第2話 2、謎のトルマリン
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スーパーマーケットで恵は餅米と小豆(あずき)と新しいごま塩の小瓶を買った。
小豆は透明な小袋に入れ水を半分ほど入れて口を捻って閉じた。
恵は大学の正門近くの1LDKのマンションに住んでいた。
マンションの部屋は親の遺産で買い、月々の生活費は奨学金で賄い、欲しい物があればアルバイトをした。
恵と千は手早くお赤飯を作って皿に盛り、ごま塩の瓶を軽く叩いて胡麻を浮き上がらせてから振りかけた。
あまりに質素な献立であったので恵は冷蔵庫の中の豆腐を賽の目に切ってインスタント味噌汁に加え電子レンジで少し加熱した。
「恵、それでは謎の不可解の原点を食べてしまいましょう。」
「早く消化できますように。」
二人は無言で赤飯を食べ、豆腐の味噌汁を飲み干した。
「恵、それで胡麻は何なの。」
「原点は石なの。計る方向によって重さが違うの。」
「恵がアルバイトで使っていた上皿天秤で計ったのね。石の重さと違いはどれくらいなの。」
「石の重さは40グラムくらいで違いは200㎎ほど。」
「それなら誤差範囲外ね。よく違いに気付いたわね。さすが恵だわ。石は鉱物標本ね。結晶性なの。」
「結晶性よ。トルマリンって表記されていたわ。」
「電気石ね。単軸晶系、C3対称だったわね。」
「千はそんなことまで知っているの。C3って何。」
「群論で出て来る対称性の表現の一つよ。軸の周りで2π/3回転位置に原子があるの。3回まわせば元に戻る配置よ。」
「群論なんて未だ教わっていないわ。」
「そのうちに分子構造の所で教わるわ。色々な色を持つ奇麗な鉱石で宝石やブローチになるのでたまたま知っていたの。」
「それでトルマリンって鉱物は計る方向で重さが違うの。」
「そんなことは聞いたことがないわ。そうなの。計る方向で重さが違ったの。そうなの。恵、計る方向って結晶の軸を縦にした時と横にした時ってこと。」
「そうなの。何度測定しても違うの。」
「恵、おそらく大発見よ。結晶を縦にした時に軽くなったのね。」
「そうなの。縦の方が軽いってどうしてわかったの。」
「だって、何かが重力を遮(さえぎ)っているのだから軽くなったのでしょ。C3対称だから横では平均化されてしまうわ。軸方向に重なって並んでいるので上皿天秤でも分る程の違いが出たと考えるのが妥当でしょう。」
「まだ納得できないものがあるわ。重力を遮る物があったなら横にしてもその物はあるわけでしょ。」
「そうね。ある原子なり分子なり、それ自身が重力を遮ることができるのならそうなるわね。でも結晶成分はほぼ完璧に分析されているわ。もしそんな原子があれば見つかっているはずよ。そうだとすれば重力を遮っているのは知られている既存の原子であって原子の位置と方向に関係があると考えたの。それなら結晶を横に置いたら原子の位置は3方別々の方向を向いてしまうでしょ。それで縦を考えたの。」
「原子の並ぶ方向が重力を遮ったのね。でもなぜ重力を遮ることができるの。重力と原子配置の関連が全くわからないわ。」
「それは恵がこれから見つけることよ。でもトルマリンでそんなことが常に起っているのなら見つかっていてもいいのにね。」
「鉱物標本のラベルにはトルマリンではなくS-トルマリンって記載されていたわ。千はS-トルマリンって知っている。」
「知らないわ。Sは特別SpecialのSなのかしら。特別なトルマリン。でもSから始まる言葉は多いから。Secret秘密のトルマリンかもしれないし、全体のSystemicかもしれないし、沈黙のsilentかもしれない。その鉱物を調べないとSの意味はわからないわね。」
「へへー。持って来ちゃったの。明日返せばいいと思って持って来ちゃった。」
恵はスカートの隠しから紙に包まれたS-トルマリンを取り出し紙を広げて食卓の上に置いた。
「まあ、悪い子ね。でもでかしたぞ、窃盗犯。クッキングスケールあるでしょ。計ってみましょう。単位は10㎎なの。」
「千円程の安物だけど確か10㎎単位で500gまでだと思ったわ。」
恵はキッチンの棚から薄い上皿天秤を取り出し食卓に置いて風袋ゼロのボタンを押した。
「恵、私が計ってもいい。」
「勿論よ。」
千は最初にラップを天板に貼付けてはみ出た周囲をハサミで切り取った。
