第25話 水面下の秘密



「あら、セン君がプルプを見て固まっちゃったわ」

「・・・世間知らずだからな、あいつはまだまだ知らないことが多い」

「まぁ・・・相変わら言葉がず厳しいのねアインスは」


微笑ましげにセンの様子を眺めるテューヌに、アインスは大皿から山盛りの料理を取りながら答える。

セン達の様子を気にも留めず、もぐもぐと料理を頬張るアインス。


「・・・・・・」


相変わらずマイペースなその様子に、テューヌは紅いヴェニスが揺れるグラスを傾けながら、どこか可笑しそうなほっとしたような表情を浮かべる。


突然アインスが“護衛”として行動を共にし出した、センという少年。

ユピトルから事前に手紙で聴いた時はとても驚いた。

いつも独りで行動していたアインスが、急に“護衛”を雇っただなんて。


それも、精霊が見えるという少年。


さらに・・・『和名』を持つ少年。


アインスのことだから、きっと何か考えがあってのことだろうとは思う。

何かの意味があって、センという少年は現れたのだろうと。


でなければ・・・今時、何故『和名』など。


「うぅう・・・怖かった」


ふらり、銀に透ける髪を力なく揺らしながら、ユピトルの後をよろよろと着いてきてテーブルへと戻った少年。

その姿を見てテューヌはそっと目を細める。

確かにユピトルが事前に教えていてくれたとおり、“何も無い”少年。


そう・・・その、“外見”以外は。


「大丈夫?セン君」

「・・・・・・はい・・・」


力なく椅子に座りうな垂れる彼に思わず笑みを零しながら、センのその姿からそっと目を逸らし。

テューヌは傍らで変わらず黙々と食事を続けているアインスに目を落とした。


何かが起こるのではないかという不安と・・・何かが起きてくれるのではないかという、期待と共に。









その日の夜は、ユピトルの家に泊まらせてもらうことになった。


「狭い家だけど、寛いでいってね!」


と、ドアを開けて少し照れくさそうに僕達を招き入れてくれるユピトル。

明かりが灯された家の中にお邪魔して・・・僕は思わず、目を見開いた。


「すごい・・・」


だってユピトルの家には・・・沢山の魔法アイテムが所狭しと置かれていたから。


例えるならこの前、僕が収納箱を買った道具屋だ。

うん、そっくり。

あらゆる装身具に、大小さまざまな石達に、重厚な古書、金属製の道具に装飾が施された箱。

小ぢんまりとした家の中にぎっしりと置かれた物達。

しかもこれらが全部魔法アイテムだということが、置かれた物達から滲み出る魔力で直ぐに分かった。


「ごちゃごちゃしていてごめんね。

 ここはぼくが魔法アイテムを売っている店なんだ。

 部屋はこっちだよ」


あちこちに置かれた魔法アイテム達を蹴飛ばさないように、ランタンの橙色の明かりに照らされた店内をユピトルの後に続いていく。

ちらり、視界に入る魔法アイテムが気になって思わず足を止めそうになる。


ああ、後でぜひゆっくり見せてもらいたい・・・!


僕は魔石は使わないけど、一応魔法師として魔法アイテムには興味がある。

薬草系の何かがあればもう最高。


「こっちだよ~」


ユピトルの家は、一階は店と、その奥に応接室代わりの部屋が一つ。

店の奥にある階段のところで、棚と魔法アイテム達の合間からユピトルが手招きしている。

その階段を上がると、二階が主な住居になっていた。


一階は魔法アイテムでごったがえしていたけど、二階に行くとすっきりしていた。

この家に一人で暮らしてるから、二階にはキッチンとリビングと寝室くらいしかないんだって。

そんなこぢんまりとした家の中にもちらほらと置かれている魔法アイテムを見ると・・・うん、ユピトルはよっぽど魔法アイテムが好きらしい。

魔法アイテムへの愛を感じる。


「テューヌは寝室を使ってね。

 ぼく達は・・・リビングで雑魚寝でいっか♪」

「・・・なんだと」


あっけらかんと笑うユピトルに、アインスの顔がひくついた。

そんなアインスを他所にひょいっとリビングを覗いた僕は、思わず「わぁ!」と声を上げていた。

だってユピトルの家のリビングは・・・暖炉があって、しかも座り心地がよさそうなソファーまである!

