第一話 旅立ち

 僕はすぐさま屋敷へと戻りあらかじめ作っていた荷物を取った。

 荷物といってもそんなに多くはない。野宿五日分とごくごく普通の剣、大銅貨10枚だ。

 『契約でほぼ将来決まるのになんで剣が』って思うかもしれないけど、契約の儀を迎える前に鍛錬、あるいは嗜みとして剣を持つ貴族の子弟はたくさんいるし、国が非常時に戦力を求めたときに使われもする。

 まぁこれで稼いだお金の大半は無くなったけどね。家の連中の目を盗んで頑張ったのに。

 そう思ったがそれもこれまでと前を向く。そして入ってきた隠し通路から敷地外へ。慎重に周りを確認し——全力ダッシュ!


(万が一使用人にでも見つかったらまずいからね。)


 勘当されたのに実は戻ってきていた。十分問題だ。故にこそこそと、されどできるだけ早く門を目指す。家々の裏を伝い、なんとか到着した。


 木製のぼろっちい門に小屋、関所だ。

 普通は領都ともなるとたとえ最下位貴族の騎士爵領でもある程度商隊や冒険者の行き来があるものなのだが、ことプレミア子爵領ではそんな光景も見られない。

 僕はがら空きの小屋の前に立ち、門番を務める衛兵さんに声をかけた。


「すみません。ここ通りたいんですけど。」


「・・・」


 反応がない。どうしたんだろう?

 

「あの〜。」


「・・・」


 これはもしやあれか?いじめというやつか?僕が子供で親もいない社会的弱者だからと無視を決め込んでいるのか?


「あの。」


「・・・」


 やはり反応がない。しかしここで立ち止まるわけにはいかない。僕は何としても隣の伯爵領へ行き、冒険者になりたいのだ。


「あの!」


「・・・」


 流石に青筋が浮かび出てきた。

 僕は周りを確認すると握り拳を作る。一瞬剣を抜いてやろうかとも思ったがそれはちょっと自重した。


「セイっ!」


カンッ!


 随分気持ちのいい間抜けな音が聞こえた。拳が当たったその瞬間、衛兵は


「いっってええぇぇぇーーー!!??」


 そう叫び起きた。その様子にたいそうご満悦な僕。それと同時にこれ大丈夫?とも思った。

 

(街の治安維持や防衛を行う衛兵がこれって。子供の拳骨で未だに悶え苦しんでるなんて。)


 だって十歳の拳骨だぞ。十歳の。いくら情け容赦なく一切の手加減なしに全力でやったとは言えここまで痛がるか普通。


「くっそ。いってぇ。昨日飲み過ぎたか?」


 それを『飲み過ぎ』で片付ける衛兵。これが・・・これが大人か。っていうかもしかなくとも居眠りだった?


「いってぇなぁ。ん?子供。」


 やっと僕の存在に気がつくぼんくら。いや木偶の坊かな?どっちでもいいや。


「隣のアウターハッグ伯爵領に行きたいんですけど。」


「いやいや待て待て!お前親は!?」


「両親は・・・亡くなりまして・・・。」


 嘘は言っていない。勘当されたならあいつは親じゃなくなった。なら死んだも同然だ。

 

 悲しそうに、目を伏せる演技をする。

 すると目の前の衛兵は、バツの悪そうな顔をした。


「あ〜。・・・悪かったな。辛いこと思い出させちまって。」


「いえ。」


「確かにプレミア子爵領はかなり税金高いからな。親のいない子供が他所に移るのはわかる・・・か。よし。」


 意を決したように手を合わせた衛兵は、懐から何かを取り出し投げ渡してきた。


「ほらよっ。」


「あっ。とっ。」


 突然のことだったが辛うじてキャッチする。

 手のひらを見ると、そこには鈍い光を放つ、五枚の大銅貨があった。


「あの。これは?」


「そいつは俺からの餞別だ。頑張れよ坊主。」


 してやったりという顔の衛兵。

 渡されたのは大銅貨五枚。ここの通行税も大銅貨五枚。つまりこの人はこう言っているのだ。『ただで通してやる』と。

 この心遣いに目の辺りが熱くなった。


「ありがとう、ございます。」


 久しく触れていなかった優しさや思いやり。家にいたのでは決して触れることはなかったであろう人の温かさ。


 少しずつ、涙が零れてきた。嬉し涙でも悲し涙でもない。ただ、心地よく、温かい涙だった。


「おっ、おい?」


 衛兵さんの狼狽した声が届く。それを受けて僕は必死に涙を止めた。


 前を向き、右手を差し出す。握られているのは大銅貨五枚。それを衛兵さんへとしかと払った。

 僕は晴々とした面持ちで言う。


「ありがとうございました。この恩は決して忘れません。」


「おう!坊主も元気でな!」


 声を張り上げ、衛兵さんは大きく手を振る。

 それを見ると、僕は門へと歩を進めた。

 それには見たことのない、光や闇に満ちているように見えた。まだ見たことのない、未知の世界への扉に。


——『始めの第一歩』——

 

 そんな言葉が頭に浮かぶ。その言葉を深く噛み締めながら、僕は勢いよく、されどゆっくりと門をくぐった。


 こうして、僕は未来への希望を胸に、生まれ故郷プレミアを旅立つのだった。


————————————————————

あとがき

お久しぶりの琴葉刹那です。今回は『旅立ち』でした。生まれてからこの方忌み子と蔑まれてきた子の旅立ちを描いたつもりです。衛兵のキャラ個人的に結構好きです。さて、次回は『始まりの街へ』です。それではまた次回。ばいばーい。

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