第11話 11、天女の乗物 

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 空飛ぶ筏は一ヶ月後に完成した。

厚さが30㎝で直径が5mの円盤形だった。

円盤の周囲は縁から10㎝の位置に高さが1mの柵が廻(めぐ)らされていた。

柵の一カ所は内開きの入口になっていて周囲の柵と同じ作りになっていた。

円盤の上側は人工の芝生で覆われており、その中央に椅子が二つ置かれていた。

椅子の前には低めのガラスのテーブルが置かれておりガラスの椅子側中央に少し大きめのノブが着いた操縦装置思われる黒い箱が貼付けられていた。

その黒い箱からの電線はガラステーブルの中央の脚の中に導かれていた。

椅子には脚が無く四角の箱の上に座席が付けられていた。

椅子には両脇に腕乗せのアームが付いており、腕乗せの先端上には操縦装置と思われる小さなノブの付いた装置が埋め込まれて透明な蓋で覆われていた。

椅子には4点式の黒い安全ベルトが着けられてあった。

 恵と千は穏やかな日曜日に完成した空飛ぶ筏を見るために実験工場を訪れた

二人は空飛ぶ筏の前に立った。

二人とも運動靴を履いていた。

「とうとう出来たのね。ありがとう、千。」

「どういたしまして。けっこう面白かったわ。」

「大きいような小さいような微妙な大きさね。」

「そうね。4mにすると地上から頭が丸見えになって危険だし、6mにすると車二台分のガレージに入らなくなるので5mにしたの。」

 「芝生が敷かれているのね。素敵。」

「どうぞ、御乗物に御乗り下さいませ、天女様。」

「今日は不覚にも普段着で来てしまったが許せよ。恵です。宜しくね。」

恵は筏に会釈してから乗り込んだ。

「千、えらく簡素な乗物に見えるわね。小さな椅子とガラスのテーブルだけじゃない。みんな床の中に入っているのね。」

「そうよ。でも今はそんなに多くはないわ。クルコルを飲むための水とポットとカップくらいよ。」

「つまり、まだ十分な空間があるということね。」

「そうよ。」

 「ガラステーブルにある箱が操縦装置ね。これもえらく単純ね。小さなノブがあるだけじゃない。と、違った。ノブは前後にスライドできるのね。スライドの横側に数字があるからそれが高度ね。ということはノブは前後左右に傾けることができるんだ。傾けの度合いがスピード、いや、加速度ね。違う。」

「正解。その通りよ。」

「でも、そうすると上下の動きにはスピード制御はないのね。」

「残念でした。あるの。ノブを強く下に押せば上下の加速度を変えることができるわ。でもそれは危険でしょ。私たち、前後左右の加速度には不快ではないけれど上下の急速な動きは気分がいいものではないわ。それで通常は上下の加速度は低くしてほぼ等速運動にしているの。でも上下の運動の加速度を上げても高度はスライドに書かれた位置で止まるわ。」

「つまり、地上に降りたければノブをスライドさせてゼロにすればいいんだ。」

「その通りよ」

 「やってみれば分るだろうけど分らないことがあるわ。空中に止まるにはどうすればいいの。例えばノブを前に傾ければ前進するでしょ。ノブを中立に戻せば筏は等速運動するでしょ。ノブを反対に傾ければ減速するわね。でも例えば樹冠でぴったり空中に留まるようにするには操縦が難しいと思うけど。」

「それにはノブの上に付いている赤いボタンを押せばいいの。どんな等速運動をしていても自動的にボタンを押した地点で止まるようになっているわ。つまり慣性で行き過ぎても自動的に押した場所に戻るようになっているわ。」

「完璧よ、千。」

「おほめいただきありがとう。まだまだ驚くわよ。」

 二人は操縦席に座って座り心地を確認した。

「この椅子はリクライニングなの。」

「違うわ。背もたれの角度は固定なの。」

「腕置きに操縦装置と同じような物が埋め込まれているわね。ということはこの椅子も円盤と同じように動くことができるわけ。」

「そうよ。この椅子は空中浮遊車椅子なの。空飛ぶ円盤は大きいでしょ。狭いところには入れないわ。その時にはこの椅子を利用すればいいの。それに万が一に空飛ぶ円盤が墜落したときはこの椅子で脱出できるわ。脱出用パラシュートみたいなものね。この椅子は椅子の下の留め具で円盤に固定されているわ。手動式よ。この椅子を動かすときは固定を手で外さなければならないの。手動式が自慢なの。余裕が十分ある時には固定を外さないで使うことができるわ。この椅子の浮遊力はこの円盤自体を支えることができるの。椅子一つで円盤ごと動かすことができるわ。」

「そうか、それでごっつい4点式のシートベルトが付いているのね。」

 二人は椅子に座って空飛ぶ筏を浮遊させ、ゆっくりと工場の中庭に移動させ地上10㎝に停止させた。

「音がしないって言うのもいいわね。」

「天女の乗物だからエンジン音はまずいでしょ。ね、恵。この乗物の名前を決めない。『空飛ぶ筏』とか『空飛ぶ円盤』って呼ぶのは格好が悪いわ。」

「今度は千が決めて。これを作ったのは千だわ。」

「そう。そうね。前に恵が言った『フライヤー』はどうかしら。」

「ぴったりよ。自由に動ける乗物って感じがする。そうしましょう。」

 「さて、試運転しましょうか。どこに行く。」

「そうねえ。あまり目立ってもまずいし、山の頂上の樹冠でクルコルを飲むってのはどお。」

「いいわね。フライヤーを目撃するのは小動物と枝の小鳥と頭上の鳶(とんび)だけね。恵が運転してみる。」

「まだ自信はないわ。千が運転して。私は見ているわ。」

「了解。お客様、本日はフライヤーに御乗り下さりありがとうございました。出発致します。シートベルトをお締め下さい。最初はドームを被せます。テーブルの脚元にあるペダルを踏みます。もう一度踏めばドームは再び開くようになっております。開閉の途中でもう一度ペダルを踏めばドームはその場所で止まるようになっておりまーす。」