窓の所には椅子とテーブル。

奥にはキッチンがあって、凄く居心地が良さそう。


隣で半目になっているアインスはともかく、僕は一気にユピトルの家が気に入ったのだった。


「・・・・・・」


リビングに入るなり、アインスはどさりとソファーに座り込むと、徐に懐に手を突っ込んだ。

アインスが身に纏っている漆黒のローブ。

向かいのソファーに座ってじっと眺めていると・・・懐からゆっくりと引き抜かれた彼の腕には、ローブと同じように漆黒の何かがだらんと乗っかっていた。


・・・え?


僕は思わず目を丸くする。同時に身を乗り出せば、アインスは僕達の前のテーブルにその黒い塊を置いた。


「あ、メイスを出してあげるの?」

「入れっぱなしだとうるせぇからな」


部屋のカーテンを開けながら、気づいたユピトルが声をかけるとアインスは溜息混じりに呟いた。

その間も僕の視線はテーブルの上に釘付けだ。

目の前に居る、ふわふわして、ツヤツヤして、耳がピンとして、長い尻尾がある・・・生き物。

それは前に汽車の中でちらりと垣間見た生き物だった。アインスの懐から。


あの時、確かアインスは・・・この生き物を“クロネコ”って言ってた。


初めて見るその生き物を呆然と見つめていると、どさりとソファーに背を預け、アインスがその青い目を細める。


「・・・メイス、起きろ」

「・・・・・・」

「せっかく出してやったんだぞ、寝てんじゃねぇ」

「ちょっとアインス・・・メイスをいじめたらダメだよ」

「いじめてねぇ、起こしてるだけだ」


なんて横暴な台詞だ。

ユピトルが嗜める言葉もなんのその、ソファーにふんぞり返って告げるアインスに思わず絶句するも、僕は慌てて目の前のメイスという名だろうクロネコを見下ろす。

すると黒い塊はもぞりと小さく動いて。

その真っ黒な中から・・・不意に金色の目が二つ、僕を見据えた。


「・・・!!」


その予想外の目の色にびっくりして怯む僕に、アインスはフッと笑う。

僕はというと、真っ直ぐに見上げてくる金色の双眸から目が離せない。


だってあまりにも・・・綺麗な金色だから。


不意にその目がゆっくりと細められて。

クロネコのメイスが微かに笑った、気がした。


「メイス。こいつはセンだ。

 俺の護衛だからな、覚えておけよ」

「・・・・・・」


アインスの言葉に、メイスはぱたりと一回尻尾を振って。そのまま再び丸くなると、ゆっくりと金色の瞳を閉じた。

同時にアインスが忌々しげに眉根を寄せる。


「チッ・・・だからせっかく出してやったんだ、寝るんじゃねぇ」

「っいいよアインス!

