第13話 13、フライヤー
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昼前に山車は出発点の公園に戻って来た。
フライヤーの周りには人々が集まって10m上空のフライヤーを見上げていた。
周囲のビルからは望遠レンズを利用して二人の天女を映していたようだった。
「恵、お面は付けていた方がいいようね。周囲のビルからカメラで写されているわ。」
「お面を外したらスターじゃなくてスッターになるわね。」
千は携帯電話を隠しから取り出し、恵を耳元に招いてから電話をかけた。
「千です。周先生でしょうか。今しがた午前中のパレードは終わりました。」
「見ました。山車は凄かったし、二人の天女も美しかったですよ。」
「ありがとうございます。先生は今どこにおりますか。」
「私は今、君たちが集合している公園の入口から3ブロック離れた道路を公園に向かって歩いています。」
「先生は私たちとの昼食の場所に計画はありますか。」
「すみません。特にありません。開いているどこの店でもいいと思っておりましたが、さっきから店毎に覗いているのですが、どこも満員でした。帝都のカーニバルって凄いのですね。」
「わかりました、先生。恵と相談して数分後に再度お電話します。よろしいでしょうか。」
「待っております。それでは。」
「恵、聞こえた。周先生はここから数ブロック先よ。昼食のお店は未定。どこのお店も満員。我々はどこにでも行くことができるフライヤーを持っている。どうしたらいいと思う。」
「千、フライヤーは三人乗りができるの。」
「重量的には何トンも積むことができるけど今は椅子がないわ。んー。待って。磁石式の椅子が工場にあるわ。最初は椅子の固定は磁石にしようと思ったの。手動式がいいと思って変えたのだけど磁石式は工場にまだあるわ。」
「それなら、最初に工場に行って椅子を取付け、次に食べ物と飲み物をコンビニで買ってから周先生を拾ってこの前に行った山の頂上の樹上で昼食を食べるってどう。」
「少し順序を変えましょう。この衣装でコンビニに入るわけにはいかないでしょ。それに男性は天女に拉致される方がいいわ。周先生にも工場を見てもらいたいし。だから最初は周先生を拾って工場に向かう。そこで衣装を外して椅子を取付けコンビニと山頂に行くでどお。」
「異議無し。そうしましょう。」
周先生は人ごみの道端で拉致された。
公園前の大通りは交通規制されて歩行者天国になっていたので、フライヤーをゆっくり降下させると人々は脇にどいてくれた。
恵と千は周先生に向かってフライヤーの方にゆーっくり手招きし、周先生はあたかも魂を奪われた様に手招きに合わせてふらふらと近づく演技を見せてフライヤーに乗った。
周先生を恵の椅子に掴まってもらってからフライヤーは数百mまで上昇し実験工場に向かった。
「先生、演技がお上手でしたね。」
「千君。美しい天女二人に拉致される気分を味わいたかったのです。わざとらしかったですか。」
「そんなことはありません。これから実験工場に行って先生の椅子を取付けお弁当を買ってから山の頂上で食事をする予定です。よろしいですか。」
「おもしろいと思います。」
「恵、操縦を代って。加速してはだめよ。先生が落ちるから。衣装を脱ぐわ。」
「後ろを向いていましょうか。」
「そのままで大丈夫です。」
周先生は千が衣装を脱ぐ様子を見ても素早すぎたためか衣装の構造が理解できなかったようだった。
恵が次に衣装を脱ぐ時にはようやく衣装の構造が理解できたようだったがどうしてそんなことができるのかはわからないようだった。
「ほんとに、二人の天女は千君と恵さんだったんですね。わかっていてもなかなか納得できないでいたのです。」
「羽衣の天女と洋服の学生とどちらがお好きですか。」
「千君、答えにくい質問をしますね。察相の術でわかると思いますがどちらも好きですよ。」
フライヤーは実験工場の中庭に着陸した。
「恵、車椅子を取って来るから周先生の相手をしていて。」
「了解。急いでね。」
千は工場に入り磁石接着式の椅子に乗ってフライヤーに戻って来た。
そして椅子を恵の横に着床させ、マグネットロックをかけた。
「周先生、この椅子におかけ下さい。そして安全ベルトを締めて下さい。恵、行くわよ。大学の正門前のコンビニでいいわね。」
「了解。」
コンビニの駐車場にフライヤーを浮かべ、恵と周先生が降りてコンビニで昼食と飲み物を買って戻って来た。
「それじゃあ、山頂に行くわ。スピードを出すからドームを出すわね。」
透明な三角ガラスが持ち上がってドームが張られ、外からの騒音は消えた。
「素敵な乗物ですね。名前は何と言うのですか。」
「『フライヤー』って千が名付けました。」
「動力は何なのですか。浮くだけだと思っておりましたが。」
「磁場をフライパネルにかけると一方向に力が生ずるのです。ですから動力はフライパネルそのものです。それと磁石にかける若干の電気です。」
「自動車メーカーはそれを聞いたら腰を抜かしますね。」
「いずれ分ることですから。」
「そうですね。でも身辺には気をつけた方がいいですよ。自動車メーカーにとっては生死の問題でしょうから。」
