第12話 12、天女のデモンストレーション 

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 「千、いる。今いい」

恵は相変わらずノックもせずに千の居室の古い木製の扉を半分開け顔を中に入れて言った。

「恵ね、どうぞ。いいわ。だれもいないわ。」

「『皆さんおじゃまさま』って言えなかったわね。」

恵は中に入って千の机の横の低い緑の小型のソファーに深々と腰掛けた。

「このソファーは座り心地がいいわね。私の定位置。」

「どうしたの。ベテラン忍者の察相の術に依れば恵は少し興奮しているわ。」

 「千に相談しなかったけど締切が今日までだったので今しがた受付して来ちゃったの。」

「何の受付。」

「ほら、もうすぐ大学祭があるでしょ。化学科は毎年模擬店をだしているけど、大学全体では仮装大会が開かれるわ。と言うより、同じ日に帝都の仮装カーニバルが開催され、そこに大学として参加しているわけだけどね。その仮装大会に参加申し込みをして来たの。フライヤーのデモンストレーションには最適だと閃(ひらめ)いたの。題名は『天女の御車』で団体名は『帝都大学重力遮断実験工場』よ。こうすればデモンストレーションの案内状も必要ないし、宣伝も必要ないし、帝都の住民が見ることができるし、フライヤーの飾り付けも必要ないわ。必要なのは羽衣の衣装とお化粧した天女よ。どう思う。」

 「そうね、フライヤーのお披露目にはいいわね。でも私は厚化粧をしてだれか分らないようにする必要があるわね。」

「それは私も同じよ。私が知らなくて相手が知っている状態には耐えられないわ。その点、スターって凄い人達ね。」

「女の顔は自由にできると言われてはいるけど限度があるしね。恵、仮面を被ろうか。仮面を被ればずっと顔をよそいきに緊張させていなくてもいいわ。」

 「千の場合は完璧すぎて奇麗すぎるのよ。千の顔をみんなに見せたら千はスターになってしまうわ。二人とも仮面にしましょう。お化粧しなくてもいいしね。」

「恵、その日は少しだけお化粧したら。私もするから。そんな状況になったら周先生も見に来ると思うわ。三人でどこかで昼食を食べましょう。」

「私、お化粧の練習を始めるわ。」

「がんばってね。」

 「ところで、天女の仮面って何にする。能面もあるし、仏像もあるし、凄くたくさんの種類があるわ。おそらく作者は実際に天女を見たことはないのだろうし、みんな想像して造っているからね。」

「そうねえ。普通に穏やかなものにしない。能面は作者の意思が強いからね。ちょっと待って。『お面』と『天女』ね。調べてみる。ほんと、たくさんあるわね。恵、どれにする。カーニバルには時間があまりないからおおよそ決めておかないと。」

 「どれどれ。ふーむ、たくさんあるわね。普通に穏やかね。あっ、これだわ。これにしよう、千。七面様だって。名前もいいわ。千は千年間で七つ以上の顔を持っているし、千にも少し似ているような気がするわ。ひょっとするとこの像の作者はどこかで千に出会っていて、その時の記憶で天女様を造ったのかもしれないわよ。名前も『仏様』ではなく単なる『様』でしょ。」


「記憶にはないけど確かに少し私に似ているかもしれないわね。でも私こんなに細い目ではないわ。でも、いいわね。怖くはないし。これにしましょう。作っておくわ。」

 カーニバルの日は快晴だった。

恵と千の出し物は中程の順番だった。

千は恵をマンションの前で拾って揃って実験工場に向かった。

「千、快晴になって良かったわね。」

「ほんとね。ドームを出す必要がなくなったわ。ドーム入りの天女じゃあ様にならないしね。」

「千、周先生には参加を知らせたの。」

「大丈夫、お伝えしたわ。昼食の約束もしたわ。どこで食べるのかは決めてなかったけど。」

「ありがとう、千。お化粧はこれでいい。」

「美人よ、恵。」

 実験場の前に自動車を置き、中に入るとフライヤーは既に中庭に置かれていた。

フライヤーはほんの少しだけ飾られていた。

周囲の手すりに赤と白のテープが巻かれ、入口には二本の細いアンテナが付けられていた。

「千、テープはわかるけどアンテナは何のためなの。大学の旗でも付けるの。」

「旗か。それいいわね。会場に行ったらカーニバルのゼッケンと三角旗を付けることにするわ。あのアンテナは特殊な投光器なの。お面のあったお寺の名前が善光寺だったでしょ。それで私たちの後ろを妙なる光で満たそうと思ったの。遠くから見れば光背のように見えるはずよ。」

 「私たちいよいよ天女になるみたいね。衣装はここで着て行く。」

「そうしましょう。集合場がどんなか分らないし。衣装とお面はフライヤーに置いてあるわ。ピンクと薄緑の衣装を用意したわ。恵はどちらにする。」

「ピンクよ。」

「OK。」

フライヤーのガラステーブルの上に天女の衣装とお面が置かれていた。

衣装は向こうが透けて見える薄衣(うすぎぬ)が幾重にも重なったものであった。

 「洋服や靴を脱がなければいけないの。」

「そのままでいいわ。着方は袖を通すだけなの。見ていて。まず、衣装を広げて後ろに羽織って両袖を通す。首の周りを整えると首の前の左右にボタンホックが出て来るわ。そのホックを合わせると後はジッパーが自動的に脚元まで閉じて行くわ。ほらね。後は少し面倒だけどかかとの後ろにぶら下がっている天女の靴カバーを本物の靴に被せるの。靴カバーを被せると後ろからモールが立ち上がるの。」