 眠いんなら寝かせてあげれば・・・!」


ゆっくりと身を乗り出してメイスを見下ろし、アインスが不穏な気配を滲ませるものだから、僕も慌てて彼を止めていた。

だってなんだか・・・苛立ったアインスが、今にもメイスを起こそうと手を伸ばしそうだったから。


「・・・!」


するとメイスは一瞬パチリとその目を開けて。

金色の瞳でじっと僕を見上げると・・・すぐにその顔を体に埋めてまた丸くなり、再びふわふわの黒い塊に戻ったのだった。


・・・不思議な生き物だなぁ。







パチパチと、暖炉で炎がはぜる音が聴こえる。

魔法が苦手と言うユピトルは、暖炉に火を入れる際にスピルタという火を付ける道具を使っていた。

スピルタは、発火性のある薬を先端に着けた小さな木の棒と、それを収納している金属の入れ物に付けられた摩擦面とを擦って発火させる道具。

この間アインスが持ってた(正確には元の持ち主はユピトルだけど)ガルーカよりも一般的に使われている道具だ。

暖炉の中で暖かく燃える炎をソファーに座りぼんやりと眺めながら、僕は小さく息を漏らした。


テーブルの上では、あれからずっとメイスが気持ち良さそうに丸まって寝入っている。

ちょっと触ってみたいけど・・・今は寝てるから、びっくりさせちゃうよね。

そう思ってぐっと我慢する。


それにしても、こうして寛ぐのはなんだか久しぶりな気がする。

ずっと追いかけていたアインスと再会して、その護衛として共に旅を始めて早半月。

振り返れば、怒涛の日々だった。

って・・・まだ半月しか経ってないのか・・・。


なんだかもう一年くらい過ぎた気がする。


と、僕は少し眩暈がしそうになりながら、ユピトルが淹れてくれた暖かい薬草茶を啜る。

これはラヴェンダルの薬草茶で、前に宿屋でも夜眠る前に飲んでいたお茶だ。

というか、基本僕は眠る前はこのラヴェンダルの薬草茶を飲んでいる。

カモミイユという気分をほぐす効果に優れている薬草と合わせてもいい。

安眠作用もあるこの薬草茶は、眠る前の鉄板だ。

泊めてもらうお礼にこのラヴェンダルを含め色々な薬草をあげたら、ユピトルはとても喜んでくれた。


カップから漂う心安らぐ香りに、またほっと息が漏れる。


ユピトルは一階の店に行って何やらごそごそと魔法アイテムの整理をしてる。

これからの旅のために魔法アイテムを入れ替えているそう。


後でぜひお店を見せてもらいたいけど・・・今は忙しそうだから、明日お願いしてみよう。


さっきまで薬草について熱く語る僕の話を聴いてくれ、薬草について色々と教えてくれたテューヌ博士は今はもう寝室へ行っている。

ビオルチェを手に入れたことを伝えたらとても驚いていて、『不死の薬』はぜひ作らせてほしいと言ってくれた。

・・・僕がビオルチェを手に入れた経緯は、僕が止めるのを無視したアインスにやっぱりしっかり説明された。

あれは絶対僕への意地悪だと思う。


不服の意も込めて、僕はちらりとアインスを見遣る。


アインスは窓辺の椅子に腰掛け、テーブルの上のランタンの明かりを頼りに黙々と何かの本を読んでいる。

彼がこうして夜の時間を本を読むことに費やしている光景はもういつものことだ。

アインスは大抵、夜は何かしら調べものをしている。

僕も本を読むのは好きだし、古文書を読むのも好きだけど・・・アインスはもはや何かの研究者のように見える。

ユピトルが置いたカップの薬草茶に時々手を伸ばすくらいで、あとはひたすら黙々と本を読み耽っていた。


そんなアインスに声をかけるのもなんだかはばかられて、僕はまた目の前の炎に目を向ける。


アインスと旅をして、早半月。

一番驚いたことは・・・やはり、ユピトルが杭の下に居たということだろう。

テューヌ博士も。


永らくずっと謎とされていたあの杭に、まさかそんな秘密があったなんて。


杭を抜いたアインスと、当事者であるユピトル達にしか解らない秘密。

魔法師達の間で、いや人々の間でずっと脅威と畏怖の対象だった杭に、まさかこんなにも近づく日が来るなんて思いもよらなかった。

魔法師としては・・・それに、憧れのアインスが抜いて回っている対象だからこそ、僕自身もいつか近くに行って杭を見てみたいとは思っていたけれど。


予想外に、あまりにも“巨大なもの”に近づいた気がして。

けれどもそれが大きすぎて、僕にはまだ実感が湧かなかった。


炎がはぜる音だけの静かな空間に、時折アインスの指が本のページをめくるぱらりという音だけが聴こえていた。

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