第9話 9、不思議な実験工場 

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 工場は大学構内の農場の外れに作られた。

建設資材は大学周囲を囲んでいる道路から搬入され、トラックが構内を通ることはなかった。

工場の土地は70年間の借地とされた。

千は多くの山野を昔から所有していた。

それらの一部の広大な林野を演習林として大学に寄贈することで大学構内に土地を借りることができたのだった。

 工場敷地の周囲は2mの長さの亜鉛メッキされた安全鋼板と単管で農場と仕切られていた。

道路側には建設現場でよく見かける大型の鉄の扉でできた入口があった。

工場は平屋で屋根は緩い傾斜を持ち、所々に明かり取り用の天窓があった。

工場の外壁は一般住宅で使用されているようなアルミがコートされたパネルでできていたが窓は一つもなかった。

工場はコンクリートが敷かれた方形の広場が中心にある方形をしており中心の広場はヘリコプターが離発着できるに十分な広さを持っていた。

建物の周囲は玉砂利が一面に分厚く敷きつめられ農場からの種子が育つことを妨げていた。

実験工場は外側から見れば必要最少限の費用で建築されているように見えた。

 工場は外部からの引き込み電線も見えなかったし、上水道のカランも下水道の蓋も見えなかった。

完成後に普通に一見すればそれらの必需施設は地下に埋設されているだろうと想像するだろうが建築を逐一観察していた者がいたとしたらそれらの工事はなされていなかったと証言しただろう。

屋根からの雨水を流す側溝もなかったし、雨水は周囲の砂利に消えて行った。

電気は自家発電で上水は井戸を掘ることで賄(まかな)うことができるが下水は簡単には自家処理できない。

しかしながら、不思議なことに工場は敷地外とは何も繋がっていなかった。

 工場の外観は一ヶ月ほどで出来上がったのだが、その後の目立った建設活動は見られなかった。

入口の門は閉ざされたままであった。

一週間に一回だけ大型のヘリコプターが工場中央の広場に着陸し再び飛び去って行った。

そんなヘリコプターの離発着も2ヶ月で終わり、その後は全く動きがなかった。

工場は完成したらしかった。

 晴れた穏やかな日曜日、恵は千と一緒に実験工場を訪れた。

「とうとう工場ができたわね。」

実験工場の粗末な小さな入口を入ってから恵は千に振り向いて言った。

「そうね、秘密の実験工場よ。」

「千が秘密って言葉を使うからには相当な秘密が使われているようね。時々見学に来ていたのだけれど判らない装置も数多くあったわ。」

「そうでしょうね。工場の基礎部分で新しい技術を使ったから。」

「どんな新しい技術なの。」

 「工場に必要なのはエネルギーでしょ。この工場は外部から電気を導入してないの。自家発電よ。燃料がほとんど只の発電機と大きな電力を取り出せる電池の組み合せなの。」

「全く想像できないわ。」

「発電機は低温核融合を使っているの。燃料は大気中にいくらでもあるわ。問題は選択的に分子を通すフィルターで、恵が作っていたカーボンシートの応用よ。後は多層多段の逆熱電対を使って電力を取り出すの。ゼーベック効果よ。これもある意味で平衡反応ね。そこで生じた電気を原子電池に蓄えるの。原子電池は今の世界にはないわ。物質の結合を変える化学電池ではなく物質自体を変える電池なの。電池の本体は原子番号の大きな重原子で、原子核の中性子を陽子と電子に変化させて電子を取り出すの。原子番号の増えた元素は充電で元の元素に戻るので二次電池ができるの。大容量よ。」

 「低温核融合の話しは聞いているわ。原子電池というのは聞いたこともないわ。でも重原子なら不安定だからできるかもしれないわね。」

「昔、考えたことがあったの。本体は小さいものよ。豊富な電気さえあれば後は何でもできるわ。水も作ることができるし排水も低分子に分解して空中に放出すればいいしね。何と言っても燃料代は只だから。」

「排水成分を低分子にするって完全に燃やすということなの。」

「完全に燃やしてもいいけど原始的でしょ。それに灰の塊はどうしても出てしまうわ。γ線程度の搬送波に原子や分子が吸収できる光や電磁波を乗せて照射すれば理由はわからないけど物体は分解されるの。そんな方法を使っているわ。」

 「千は恐ろしいことをスラって言うわね。物を分子に分解できるまでは結合エネルギーを加えれば切れるから何となく納得できるけど、その方法では原子も分解できるって言っているの。」

「そうよ。原子炉の灰も無害な原子に分解出来るかもしれないわね。そのうちにきっと発明されるわ。」

「生きている間にはお目にかかれそうもないわね。他にまだ秘密があるの。」

 「そうね。後は商品の包装かな。」

「包装って何。」

「恵も知っている通り製品は十㎝の方形の薄板でしょ。そのままでは強度が弱いから枠にはめ込むわね。枠を丈夫にしたの。恵の持っているネックレスの鎖と同じ材料の枠を使ったの。」

「あのものすごく丈夫な金属ね。金属かどうかはわからないけど。実は私、あの後で試してみたの。鎖にタオルを巻きつけて引っ張ってみたの。切れないのよ。最後は出っ張りに引っ掛けて私が乗っても切れなかったわ。あれは何なの。」

