第八話:遭遇。
夜になり、わたしはベッドに入り、いつものように天井を見上げていた。
――椿とは、仲直りできたんだよね?
少なくても、関係は快方に向かっているはずだ。
じゃなきゃ、椿も「あ~ん♪」なんて、してこなかっただろう。
きっと、このまま順調に行けば2人のわだかまりは完全になくなるはずだよね。
うん。
きっとそこは心配しなくても良いだろう。
わたし達の関係がどうなるかなんて、まったく見当もつかないけど。
それよりも、あの夢か現実か分からない体験だ。
夢の通りに壊された神社、不気味な体格の巨人、髪の長い椿――
丸1日考えても、なんの理解も及ばない。
夢だと捨て置くにはあまりにも現実とリンクし過ぎているし、現実だとするにはあまりにもリアリティがない。
だからといって、どっちと言い切るほどの確たる証拠もない。
……駄目だ。考えれば考えるほど、眠れなくなりそうな気がした。
夜風に当たろう。そう思い、わたしは窓を開ける。
今は7月の上旬。
家の外も内も、どんどん暑くなってくる季節だ。窓を開けてもそれほど暑さが和らぐことはない。
それでも、心地の良い風は流れてくる。
わたしの熱を少しだけ冷ましてくれる、初夏の風。
「早く、心の平穏が戻るといいな……」
わたしは思わず、そんなことを口にしてしまった。
……今日は寝よう。答えの出ない問に悩んで夜ふかししても、明日のわたしの体力が奪われていくだけだ。
もう一度、神社を見に行こう。
そう思い、わたしは窓を閉じようとする。
その時だった。
わたしの眼前で、なにかの影が素早く移動したのは。
ハッとして、窓から身を乗り出して辺りを見回す。静かな夜だ。そんな影は、たしかに見えない。
……いや。
でも、先程のわたしにははっきりと見えたのだ。
わたしのよく知る、美しい髪が。
少し変な形をした着物を纏う誰かが。
人間のものとは思えない跳躍力で、家々の屋根をジャンプしていく様子が、わたしの脳裏に焼き付いていた。
わたしは、パジャマのまま家を出る。
あの影がどこに行ったかはわからないけど、一度外に出ておこうと思った。
先程の影は、駅の側に近づいていった気がする。とりあえず……こんな格好だけど、駅に行ってみよう。
◆◆◆◆◆
それから5分ほど歩き、駅についた。
すでに終電の時間は過ぎていて、駅前には誰もいない。昼間はバスが往来するロータリーだが、車もほとんど見当たらなかった。
今更だけど、不審者っぽい人がいなくてよかった。
今のわたしはあまりにも無防備なことを、駅に着いてようやく思い出したのだ。
(流石に、パジャマ姿をクラスメイトに見られるのは恥ずかしいかも……?)
わたしは我に返り、家に戻ろうと思った。
だが、わたしの足はピクリと歩みを止めてしまう。
――何かを感じる。
確かに今、目の前には人ひとりすらいない。
だが、違和感がある。
人がまったくいないことだろうか?
いや、そんなはっきりとした違和感ではない。
この感覚の正体は――
――音だ。
わたしは、両耳に手を当て、周囲の音を傾聴する。
どこだ。どこから音がしている。何の音だ。
「ィ……」
声?
なんの。誰の声だ。
「キィ……」
――鳥か?
いや、鳥にしては声が低く重くないか。
けれど、もし巨大な鳥がいたとしたら、きっとこんな声……
刹那、わたしは頭上を見上げた。
「なに、あれ……」
――巨大な鳥だ。
はるか上空で、巨大な鳥が上空をグルグルと周回している。
そして徐々に、バサリバサリという巨大な羽音がハッキリと聞こえるようになってきた。
決して飛行機などの見間違いではない。間違いない、あれは生き物だ。
それも人間の倍ぐらいのサイズをした、巨大な鳥だ。
その鳥が、空中を周りなら、もがき苦しんでいる。フラフラと不自然に飛びながら、どんどん高度を落としてきているのだ。
わたしはスマホを構える。あれは、なんの鳥だ。
なぜ、こんなに場所にいるんだ。
せめて、写真だけでも――。
「えっ?」
その刹那、その鳥の全身に火が灯った。
鳥が、急に燃えだしたのだ。
「キィィィィッ!!」
鳥の絶叫が木霊する。
そして、鳥は火だるまになり、駅めがけて急落してくる。
……って、あれ?
わたし、ここにいるとあの鳥にぶつかるんじゃ?
そう思い、すぐさま逃げようとするが、時既に遅し。
わたしの頭上に、巨大な鳥が落ちてき――
――た、と思ったのだが。
わたしが声をあげようとした瞬間。その鳥の背に、長髪の女の子らしき姿が見えた。
その子は、肌を露出させたアレンジ着物を身に纏い。
「
両手を使い印を切り。
「
ナイフを鳥に差し込むと、鳥を足蹴にし、宙に舞う。
そして、その怪鳥は――
「
「キィィィァァァッ!!」
――爆発した。
炎を帯びた肉片が、辺りに四散する。
逃げている時間はない。
わたしは腕を頭の上に掲げ、身を守ろうとした。
だが、爆散した鳥の一部が、私めがけて飛んでくる。
このままじゃ、肉片が激突してしまう。
いくら一部分だといっても、あれがぶつかったら……
そう思った瞬間、わたしの前に、
そして。
その子は手のひらで、燃え盛る塊を弾き飛ばした。
まるで、人の頬をはたくかのように。
どうやってあの塊を触れたの?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
わたしは、目の前の人の手を掴もうとした。
今のわたしからではその子の背中しか見えず、顔ははっきりと見えない。
だけど、わたしは既に
「椿っ!! これ、どういうことっ!?」
わたしが椿に伸ばした手は、いとも容易く振り払われた。
あまりにも動きが早い。わたしの手ごときじゃ、引き止めることはできない。
「待って!!」
と叫ぶより早く、椿は再び影となり、夜の街を翔んでいった。
わたしは、その場にペタンと座り込んでしまう。
足が、ガクガクと震えている事に気づいた。
後ろを振り返る。
肉片がぶつかった駅舎が、夜の闇を照らすように煌々と燃え盛っている。
また、夢なのか?
月並だが、わたしは自分の頬をつねる。
……痛い。
やはり、目の前で起こっていることは夢ではないのだ。
これは現実で。
奇妙な生き物は実際にいて。
そして、この街で、この世界で、"異変"が起こっている――。
――あれ?
なんだろう。急に、意識が遠くなってきた。
これ、どうなって……。
「目撃者の意識を失わせることに成功。これから記憶を消去します」
そんな声が聞こえた。
だけど眠りに落ちていくわたしの頭では、その言葉が何を意味するのか分からなかった。
――そしてわたしは、そのままロータリーの地べたに倒れ込んでしまった。
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