第三話:椿って、何者?

 帰り道。

 だらだらとした"下り坂"を、わたしは椿と歩いていた。

 椿は横で楽しげにしている。一方のわたしは……頭の中がグルグルしていた。

 さっきは落ち着いていたけど、椿と一緒の時は、やっぱり全然ダメみたい。


「あ、あのさ。なんで着物なの?」


 椿はなぜか和装で身を固めていた。


「えへへ……似合う?」

「うん、可愛いけど」


 椿の言動や仕草を見ていると、どうも気を惹かれてしまう。

 天然で、他人の心を掴んでしまうタイプなんだろう。わたしはすっかり術中にはまっている。


「ボク、パジャマ以外はこういう服しか今なくってさ。それでほら」


 彼女は持っていたマイバッグの中を見せてくれた。どうやら、買い物をしてきた帰りらしい。

 覗いてみると、Tシャツやらズボンやらの衣類と、2人分くらいの食材が入っていた。


「あれ、椿って料理するんだ」

「うん! 夜、一緒に食べようね」


 そう言いながら、椿は空いてる方の手でわたしの片手を握った。


「ふえっ!?」


 いきなりの出来事に、わたしは理由もなくキョドってしまう。


「えっ! どうしたの、有里!」

「え、えっと、手、つなぐの?」

「うん。なんで?」

「そ、その、わたし、手を繋ぐのとか、慣れてなくて……椿は大丈夫なの?」

「だって、ボクは有里のことが好きだもの。有里はイヤ?」


 そう言われ、わたしはとっさに椿から顔を背けた。

 なんなのそれ。どういう意味。わたしの事を愛してるってこと?

 そんな急に告白されても、こっちも心の準備ってものがあるんですけど!?


「イヤじゃないよ。むしろ、嬉しい、よ……」

「よかった! じゃ、ぎゅーっ」


 椿は握る力をちょっぴり強めた。私も、それに応じる形で少し強めに握り返す。

 これってもう、実質恋人同士だよね。傍から見ると仲が良い2人に見えるのかな、それとも恋人同士にちゃんと見えてるかな。

 そんなことを思いながら、わたし達は手をつないで下校していった。

 


◆◆◆◆◆


 椿の料理の手際はお母さん以上だった。「手伝おうか?」と言ってみたものの、手伝う余地などこれっぽっちもなく。

 食器や道具がどこにあるか、なぜか椿はとっくに把握していて、それどころか配置を少し自分用にアレンジしていた。わたしはラフな格好に着替えた椿を、可愛いなと思いながら見つめることしかできなかった。

 椿、本当に料理が得意そうだけど。ひょっとして、以前は主婦だったのかな。

 ……いや、こういう想像はよくないよね。


「それで、この料理は何?」

「なんだっけ? 名前は忘れたけど、ひよこ豆をペーストにして作ったよ」


 加えて付け合せのパンと野菜がついていた。これは、中東辺りは料理なのだろうか。初日に作る料理がこれって、どういうチョイスなのだろう。

 それに加えて味噌汁も添えられている。なぜ……


「それはママが作り置いた味噌汁だよ」


 ……そこだけは合点が行った。


 案の定、椿の作る料理は美味しかった。食べたことがない味だったが、それが逆に新鮮だったのかもしれない。褒めると、椿は顔を綻ばせて嬉しそうにした。


「いつもは一人で食べてるの?」


 食事中、椿が尋ねてくる。


「うん、お母さんは帰ってくるの遅いから」


 激務のせいで、母は毎日深夜に帰ってくる。連絡しても返ってこないことがほとんどで、最近は早く帰れるかを尋ねもしなくなった。

 そんな事を話すと、椿はニコニコして、


「ボク、実は家族がみんな死んじゃってさ」


と、表情とまったく一致しない告白をしてきた。


「これから毎日一緒に食事できる相手ができて、すごく嬉しいんだ」

「あ……うん、そっか」


 わたしはぎこちなく笑みを返す。椿に何があったか尋ねようとしたけど、流石にそんな事を平然とやってのけるほど、わたしも無神経な人間じゃなかった。


◆◆◆◆◆


 2人で食器を洗い終えると、わたしは2階の自室へと戻った。

 椿はテレビを見ると言っていた。一緒にテレビを見ても良かったけど、今は、1人になりたい気分だ。

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


「……椿って、何者なんだろ」


 1日であまりに色んな情報が流れ込んできて、頭の整理が追いつかない。

 椿の正体以外にも気になることはあったが、何から考えればいいのか、とんと見当がつかなかった。


 そのままベッドの上でぼんやりとしていると、突然スマホのバイブが震えた。

 電話だ。スマホを取り出して視線をやると、「黒須晶」の文字が目に入る。

 わたしは電話を取った。


「もしもし、晶」

「椿、いま大丈夫?」

「うん」

「椿ってさ、"転移者"……って知ってる?」

「なにそれ」

「この世界にワープしてきた"異世界"の人や生物を、そう呼ぶんだって」

「えっと、アニメとかマンガの話?」

「いや、それがどうも現実の話らしくてね、最近ネットで話題になってるそうだ。動画もあるから、後でアドレスを送るよ」


 いつも晶はネット辺りから仕入れた妙な知識をわたしに教えてくる。

 わたしも抵抗なくそれを聞いてあげるから、きっと話していて楽しいんだろう。


「わかった、後で見ておくよ。……で、それを言うためだけに電話してきたの?」

「まさか。椿くんと、よろしくできているかの確認だよ。今の所、問題はない?」

「うん」

「そっか、なら良かった。困ったら電話するんだよ」

「ふふっ。うん、そうさせてもらう」


 短く挨拶を交わし、通話は終わった。他人から見れば短いと思うかも知れないけど、これが2人にとっての普通だ。わたしが子供で、家で1人で過ごしていた時から、ずっと晶はこんな風に電話を寄越してくれたのだ。本当に優しい友人だ。


 わたしは晶から通話後すぐに送られてきた動画を見た。

 どうやら、スマホで撮られた動画らしい。

 どこかの国の市街地。動画にはトカゲによく似た巨大生物が映し出されていた。

 まるで怪獣映画のようだ。

 軍隊はトカゲに向かって銃撃を行う。トカゲは怒り狂いながら突撃し、兵士を咥えると勢いよく放り投げていく。

 そして、最後は撮影者に向かって兵士が投げつけられ……そこで動画は終わっていた。


「……なにこれ、合成?」


 映像はリアルだったが、精巧に作られた合成にも見える。きっと、洋画のワンシーンを抜き出したものだろう。

 ネットの情報なんてウソばっかりだ。晶だって、きっとそれを分かって楽しんでいる。そういう所がちょっと可愛かったりするんだけど。


 そのあと、ベッドの上でぼーっとしていると、なぜか椿の顔が頭に浮かんできた。

 どことなく浮世離れした椿は、もしかすると異世界からやって来た人間なのかもしれない。

 世間知らずなお姫様が、人目を忍んで花嫁修行にきたとか。そんな妄想を続けているうち、また椿のことが可愛く思えてきた。


 ああ、やっぱりわたしは、あの子のことが好きになってしまったんだろうな。

 そう思いながら、眠りへと落ちていった。

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