「合金よ。普通と違って原子がきっちり整列しているの。」

 「矛と盾の問題ね。質問、千。分子や原子に分解できる装置と考えられない程に強力な強度の金属はどちらが勝つの。」

「矛よ。分子分解ができるからあの金属の細工ができるの。」

「映画でものすごい金属が出て来ていたわね。アダマンチウムなんとか合金とか言ったわ。そんな金属も切断できるのかしら。」

「変調をかける電磁波をスキャンしなければならないかもしれないけれどγ線が入り込めれば切断できるわ。」

「γ線はどこにも入って行くからね。防ぐ物は無いの。」

「もちろんあるわ。矛と盾は常に進化するものなの。いずれ必ず出てくるわ。」

 「材料の炭素とリチウムはどこから購入するの。」

「購入はしないわ。炭素は工場の周りにもふんだんにあるけど、炭素もリチウムも海から貰うわ。」

「畑は近くにあるけど海はここからかなり遠いわ。水を運び込むわけ。」

「海まで地下トンネルを通したの。この工場は作るのにけっこう時間がかかったでしょ。それはトンネルを掘っていたからなの。海はほとんどの元素を含んでいるわ。海水から色々な元素を取り出す方法は皆わかっているのだけれど費用が高くかかって採算がとれなかっただけなの。この工場は只の豊富な電気を使えるから炭酸ガスでもリチウムイオンでも金でも何でも海から取り出すことができるわ。」

「海まではそうとう遠いのだからトンネルを掘るなんて数ヶ月で出来るものではないでしょ。あ、そうか。分子分解装置を使ったのね。」

「ピンポーン、当りー。」

 「でも周囲の壁を処理しなければ落盤などが起るでしょ。大量のセメントが必要だったのじゃないの。」

「岩盤の奥まで深く掘ってから横に掘ったの。岩盤は堅い岩だから落盤は起きないわ。それに、恵には言ってなかったけど分子分解装置は変調波に赤外光を使えば物質内部を熱することができる熱線になるの。表面だけのオーブンではなく電子レンジみたいになるの。それで周囲の岩石を溶岩のように固めることができるの。」

「ひょっとして、トンネルは行きと帰りの二本なの。」

「ピンポーン、またまた当りー。」

「へへ、ひょっとして、入口近くに柵があるのじゃないの。」

 「当りー。トンネル工事でどこが難しかったと思う、恵。」

「そうね。海水を導入する時ね。海水が一気に流れ込んだらそのエネルギーは莫大なものになるから。違う。」

「それも当っているわ。そうなの。予め閘門は作っておいたのだけれど海底と通じさせる時には少し苦労したわ。」

「それにしても、それもこれも全てが安価な大電力に依っているのね。すごいわ。」

「そうね。分子分解装置で使うエネルギーは半端なものではないから発電するしかなかったの。」

 二人は工場の中を進み一つの大きめな装置の前で止まった。

「これが重力遮断パネルの製造装置ね。千の設計図を見て感心したわ。私が一番苦労した実験行程はうまくリチウムが入ったナノチューブだけを集めることだったのだけど、千はそこに遠心過程を入れて簡単にしていたわ。確かに遠心装置を入れれば遠心加速度を遮蔽できる物だけを連続的に取ることができるわね。しかもサイズも揃えることができるし。」

「ありがとう。でも私が一番悩んだのは出来上がったナノチューブを行儀よく同じ方向に枠に詰める作業過程だったの。それでナノチューブの蓋の一方に鉄原子を着けさせてもらったの。鉄原子が入っている方を下にすれば重力遮断するわ。鉄を入れてナノチューブに方向性を付けることで枠にナノチューブを詰めることが簡単になったの。」

「そうか、それで最初に鉄包摂フラーレンを使ったのか。不思議に思っていたの。似たような装置があったでしょ。あれは鉄フラーレンを作る装置だったのね。」

 二人はプラントの最終部に歩いて行った。

装置は動いてはいなかったが製品棚の中に十㎝方形の金属が一つだけ置かれていた。

「恵、これを受け取って。製品第一号よ。一番の刻印もされているわ。恵には内緒でシステムが正常に動くかをチェックしたの。最初の製品よ。裏返せば浮くわ。」

「成功したのね。素敵。」

恵は金属塊を持ち裏返した。

金属は空中に静止して浮かんでいた。

「静止しているって言うことはホムスク星の自転には影響されるのね。」

「枠は重力の影響を受けているから星の自転と一緒に廻っているの。気をつけてぶら下がってみて。」

恵は金属を頭上に掲げて脚を曲げた。

方形の金属は少しだけ下がったが恵を支えて浮かんでいた。」

 「感動。千、私ほんとに浮かんでいる。」

「喜んでもらって良かったわ。恵、これの名前を付けようか。『重力遮断パネル』では長たらしいわ。何がいい。」

「待って。んー、フッカー、フライヤー、どうもね。月並みだけど『フライパネル』はどう。」

「分りやすい名前だと思うわ。それにしましょう。」

「フライパネルか。いよいよ天女の衣装を用意しなければならないわね。」

「久しぶりにお化粧をしましょうか。」

「そうね、ほんとに久しぶり。」

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