ハサミで切り取ったラップを二つに切り取ってそれぞれを右手の親指と人差し指に巻き付けた。
次に風袋ゼロボタンを押し、S-トルマリンの六角柱を摘んで静かに天板の上に横たえた。
「横にした時の重さは40.40グラム。」
次に千は六角柱の端を摘んで柱を立てた。
「縦にした時の重さは40.20グラム。0.2グラム減少。」
次に千は六角柱の上下を反転した。
「縦に反転したときの重さは40.40グラム。横と同じ。」
次に千は六角柱を再び横にした。
「横6の1の重さは40.40グラム。」
その後、千は六角柱を回転させて測定し同じ数値40.40グラムを確認した。
「六角柱を一方向に立てた時だけ重力遮断が起るようね。面白いわね。もう少し調べてみましょうか。恵、磁石クリップある。それとプラスチックのコップと紙のコースター、大型カッターナイフの替え刃がある。両刃の安全剃刀の替え刃でもいいけど。」
「千が何をしようとしているのか想像できないわ。でもちょっと待って。持って来る。」
千はプラスチックのカップを天板の上に載せカップの上に紙のコースターを載せその上にカッターの刃を載せて刃の端に円盤形の磁石クリップを着け、全体のバランスをとった。
風袋ゼロのボタンを押してから六角柱を摘んで鋼鉄の替え刃の上に立てた。
「磁場の存在下での重さは35.00グラム。5.2グラム減少。」
次に千は六角柱を反転させて刃の上に立てた。
「磁場の存在下で反対方向での重さは40.40グラム。横と同じ。」
次に千は六角柱を横倒しにして測定し、40.40グラムの値を得た。
千は再び六角柱を立てて「35.00グラム」を表示させた状況にして恵に言った。
「恵、おめでとう。重大な現象を発見したわね。」
「千、これ何。こんなことってあるの。5グラムも減った。磁場が関係しているのね。」
「そう見えるわね。」
「微妙な言い方をするのね、千。磁場は本質ではないの。」
「そうかもしれないわ。」
「千はどうしてこうなるかを知っているのね。」
「知ってはいないわ。そうなるのじゃないかなって思っただけなの。夫は知っているかもしれないけど。」
「夫って。ほんとに。結婚しているの、千。」
「秘密よ。私の商品価値が下がるでしょ。」
「了解。でも千の価値を評価できる人なんて誰もいないわ。千はすご過ぎるもの。そ、れ、でー、と。聞いてもいい、千。」
「何。」
「千のご主人って千を評価できる人なの。」
「できるわよ。私より十倍も凄い人なんだから。私なんて足下にも及ばないわ。」
「そんな人がこの世に居るの。信じられないわ。」
「家の外にはめったに出ない方だから。」
「方か。崇拝しているのね、千。名前は何と言うの。」
「万って名前よ。千の十倍でしょ。」
「ほんとに人間の男なの。」
「もちろんそうよ。」
「将来、私もそんな人と巡り会って結婚できるのかしら。」
「きっとできるわよ。」
「儚(はかな)い希望を持って待つことにするわ。それで千のご主人はどうして重力遮断の理屈を知っているかもしれないの。」
「私より凄い方だから。」
「それだけ。」
「それだけよ。」
「何かトルマリンより千のご主人に興味が湧いて来たわ。毎日何をなさっているの。」
「気ままに過ごしているわ。農作業をしたり、猟に行ったり、ドライブしたり、書き物をしたり、物を作ったり、時々私を相手にして囲碁とテニスと卓球をなされるわ。」
「スポーツに堪能な方なの。」
「普通かそれ以下ね。他の趣味も同じ。」
「それじゃあ、そんなに凄くないと思うけど。」
「でも凄い方なのよ。」
「千、いつかご主人にお目にかかれないかなあ。未来の夫を選ぶのに役に立ちそうだし。」
「今度お聞きしておくわ。恵が発見した事象を知ったら会いたいって言うかもしれないわ。」
「千が足下にも及ばない凄い方か。ワクワクするわね。」
「でも恵、万様のことは誰にも言わないでね。」
「了解。その時にSートルマリンの重力遮断の理屈を伺ってもいいかしら。」
「いいと思うわ。万様は会う人には誠意を持って対応するお方よ。万様が一旦会うことを許したら何を聞いてもいいと思うわ。質問によってはお困りになるかもしれないけれど決して拒否したりお怒りになることはないわ。」
「まるで神様みたいね。」
「そうね。そうかもしれない。」
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