 微妙な弧を持った透明な三角ガラスが円盤の縁の各所から旗竿を持ち上げるように立ち上がりドーム状に形を整えた後に捩じれて一気に隙間の無いドームが形成された。

「すごい。千、上手く作ったわねえ。考えつかなかった動きだわ。」

「おもしろいでしょ。恵、コントローラーの下にボタンがあるから押してみて。」

「了解。」

恵がコントローラーの乗っている位置のガラステーブルの下のボタンを押すとガラステーブルは色々な画面が映されたディスプレイに変った。

ディスプレイには幾つかの画面が映し出されていた。

 「この画面が初期画面よ。中央がナビ画面で自動車のナビシステムと同じよ。地図の範囲が世界まで拡大できるのと地図が航空写真にも切り替えることができる以外は自動車のナビと同じよ。もちろんテレビは映るんだけど音響関係はできないの。小さなスピーカーが机の脚に組み込まれているだけだから。フライヤーの上下左右前後の画像はここよ。指で触れれば触れた場所のズーム拡大ができるわ。広角縮小は画面の右下の赤ボタンよ。最大広角にすればフライヤー周囲の全景になるわ。

 この最大広角画面の場合はレーダー画面と重ね合わされているの。ジェット機とかミサイルなどは音速を超えて接近して来るから目で見えてからでは対処できないわ。それでレーダーが必要だったの。検出領域は一応見える範囲なの。この星の直径の二倍くらいまでは走査できるはずなんだけどどこまで届くかは分らないわ。物体を検出すれば緑色のマークが点灯されるの。だから上側と側面の画面は忙しいわよ。人工衛星がしょっちゅう検出されるから。緑の点は気にしなくてもいいわ。安全だから。検出した物体がフライヤーに近づいて来る場合はマークは緑から赤に変わって警報音がなるわ。その時にはなるべく早くドームを閉じることが重要よ。ドームさえ閉じてしまえば普通のミサイルくらいではフライヤーはなんともないわ。

 でも核爆発にはフライヤーは耐えきれないの。ミサイルと比べてフライヤーの速度は遅いから逃げても無駄よ。椅子を外して逃げても同じく無駄。その時には分子分解砲を使うしかないの。ディスプレイの一番上の真ん中に小さな赤ボタンが映っているでしょ。そのボタンを5回連続して押すと火器管制モードになるわ。後は目標の赤点を3回押せばそこに向かって照射されるの。少し面倒だけど火器管制モードは危険だから面倒にしたの。」

 「凄いわね。空飛ぶ戦艦みたい。そんな場面に出会わないことを願うわ。でも、質問。分子分解砲は一つで方向は固定でしょ。後ろからミサイルが近づいて来たらどうするの。」

「銃眼は一つだけど砲自体はπ/8の角度まで可動よ。それと火器管制モードになると砲が付いているフライヤーの底面は可動状態になるの。ボタンを三回押すのは一回目で砲が目標位置になるように底面が回転し、次の一回で砲が正確に目標を捉え、最後の一回で発射されるの。」

 「了解。今ので次の質問も解決できたわ。ほんとはね、不思議に思って質問したかったことがあったの。例えばフライヤーが前進している時、椅子は前を向いているでしょ。そこでノブを右にすると右側に加速されてゆくでしょ。結局U字形の軌跡になるか、ノブを押し続ければ円形の軌跡になるでしょ。そんな時には我々はどちらを向いているのかに疑問を持ったの。下手をすれば後ろ向きに進むことになるって考えたの。でも底面が可動なら問題ないわ。椅子の着いている床の方向はおそらく進行方向に自動調節されるのでしょうね。加速方向ではなく。どう、合ってた。」

「当り。自動車の運転と同じ。進行方向に椅子が向くように上面は動いてゆくわ。でもそれは実際に操縦してみれば直に体得できるわ。」

 「それじゃあ、山頂の樹冠に向かって出発。と、千、空調はどこなの。」

「画面の右端にスクロールバーがあるでしょ。そこに触れればメニューが出て空調欄が出てくるわ。」

「了解。それと当たり前なんだけどフライヤーにはトイレはないわよね。」

「ごめんね、恵。トイレは無いの。でも『どうしても』って言う時には恥ずかしいけど方法はあるわ。椅子の真後ろの縁に接している芝生を剥がすと取っ手の付いている蓋があるの。蓋を開けると管の付いた楕円形の漏斗とゴミ箱があるわ。おしっこは漏斗を引き出して使えばいいし、紙などの汚物はゴミ箱に入れればいいわ。漏斗には常に陰圧がかかっているの。使い終わったら元に戻して水をかければいいわ。蓋を閉じればおしっこと汚物は低分子にまで分解されて外に放出されるの。」

 「すっごい。凄い装置ね。このフライヤーの最高の装置だわ。フライパネルよりも分子分解砲よりも最強合金よりも凄い装置よ。」

「妙齢の女性が乗るのだからね。それくらいの装置は許されるでしょ。」

「感激。安心して山に行こうか。これからはスカートをはいて乗ることにするわ。帰りは操縦させてね。」

「もちろんよ。」

 二人は山の頂上の大木の頂点で下界を眺めながら暖かいクルコルを飲んだ。

「天女ね。」

と恵。

「ほんとにね。」

千が応えた。

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