古の歴史
第22話 不死の薬
それから数日後、旅の支度を整えた僕達は、“次の杭”がある場所・・・かつてメヌリスという国が存在した地を目指し旅立った。
メリヌスは、かつては豪華絢爛な文化が栄えた芸術的な国だったらしい。
けれども杭が打たれてから、国の都は瞬く間に廃墟と化し、人々も他国へ散り散りに逃れるしかなかったという。
その“杭が打たれた場所”へ向かう途中で、僕達は先にルエダという街に寄ることになった。
テューヌ博士に僕を会わせる為だ。
「テューヌには手紙を出しておいたよ!
ルエダに来てもらうことになってるから、そこで会えるよセン君」
「・・・!」
ルエダまでは汽車を乗り継いで行く。
アインスを追いかけて飛び乗った時と同じ型の汽車に、僕達三人は乗り込んでいた。
アインスの向かいに座っていた僕は、隣に座っているユピトルに言われてぱっと顔を上げる。
思わず顔が緩んでしまうのが自分でも解る。
だって・・・あのテューヌ博士に会えるんだ!!
これで喜ばなかったらもはや薬草好きとは言えない。
ルエダはユピトルが住んでいる町で、豊かな港町だと魔法師学校に居たころ聞いたことがある。
孤児ばかりだった魔法師学校の生徒達が外の世界の広さを知ることが出来るよう、魔法師学校では、魔法の勉強以外にもこの世界の地理や歴史といった内容も教えてくれた。
だから僕は、外の世界については実際に自分では見たことはないけど知識では知ってたし、魔法師学校の授業で歴史にも興味が湧いたから、歴史書を読むのも好きで大体は把握してる。
そんな自分がまさかこうして実際に外へ出て旅をして、知識でしか知らない街に行くことができるなんて・・・なんだか不思議な気分。
しかもあの、アインスと一緒に。
ちらりと前を見ると、直ぐそこにアインスが居る。
窓枠に肘を突き窓の外を眺めているその横顔に、実感する。
あのアインスと一緒に旅をしてるって。
ずっと噂で聴くことしか無かった・・・杭を抜く旅を。
その現実が僕にはなんとも不思議で、同時に嬉しかった。
そしてなんと、書物や話でしか知らないテューヌ博士にも会えるなんて!
ルエダの近くあるエンティアという都市・・・ユピトルの話だと、テューヌ博士はそのエンティアに住んでるらしい。
テューヌ博士が所属する薬草学研究所は、エンティアにある。
薬草や魔法薬の研究や調合において世界で最も高い知識と技術を誇る薬草学研究所があるエンティアは、世界各国から様々な薬草が集まり、薬草の行商も盛んに行われている。
薬草好きにはまさに聖地。
「セン君は薬草好きなんだよね?
テューヌ、会ったら喜ぶだろうなぁ」
にこにこと嬉しそうに話すユピトルに、僕も思わず顔が綻ぶ。
僕としても、そもそも自分と同じくらいの薬草好きには会ったことが無かったから、あの憧れのテューヌ博士と会えることがとても楽しみで仕方ない。聖地であるエンティアにも、そのうちぜひ行ってみたいなぁ。
外を自由に歩ける事実に、心は一気にうきうきしてくる。
「・・・セン。
前に言っていた薬草、どうする気だ?」
不意に、黙って窓の外を見ていたアインスが口を開く。
「薬草?
あ!あのレアな薬草!?」
「ああ、お前が魔石を売っ払って得た薬草だ」
「う・・・」
アインス・・・いつまであの話を引きずるんだ!
と、意地悪なアインスの言葉に内心憤慨しながらも。
僕はぐっと堪えてしばし思案し・・・答えた。
「・・・お茶にして飲む?」
「え!?」
途端に隣で今まで何故か肩を震わせていたユピトルが、驚愕にバッとこちらを見て大声を上げた。
「しーっ!ユピトル声が大きいよ」
「ご、ごめん・・・ってセン君、今何て言った?」
「え?