「すっごい。本当に凄い。初めて見たわ。頭を除いては完全な天女よ、千。」

「楽でしょ。衣装を脱ぐ時には逆にすればいいの。最初は靴カバーを外す。するとモールは背中に垂れる。次にボタンホックを外せばジッパーは閉じたのと同じ方向で自動的に開いて最初の状態になるから袖を外せば完了。これならどこでも衣装を脱着できるわ。」

 「感動したわ、千。特に自動的に開閉するジッパーには驚いたわ。」

「磁石の応用よ。おそらく宇宙では既に応用されているわね。それに簡単に脱着できなければ羽衣の衣は海辺の松に掛けないと思ったの。」

「とにかく感動したわ。お面も凄いの。」

「衣装ほどには考えなかったわ。お面はね、こんなように額と下顎に付けるの。押せば着くわ。お面は外からはお面なのだけど内側からは透明で透けて見えるわ。お面を付けたまま話すことはできるけど飲食はできないの。」

「簡単そうね。でもよかった。今日は髪の毛をセットして来たの。お面は外れないの。」

「外れないわ。外す時はお面の両側を少し押せば外れるわ。お面を静かに外す時の仕草よ。」

「了解。天女になりましょう。」

 カーニバルの集合場所は大学正門から1㎞ほど離れた広大な公園の中であった。

恵と千はフライヤーを500mほど上昇させ公園上空に移動してから真下に下降させ地上10㎝で停止させた。

「受付はどこかしら。入口近くの左側みたいね。人が集まっているから。私が受付して来るから千はここで待っていて。」

「待って、どうせ後で度肝を抜かせるのだから最初からでも同じよ。空を飛んで行きましょう。天女の衣装でね。受付の前で恵を降ろしたら受付を終わるまで邪魔にならないように上で待っているわ。」

「千って、いざとなると肝が太くなるのね。OK、そうしましょう。」

「山姥(やまんば)の仙女(せんにょ)の天女だからね。」

 千はフライヤーを5mほど上昇させ受付前まで進め静かに下降させた。

人々はフライヤーに驚き、それが下降を始めた時には着陸に丁度いい大きさの空き地ができた。

恵は天女の衣装のままフライヤーから降りて受付に向かい、千はフライヤーを10mほど上昇させて待機した。

 「今日カーニバルに参加する帝都大学の恵と申します。受付はここでしょうか。」

「受付はここです。空に浮かんでいるのはお客様の出し物ですか。」

「はい、天女の御車です。」

「実際に浮かんで動くのですか。」

「はい、大学の実験工場で造りました。」

「危険はないのですか。」

「ありません。自動車より安全です。」

「そうですか。驚きましたがいいでしょう。これがゼッケンで、出し物の見え易い位置に付けて下さい。」

 「ありがとうございます。お願いがあるのですが。」

「何でしょう。」

「この大会の三角旗のような旗があったら一つ欲しいのですが。出し物には竿が二本あって一つに付けたいのですが。」

「いいですよ。カーニバルの目玉になる山車(だし)のようですから宣伝になるでしょう。少々お待ち下さい。」

係員は奥から縁に飾り紐が着いた三角旗を持って来た。

「こんな立派な旗をいいのですか。終わったら返しにきます。」

「差し上げます。どうぞ竿に付けておいてください。」

「了解、ありがとう。」

 恵が受付から出て来ると千はフライヤーを静かに下降させた。

再び人並みは丸く開きフライヤーは着陸し、恵はフライヤーに飛び乗り、フライヤーは再度10mほど上昇した。

「千、受付完了。私たちは15番目よ。ゼッケン14の後ろにつけて。」

「了解。浮かんでいるのは5mにしておくわ。出発までクルコルでも飲んでいましょう。椅子に座ったらお面を外しても顔は見えないはずだわ。クルコルのカップはテーブルの上に残しておいたほうが絵になるわね。」

「その前にゼッケンと旗をアンテナにつけるわ。帝都の旗は返さなくていいって。」

 カーニバルの山車は一時間後に動き出した。

フライヤーが動き出したのはそれから30分も後だった。

他の山車(だし)の多くは大型トラックに載せられていたし、参加人数も多かった。

フライヤーは異色の山車だった。

参加人数が二人だけだったし、フライヤーは前進しながら高度を10㎝から10mに上下をくり返した。

二人の天女の後ろは光で覆われていたがどこに光源があるのかもどのようにして空中に光を出現させているのかも誰もわからなかった。

 二人の天女はクルコルのカップを口に運び飲む動作を時々する他はほとんどじっとしていた。

一回だけフライヤーは千mまで上昇して見えなくなったことがあったが、しばらくして行列に復帰した。

トイレタイムだったらしい。

穏やかで端正な顔を持った二人の天女は美しかった。

沿道の観客はフライヤーが目前に近づくとフライヤーが空中に浮かんでいることに驚き、団体名が帝都大学重力遮断実験工場であることで納得し、神々しく美しい天女の魅力に歓声を上げた。

少なくともフライヤーの公への公開は成功した。

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