第十二話:その視線は、いったい。

 わたしは、こそこそと椿のスマホにメッセージを送った。


『今日入った転入生、椿じゃなくて別の人なんだけど?』

『ボク、急に1年2組に編入されることになったみたい』


 ……え?

 わたしのクラスは1年1組。つまり、椿の編入されたクラスは隣だ。

 工藤先生が気を使ってくれたのか、椿は1年1組に編入されることになった――と聞いていた。

 だが、蓋を開ければ全く別の生徒が転入することになり、椿は別のクラス行きとなった。どういうことなのだろう。


『和愛ちゃんって子、急に転入が決まったんだって。男女比の都合でボクは別のクラスってことになったって、先生が言ってた』

『そうなんだ』


 ということであれば、仕方ない……のだろうか。

 しかし、7月という中途半端な時期に、転入生が2人……。

 最近の出来事もあり、わたしは何となく不自然さを覚えていた。

 こういうところで疑問を覚えてしまうあたり、晶の性格がちょっと感染うつったような気もする。


『分かった。残念だけど、家に帰れば一緒だしね』

『うん、ごめんね』


 椿から謝罪のスタンプが一緒に送られてくる。

 別に、椿が謝る事じゃないと思うんだけどね……。


 わたしは視線を宝珠和愛さんに戻した。

 人形みたいだと感じたのは、最初髪型が原因だと思ったのだが、どうもそうではない。

 彼女の表情が、ピクリとも動かないのだ。

 張り付いたような無表情。だが、どこか愛おしさを感じる顔立ち。

 それが、彼女の第一印象だった。


◆◆◆◆◆


 昼休みになり、晶とちほに椿をお披露目することにした。


「という事で――この子が桐本椿です」

「桐本椿ですっ」


 晶とちほは一様に驚いた表情を浮かべる。


「へぇーっ!確かに可愛い―!」

「ああ。これで長髪だったら女の子と言われても分からん」


 椿は2人の歓声に応じ、照れ笑いをしながらくるくると回ってみせた。


 髪――。

 椿の髪は、最初に出会った日と異なりショートヘアになってしまっていた。

 が、神社で見た椿は、確かに長髪だったはずだ。

 そういえば、戦っている時だけ髪が元に戻っていた理由を、未だに聞いていない。何か理由があるのだろうか。


 わたしはまた、あの日の夢だと思っていた戦いを思い返しながら、椿のことを見ていた。

 華奢だ。

 どうしてこの体であの巨体の怪物とやりあえていたのか不思議でならない。ともすれば、わたしよりも細いぐらい、椿の体はシュッとしている。

 なんだろうな。Yシャツとズボンですっかり男の格好をしているはずなのに、体つきは女の子の"それ"だ。

 未だに男というのが、少しだけ信じられない。


 わたしがぼんやり椿を眺めていると、椿がニッ……と笑ってきた。

 何の笑みかは判然としないが、とにかくわたしは紅潮する。


「そうか。本当に好きなんだな、椿のこと」

「あはは、顔真っ赤だねー」


 晶とちほは楽しそうにしている。


「ボクも有里のことが好きだよ」

「も、もう! 有里もからかわないでよ」

「えー? 嘘じゃないのにー」


 椿の場合、言ってることの温度感が全く分からないのが問題だ。

 ふざけているのか、本気なのかがまるで読めない。

 それに、椿がどういう気持ちであれ、わたし自身はいつも反応に困っている。好きだって言い返してほしいのだろうか。


「椿くんは本来だったら同じクラスに入るんだったんだろう? 残念だな、隣のクラスになるなんて」

「転入生がこのタイミングで2人被るなんてねー。ホント、すごい偶然」


 偶然……なんだろうか。

 いや、何か裏があるとして、宝珠さんは何者なんだという話になるが。


「あのさ、椿。宝珠和愛って子と会ったりした?」

「ボクも疑ってる。ちょっと調べておくから、有里は注意だけしてて」


 わたしが椿にコッソリ質問をすると、予想以上の答えが帰ってきてしまい、思わず目を丸くしてしまった。

 椿の顔を見ると、「分かってるよ」と言わんばかりに、再びニッコリと笑った。

 恐ろしい子だ。


◆◆◆◆◆


 宝珠さんはわたしの席から男子を挟んだ、2つ隣の席に座ることになった。

 授業中、わたしは男子越しに得体の知れない彼女の顔をじっと見る。


 ――可愛い。

 ずっと無愛想な表情を浮かべているのに、こうも愛らしいのはなんなのだろう。

 身長が低めというのがまた良くない。家に持って帰りたくなる。


 そんな事を思っていると、凝視しすぎたのか向こうがわたしに視線を送り返してきた。


 ドキリとして、わたしは黒板に視線を戻す。

 あんまり面識のない子をジロジロと見てしまうのもよくないしね。


 ……それから、異変に気づいたのは5分後ぐらいだった。

 わたしはふと、もう一度横を見た。


 すると、宝珠さんはわたしの事をまだ見ていたのだ。

 しかも、授業のノートを取りながら。


 なになになに。

 これはどういう事?


 わたし、もしかして狙われているの。

 そんなに堂々とこっちを見つめてたら周りも不審がるでしょ。

 大丈夫なのこの子。


 向こうから凝視してくる以上、わたしも視線を逸らすことができず、わたしも見つめ返し続けてしまった。

 周りに気づかれるかと思ったが、先生がこちらに視線を送ってきた時だけ、宝珠さんは器用に視線を机に戻す。

 そして先生が黒板に居直ると、宝珠さんは再度こちらを凝視してくるのだ。

 

 わたしは次第に気恥ずかしくなり、彼女の顔を見返すことができなくなる。

 それでもなお、彼女はわたしに視線を送り続けてきた。

相変わらずの無表情のまま。


 そんな訳のわからない状況が、なんと授業終了まで続いたのだった。

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