第七話:あ~ん♪
「はぁ、はぁ、はぁ――」
わたしは神社に続く長い階段の麓についた。
眼前には何台ものパトカー。階段の入り口は「立ち入り禁止」のテープで封鎖され、入りようがない。
階段の上をなんとか見ようとしたが、木々で隠れてしまっていて難しそうだった。
「となると……」
わたしは道を引き返す。
あぜ道を進み、ある程度距離が離れたところで、スマホを起動した。
「カメラで拡大すれば、なんとか見えるかな……?」
と、カメラを構えていると。
「なんだ、野次馬か?」
不意に、後ろから男の人の声がした。
わたしはビクッとしつつ、声の方へ振り向く。
「よう、有里ちゃん。学校の時間じゃないのか?」
「……克郎さん?」
克郎さん――お母さんの同僚である
「何、やってるんですか?」
「見ての通り、取材だよ。と言っても規制が掛かってて、近寄ることもできないけどな」
克郎さんは困り眉を浮かべながら警察の様子を伺っている。
「じゃあ、お母さんもここに……」
「いや、君のお母さんは本社に戻った。俺はここで事が起こるまで待機。泥臭いのは下っ端の仕事ってんでな」
そう言いながら、克郎さんは自分の首をポキポキと鳴らしている。よほど退屈らしい。
「あの、わたし、あの神社で何があったか知りたくて来たんですけど……」
「それを調べに俺も来たんだよ。最近よくあるんだ、こんな風に建物が人知れず倒壊したり、生き物が不自然に死んでたりさ。ま、俺もそれ以上のことは分からん」
晶の話が脳裏をよぎる。
「誰の仕業か、克郎さんは知ってます?」
「さぁね。世間じゃ怪獣だ"転移者"だって言われてるけど、見当はまったく」
もっともオカルトは信じない性質だけどな、と克郎さんは付け加えた。
「まぁなんだ、野次馬をするなら時間の無駄だぞ。他の連中もだいたい警察に追い返されたからな」
あの人数の警察が動員されているんだ。わたしみたいな一般人がおいそれと入っていい現場ではないのだろう。
「でも、写真ならある。慰めにしかならんが、これで我慢しな」
そう言うと克郎さんはカメラをこちらに見せてくれた。
確かに、神社の拝殿に鳥居が突き刺さっている。
その姿は……夢で見たそのものだった。
「……なんていうか、不気味ですね」
「あ? ……まあ、末社とは言え神聖な場所をぶっ壊してるわけだからな。犯人は相当な罰当たりだ。生き物かどうかも分からねぇが」
わたしはもう一度目の前の光景を見た。
克郎さんですらここで待機しているんだ、しばらく中には入れないだろう。
今日は、諦めるしかないか。
「そういやあ有里ちゃん所、家族増えたんだって?」
「……あ、はい」
「めちゃくちゃ綺麗な男の子なんだってな」
克郎さんは椿の性別を把握しているのか、と思った。
お母さんから聞いたんだろう。だったら、わたしにも最初から言ってほしかった。
「そうですね、好きになっちゃうくらいです」
「へっ?」
「それじゃ、学校に戻りますので」
わたしは会釈すると、踵を返して学校への道を歩き始めた。
少し態度が悪かっただろうか。ただ、これ以上椿の話をしていると、余計な詮索をされてしまうか心配だった。
……だとすると、「好きになっちゃうくらい」なんて言わないほうが良かったんだけど。
教室に戻ると、先生は驚いて、それからすぐに私を席に座らせた。
「野次馬なんてする生徒じゃない」と、誰も彼も思っていたみたいだ。
自分でも、学校を抜けてまで野次馬をすることは、これから一生ないだろうな、と思っている。
したところで、わたしは何の情報も得られなかったわけだし。
◆◆◆◆◆
「ただいま」
「あ……おかえり」
今日は、リビングから椿がひょっこりと顔を出した。
やっと椿はわたしに「おかえり」と言ってくれた。それは嬉しかったのだが、まだ椿の顔は笑顔になりきっていない。
「アイス、食べよ。買ってきた」
「……ホント?」
だからこそ、今日のわたしは用意周到だった。
リビングのソファに座り、横並びでカップアイスを食べることにする。
「美味しい?」
「うん♪」
椿は満面の笑みを浮かべた。食べ物の前では誰もがネガティブな感情を忘れ去るということなのだろう。
その顔を見て、わたしも顔がほころぶ。
これでカンペキに仲直りできると良いんだけど……まあ、物事がそれほどうまく運ぶはずがないか。
「椿ってさ。好きな味、なに?」
「えーと、んーと。イチゴ、かな。あ、でも、バニラだからダメとかないよ!」
椿の好みが分からず、わたしはバニラアイスを買ってきていた。
わたしに気を使ってフォローを入れてくれたが……バニラが駄目な人がいるなんて想定を、そもそもしてなかった。
そのままなんとなく、2人の夕方のテレビを流していると、地域のニュースで「神社が倒壊した」というニュースをやっていた。
間違いない、例の神社だ。
「あ、これ近所だよね?」
緊張が走る。椿は、知ってて聞いているのだろうか。わたしも、正直に答えるべきなのか。
「えっと、うん、そうだね。椿はこのニュース、知ってた?」
「――ふふっ」
椿は、どういうわけか笑った。
わたしは、正直ものすごく動揺する。なぜ今。なぜ笑った。というかそもそも、答えはどっちなんだ。
「え、えっと? 知ってたの?」
「うん、知ってた」
椿はこちらを見て、またしてもにっこりと、いたずらっぽく笑った。
わたしはドキリとする。
無邪気だと思っていた椿が、わたしを試すような反応をしてきたのだ。
なんでこう、この子はわたしを惑わせるのか。
「……そっか、知ってたかー」
わたしは椿の曖昧な言い方に対し、曖昧な返事しかできなかった。
でも、椿が今した表情の意味って、なんだろう。
わたしを試してるみたいだったけど。
うーん。
やっぱり、あの夢は、本当なのかな。
分からない。理解ができない。相変わらず頭が回らない。
気づくと、わたしは目をつぶって黙想にふけっていた。
何か、変な感じがして、わたしは目を開ける。
「はい、有里。あ~ん♪」
……と言いながら、アイスの乗ったスプーン片手に椿がわたしにアイスを食べさせようとしている。
なんだ、この状況は……?
わたしはまだ夢を見ているのだろうか。
いい加減、現実と夢の区別がついてほしいと思いながら、私はそのスプーンを咥えるのだった。
「あ、あ~ん」
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