「周先生は千と同じことをおっしゃるのですね。」
「人の欲望、特に生存に対する欲望は強いですから。そうですか。千君も言っていましたか。そうか、それでこんな派手なデモンストレーションをしたのですね。」
「おっしゃっていることが分りません。」
「帝都民は今回のカーニバルでフライヤーのことを知ってしまいました。これで自動車メーカーはおいそれと妨害工作をすることができなくなります。違いますか、千君。」
「ご明察。でも自動車メーカーより政治組織が怖いですね。」
「それはそうですね。もっと厄介な組織です。」
「周先生、フライヤーにはレーダーも付いているのですよ。」
「レーダーもですか。それにしてはパラボラのアンテナがありませんね。フェーズドアレイですか。千君、どういう機構なのですか。よければ教えて下さいませんか。」
「送受のアンテナがフライヤーの周囲に張ってあります。アンテナにフーリエ変調をかけて一方向に電波を伸ばします。受信は空間トモグラフィーで位置を特定します。」
「トモグラフィーって病院にあるX線CTのTですね。でも病院で使っている装置では限られた空間での要素の数だけの連立方程式を解けばいいだけですがフライヤー周囲の空間では空間要素の数が無限になり計算できないのではないですか。」
「無限の空間と言っても電波が届くだけの距離ですし、空間を多要素のブロックに分ければ計算できます。それに測定は一秒間に何千回も行われますから結果を蓄積することができます。先生の実験室にあるフォトンカウンティング装置と同じ原理で位置と画像を作り出すことができます。」
「納得しました。それにしても凄い性能のコンピューターを積んでいるのですね。」
三人は以前に来た山頂の大木の樹冠上にフライヤーを止め帝都を眺めながら昼食をとった。
コンビニで売られていたお弁当ではあったが三人は楽しい時を過ごした。
カーニバルの午後の部は2時から始まるので周先生を大学の理学部の建物の前で降ろした。
大学は大学祭の真っ最中だったので思索の森には多くの模擬店が立ち並び、学生の店員はお客を呼び込んでいた。
恵と千は既に天女の衣装を着ていたがお面は着けていなかった。
恵は千を待たせ、天女の靴カバーを外してからフライヤーを飛び降り、化学科の模擬店に駆け込み、たこ焼きを二つ買って後輩への義理を果たした。
「会場に行きましょう、千。たこ焼きはパレードの途中で食べるわ。天女が食べる物は理学部化学科のたこ焼きでした。いいでしょ。」
「いいわよ。恵は少し興奮しているわ。いいことがあったのね。」
「確信ができたの。」
カーニバルの待機場所は人で溢れていた。
特に天女の御車の待機場所の周囲はフライヤーの大きさ程の丸い空間ができ、群衆はフライヤーの到着を待っている様子であった。
「恵、お面を被った方がいいわね。天女の御車は人気があるようよ。」
「まあ、人気が無いよりあった方が気分がいいわね。今は何でもサービスしてあげたい気分よ。」
「いいわよ。サービスしてあげて。でも飛ぶのはフライヤーの範囲内よ。外に出るとあらぬ疑いをかけられる場合があるから。」
「了解。千は何でもわかるのね。私の望みは叶うかしら。」
「良い結果になると思うわ。相手もそう望んでいるから。」
「ほんと。ほんとうね、千。」
「少なくとも今はね。」
「今日は思いっきりサービスしちゃうわ。」
午後のパレードでは天女の御車の出し物に新しい演出が加わった。
フライヤーが上下するだけでなくピンクの薄衣(うすごろも)を纏(まと)った天女がフライヤーの周囲を片手を眼前に掲げて浮遊した。
あたかも遠くから来るだれかを高みに昇って待っている様に見えた。
その天女は空中を泳ぐように動くのではなく小さな椅子に腰掛けて浮遊していた。
そんな時には緑の衣を羽織った天女はガラスのテーブルに頬杖をついて上空の天女を嘆息して見上げていた。
フライヤーのデモンストレーションは成功裏に終わった。
天女の御車には仮装パレードの大賞が与えられた。
賞状とトロフィーは恵がお面を被ったまま受け取った。
その場でも演壇の前の群衆はどよめきを発した。
大賞の結果がアナウンスされ受賞者が登壇を促された時、恵は浮遊車椅子に腰掛けたまま上空から降りて来て壇上に進み、車椅子に乗ったまま賞状とトロフィーを受け取った。
受賞者へのインタビューで恵はアナウンサーのお決まりの質問には無視をきめこみ、静かに語った。
「本日は大賞をいただき名誉に思います。今日披露された天女の御車は最近発明された重力遮断物質で空中を移動することができるようになっております。重力遮断物質の組成と作成方法が記載された論文は既に投稿され明らかにされております。従いまして遠からずしてこのような空中移動の手段が皆様のお近くに供給されることと思います。本日はどうもありがとうございました。」
恵は静かに頭を下げ、アナウンサーの次の質問を聞く前に浮遊車椅子を移動させ、空中高くに消え去った。
上空にはフライヤーが霞んで止まっていた。
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