 わたしは息を切らしながら、教室にたどり着いた。


 既に教室には誰もいない。他の生徒は夏休み前で忙しいのだろう。

 早くスマホを持ち帰り、わたしも退散しよう。


 そう思いながら自席に近寄り、机の中に手を入れた。


 またしても、ない。

 中を覗いてみるが、見事に何もなかった。

 ってことは、スマホを落とした?


 どうしよう!

 別に見られてまずいものはないけど、なくしたとなると色々と面倒だ。携帯ショップにいかなきゃならないし、晶達ともちょっとだけ連絡を取れなくなっちゃうし……


「もしもし」


 軽くパニックを起こしていたわたし呼びかける、誰かの声。

 へ? と思いながら、わたしは声の主を見る。


「……宝珠さん?」

 

 そこには、あの宝珠さんが居た。

 わたしは過度に動揺してしまう。まさかわたしを凝視してきた当人から、今声を掛けられるとは思っていなかったからだ。


「ななななんですか宝珠さん! あっこうして話すの初めてですね、どどどうもはじめまして」

「――お探しのもの、これですか?」


彼女は、なぜかわたしのスマホを持っていた。


「あれ、それ」

「拾ったんです。直接渡そうと思ったんですが、桐本さんの事、見つけられなくって」


 拾ってからというもの、ずっとわたしを探し回っていたと彼女は言った。


「そそそ、そこまでしてもらわなくても!」

「いえ、スマホがないと桐本さんも何かと不便でしょうから」


 そう言いながら、彼女は左手でスマホを差し出した。


 ――あれ?

 そういえば、どうしてわたしの名前を覚えてるんだろう。

 いくらクラスメイトとは言え、初日からわたしみたいな目立たない同級生の名前なんて記憶しているものなのだろうか。


 少し不思議に思いながらも、わたしは自分のスマホに手を伸ばす。


 すると……宝珠さんは突然、スマホを持っていない方の手でわたしの体をポンと押した。

 急な動作にわたしは対応することができず、わたしは自分の机に倒れ込んでしまう。


「いてて……ど、どうしました?」


 そして。

 なぜか宝珠さんはわたしの上に覆いかぶさってきた。


 これって。

 わたし、押し倒されてる。


「え、え、なんですか……? どうしたんですか、宝珠さん」

「転校初日早々すみません、桐本さん」


 宝珠さんの真っ直ぐな眼差しが、わたしの目に飛び込んでくる。


「――私、あなたに一目惚れしてしまいました。どうか、付き合ってくれませんか」

「は、はい?」


 そう告げる宝珠さんは、相変わらずの無表情を貫いていた。

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