第十七話:夜の訪問者。
校舎が破壊された事によって、我が高校は登校禁止となった。
終業式はリモート、補修授業はオンライン、校内での部活動も一律禁止――。
授業も一部取りやめになったため、夏休みが延長になった形となる。
「良かったね、有里!」
と、椿は楽しそうに話しているが、結局補講はあるわけで、完全にフリーになったわけではない。
それでも登下校の手間がない分、自由に動ける訳ではあるのだが。
「椿、夏休みどうする?」
わたしはリビングで椿に尋ねた。
すると真面目な表情を浮かべながら、わたしの発言に答える。
「ヤスヒロと、ヤスヒロを補佐している人間を探し出さなきゃいけない」
「補佐?」
「人の記憶を操作したりしてる人が、他に介入しているみたい。ボクが戦っていたこと、覚えていない日があるって言ってたよね」
言われて思い出した。記憶がない事はどうにも思い出せない。
「目撃者の記憶を消している仲間がいる。ヤスヒロの正体とかを把握されないようにね」
「それなんだけどさ。昨日の話だと、転移者は強大な力があるって言ってたけど……そんなにすごい力を持ってるんだったら、建物の一つや二つ、直せるんじゃないの?」
「彼らは見せようとしている。自分の力のありようを。だからすべての痕跡をこの世界から消そうとしているわけじゃない」
「それ……どうして?」
「彼らも徐々に誇示しようとしてるんだよ。自分の存在と、力を――」
彼らは、何のためにそんな事をしようとしているのだろう。
また、転移者の事がよく分からなくなってしまった。
◆◆◆◆◆
それから、わたしは――夜になると長髪の子が空を駆ける姿を何度か目撃した。
着物姿の椿だ。
わたしは、椿が忍者の時だけ長髪になる理由を聞けていなかった。
あの子は、夜にどこへ向かっているのだろう。
何と出会っているのだろう。
興味と疑念はわたしの中から消えてゆかないが、それを問う段階には至れていない。
わたしは、わたしで――椿への気持ちを整理しなければならなかったからだ。
椿への恋心が、本気のものなのか。
それを自分の中で咀嚼しきれない限り、前に進む事はできない。
そう思っていると、ある晩不意に「ピンポン」と家のチャイムを鳴らす音がした。
こんな時間に誰だろうと思い、わたしはインターフォンに備え付けられているモニターを見る。
それは、宝珠和愛さんだった。
わたしは口から心臓が出そうなほどに驚くと、急いで着替えて玄関へと向かった。
「こ、こんばんは! 宝珠さん、どうしてこんな時間に……?」
「日中だと『椿』が居ますので」
夜は椿が家にいない事を知って、わざとこの時間に訪ねてきたのか。
「あ、あの、その、なんというか、わたし、宝珠さんの気持ちに、答える心の準備とかは、まだ……」
「いえ、その事で伺ったのではありません。今日は押し倒したりもしないので、ご心配なく」
至って涼しい顔を浮かべ、宝珠さんはそう言った。
わたしは宝珠さんを家に招き入れると、リビングのテーブルに座らせ、茶を出してもてなした。
「そ、粗茶ですが、どうぞ……」
「お構いなく。私は同級生、そう畏まらずとも結構ですよ」
いやいや、それは無理と言うものだ。
あれだけの能力を持った陰陽師――かつ、わたしの事を押し倒し、愛の告白をしてきた子に、どうして何の気兼ねもせず接することができると言うのか。
「そ、それで、宝珠さんは今日、何の用でいらっしゃったんですか?」
宝珠さんは対面から、無言でこちらを凝視している。
本当によく見つめてくる人だ。
「あの時、私達を襲撃してきたコウモリの主――通称『ヤスヒロ』の事です。ご存知ですか?」
「あ……はい。椿がその名前を言っていました」
思わず正直に答えたが、言ってしまって良かったのだろうか。
あとで椿に怒られるかも知れない。ここからは慎重に答えよう。
「そうですか。では、転移者などの説明も不要ですね」
「あ、はい」
すると突然宝珠さんは立ち上がった。
「突然ですが、少し散歩でもしましょうか」
◆◆◆◆
わたしと宝珠さんは、あの時の神社を訪れていた。
神社は戦いの後補修作業が行われたらしく、養生シートに覆われていた。
とはいえ、目を凝らせばシート越しに損傷の跡が見える。
「ここで人型の怪物に襲われましたね?」
「は、はい。あっ! もしかして、見てたりしてたんですか?」
「いいえ、全てを知ったのは戦闘が終わった後です。警察よりも早く辿り着きましたが、既に誰もいませんでした。貴方も椿も、相手となった怪物も」
「そ、そういえば椿が戦った怪物って、どうなったんですかね?」
その言葉を聞いた宝珠さんは、地面に木の枝で五芒星の紋様を書き始めた。
そしてその中心に、人の形をした紙を置く。
「恐らくはここで椿によって燃やし尽くされたのでしょう。そこで――」
復元を行います、と宝珠さんは言った。
「ふ、復元ですか?」
「ええ」
そう答えると、椿さんは何か呪文のような言葉を呟きだして、右手の人差指と中指を手々な方向に振った。
すると地面に書かれた紋が、突然空に向かって光を放つ。
そして――あの時戦った人型の怪物が、再び現れた。
「この怪物で間違いありませんね、椿さん」
「は、は、はい――でもこれ、襲ってこないんですか?」
宝珠さんは首を小さく縦に振る。
「これは私が式す神――つまり、私の指揮下にあります。私の命令なく行動を起こす事はできません」
「ア……ア……アァ……」
怪物は唸りながらも、宝珠さんの前で従順に立ち竦んでいる。
まじまじと怪物を見る。間違いなく、あの時見た巨人そのものだった。
ただ、あの時と違い、顔をまじまじと見れる。
それは、苦悶の表情を帯びた――まさに人間のような顔をしていた。
「"獣使いの転移者"ヤスヒロの能力は、獣を自由に改造し、己の下僕にするものだと目されています」
「でも、これって人間じゃ――」
「動物と人間は、それほど大きく異なる存在でしょうか」
ハッとした。
では、これは……。
眼の前の怪物は……。
「さて、質問の時間です。貴方は元々、何という名前だったのですか? 私に教えて下さい」
怪物は、苦しそうな唸り声を発し続けていた。
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