第六話:でも、あれって。
「あ、あれ……?」
朝、目を覚ますとわたしは自室で眠っていた。
家に帰った記憶は全くない。記憶が飛ぶぐらい、昨日の出来事がショックだったという事だろうか。
でも。
正直、わたしは今、昨晩ほど落ち込んでいない気がする。
あれだけ乱れていた心が、今朝はすっかり落ち着いていることが分かった。
けれど、その理由は思い浮かばない。
強いて言うなら、昨晩見た変な夢のせい、なのだろうか。
わたしは掛け布団をどけて、自分の服を見た。……しまった、制服のままだ。
シワになっちゃうな、せめて脱いでから寝れば良かった……と、後悔する。
とりあえず、ケアだけはしておこう。
わたしは予備の制服に着替えると、1階へ降り、リビングの扉をあけた。
「おはよう」
わたしは家族に声をかけた。
「おはよ、今日は早いのね」
そう言ったのは、お母さん。
それに続けて、
「……おはよう」
と、椿が言った。
「おはよう」
わたしは椿に、微笑みながら挨拶をした。
……つもりだ。ちゃんと笑えていたかどうかは、定かじゃない。
わたしの気持ちは随分と落ち着いていたつもりでいたがが、椿の髪を見て、やはり短いままなんだと、少し複雑な気持ちになっていたからだ。
「お母さん、朝ごはんのためにちょっと仕事を抜けてきただけだから。また戻るね」
「うん、いってらっしゃい」
お母さんは足早に家を出ていった。相変わらず忙しそうにしている。
でも、今日はお母さんにもうちょっとだけいて欲しいと、少し思ってしまった。
朝ご飯の間、椿と2人っきりでいるのが怖かったからだ。
椿は、ご飯を食べなら、私をじぃーっと見つめてきていた。
屈託のない眼差しだ。
何か言わないと。
そう思ったが、わたしはわたしで掛ける言葉が見つからなかった。
昨日涙を流した理由の言い訳なんてまだ思いついてないし、第一なんで涙を流したのか、わたしは未だに納得する答えが頭に浮かんでない。
かと言って、何事もなかったかのように接せるほど、わたしは明るい性格でもない。
こうやって逡巡している辺りがコミュ力の低さの証明なんだろうな、とまた嫌気が差してきた。
でも、このままで良いはずがない。
ずっとこのまま、気まずい関係のままでいて、お互いに良い事なんてないはずだ。
意を決して、わたしは立ち上がった。
「椿――」
そう口にすると、椿の大きな目が、わたしの目をじっと見つめた。
――恥ずかしい。
最初に浮かんだ感情はそれだった。
やっぱり、椿は顔が良い。
短髪であれ何であれ、簡単にわたしの心を奪っていく。
その刹那、わたしは頭の中で浮かべていたすべての言葉を一度失った。
そして、二の句が継げない。わたしのグルグルしていた感情が、またぶり返してくてきていた。
「有里?」
椿は頭にハテナを浮かべた表情でそう尋ねてきた。
わたしはその返しで、我に返る。
「えっと……その、昨日はごめんね」
「謝る事ないよ。驚かせたの、ボクのほうだし」
それは違う。椿なりに自分が男だと明かす段取りがあっただろうに、勝手に部屋に入って滅茶苦茶にしたのは、わたしだ。
……そう思ったのだけど、なぜかそれを言い出せない。
それを言い出したことで、もっと仲が悪くなってしまうんじゃないかと直感的に思ってしまったからだ。
「気にしないで、椿。わたし、自分でもどうして泣いてたのか分からないから」
そう呟くわたしの目は、とっくに椿から視線を離していた。
「……そっか。分かった、気にしない」
わたしは、恐る恐る椿の顔を見る。
椿の顔は――心から笑ってなんかいなかった。
◆◆◆◆◆
「え?」
ちほはわたしの話を聞き、そのまま言葉を失っていた。
「ここ数日、ほんと話題に事欠かないな。今の話も信じろって言うのか?」
口ではそんな言葉を投げかけているが、晶は別に疑っている風でもなかった。
ただ、晶は晶で、話の内容に困惑しているようだ。
「わたしが見た桐山椿は、確かに女の子だったぞ。確かに、着物姿だったから体格とかはよく分からなかったが」
「一緒にいたわたしだって、ずっと男だって分からなかったんだよ。晶が分かるわけないじゃん」
それもそうか、と晶はしぶしぶ納得していた。
「えー、でも好きになってたんでしょ? 男の子だったら、失恋じゃん!」
そうだ。
わたしは女の子が好きな女子。かつては横にいた女の子を愛していた。
もっとも、その恋は少し前に終わったが。
そして今新たな恋が私の元に訪れたものの、わたしの恋は、相手が男だと判明したため2日であっさりと終了した――
「――って思うじゃん?」
私は、きっとアホみたいな笑顔で、2人にそう言った。
「え? それって……」
晶とちほは眼を丸くしている。
無理もない。
きっと、わたしの顔はブサイクなニヤリ顔と共に、真っ赤になっているだろうから。
「えぇー!! 有里、女の人しか好きになれないって、言ってたじゃん!」
「……そうだよ。っていうか、未だに女の子が好きだし、女の子同士で恋愛してるの、尊いって思ってるし」
晶とちほは顔を見合わせた。
「どう思う、ちほ」
「分かんない。これが現実なのかすら」
2人の反応は至極自然だと思う。
最初に「女の子が好き」と言い出したのはわたしだし、"数か月前わたと晶の間で起こったこと"を思い出すと、驚かれるのも仕方がない。
「なんだか分からないけど、まあ……有里がそう言うなら私達は受け入れるしかないよ。うん、応援するよ。新しい恋、頑張ってね!」
ちほは拳をグッと握って見せた。
一方、晶は、寡黙にメガネを輝かせ、この件へのコメントを差し控えていた。
そんな朝の教室に、数名の男子生徒が噂話をしながら入ってくる。
「おい聞いたか、山の神社の話」
「鳥居が建物にぶっ刺さってたってんだろ? 一体、何がどうなったらそうなるんだろうな」
……え。
「あれ、有里知らないの? 昨日の神社の件」
「またしても奇妙な事件だぞ。これも、ひょっとして――」
「わたし、ちょっと神社見てくる!」
わたしは、教室を飛び出した。
「おい、授業はどうするんだ! 今日、期末テス――」
「すぐ戻ってくるよっ!!」
わたしは教室から聞こえてきた晶の言葉を無視し、学校を抜ける。
授業を受けている心の余裕は、わたしはない。
というか、急になくなってしまった。
――ありえない。
あれは夢のはずだ。
だって、あまりにも現実的じゃなくて。
グロテスクで。
それに――何より。
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