薬草を、お茶にして飲む・・・。
だって僕の知識と技術じゃ、とても魔法薬になんてできないよ」
ぽかん、と口を開けているユピトルに、僕は困ったように呟いた。
魔法薬を作るのは難しく、更にこの希少な薬草を使った魔法薬作りには高度な技術が居るのだ。
残念ながら僕にはとてもじゃないけど作れない。
その様子を見て、アインスが眉間に皺を寄せたままゆっくりと口を開いた。
「・・・テューヌに魔法薬にしてもらえ」
「え!?」
テューヌ博士・・・“不死の薬”の調合が出来るんだ!!
さすがテューヌ博士!と感激した僕は、思いがけなかったアインスの言葉に身を乗り出す。
しかもあの幻とまで言われた“不死の薬”を目にすることができるかもしれない・・・そう想うと、気分が上がらないわけがない。
「・・・!」
そんな僕の勢いに合わせるかのように、嫌な予感がするとばかりにぐっと後ろに引くアインス。僕とは対照的にその口は真一文字に引き結ばれている。
が、そんなアインスの仏頂面などお構いなしに、僕は内心小躍りしていた。
「あのテューヌ博士に魔法薬にしてもらえるなんて・・・!
凄いや・・・」
「・・・神秘の薬草“ビオルチェ”、それを魔法薬にせず茶にして飲むなんざ聞いたこともねぇ」
「ビオルチェ?」
はぁ、と盛大なため息を漏らしながらぼやくアインスの言葉に、ユピトルは「それ、聞いたことある薬草だなぁ」と記憶を手繰り寄せる。
けれどもユピトルが思い出す前に、アインスが再び口を開いた。
「ビオルチェからは“不死の薬”と呼ばれる妙薬が作れる。
傷の再生、解毒、病にも効きおよそこの薬では治せないものは無いと言われている。
“この薬があれば死ぬものは居ない”とまで言われているが、なにぶん希少な植物であるビオルチェの尚且つ乾燥させた根と茎の境からしか薬の成分が抽出できない。
その上、この薬を調合出来る者は限られている。
だから滅多なことでは出回らず、手にすることは出来ない」
「・・・・・・」
「実際にこの“不死の薬”が使われたのは、俺が知っている中では過去に二回。
どちらも使われた者は死に掛けた状態から無事回復している。
だから効果は確かだ」
アインスが淡々と話す様子を、僕は目を見開いて聴いていた。
隣に座るユピトルも同様に。
信じがたい様子で。
何故ならこの薬が実際に使われた話など文献でも過去に数回、僕自身はもちろん直接聴いた事などない。
薬草学や魔法薬の世界でも、実際に“不死の薬”なのかどうか、あまりにも実証が少なすぎて確証が得られずに居るくらいなのだ。
でもアインスはでたらめを言っている様子ではなかった。
「・・・っ」
ごくり、思わず唾を飲み込む。
いつの間にか呼吸を忘れ、喉の奥が乾いていた。
「アインスは・・・どうしてそんなこと、知ってるの・・・?」
「・・・・・・」
なんとか言えたのはそれだけだった。
薬草に詳しいはずの僕でも知らない事を・・・アインスは知ってる。
それに・・・“過去に二回、知っている”という“不死の薬”が使われたという内容は、まさか直接見たのだろうか?
だとしたら、一生に一度お目にかかれるかも分からない“不死の薬”を二度も目にしていることになる。
いや、そんなことは在り得ない。
でもアインスの雰囲気や様子から・・・魔力が無いのに何故か魔法に詳しそうだったり、何か聞けば必ず答えが返ってきたり。アインスは多くは語らないけど、色々“知っている”気はしていた。
アインスは・・・一体何者なんだろう?
目の前に座っているのに。
不意に僕は、アインスがなぜだか酷く遠くにいるような気がした。
そんな僕の戸惑いや疑問をよそに、汽車はやがて目的地に到着した。
降り立った港町ルエダは、ユピトルが言っていた通り、豊かさを感じられる明るい陽気さが漂っていた。
すぐ傍にはまっさらな海・・・生まれて初めて海を目にした僕は、思わず口を呆けさせ目を丸くする。
陽の光にキラキラ輝く波打つ水面、風に乗ってくる独特の海の匂い。頭上を真っ白い海鳥のラロスが何羽も舞い、カァカァと不思議な鳴き声を響かせている。
あまりにもまぶしくて、僕は何度も目を瞬かせた。
「・・・すごい」
「ね、海ってなんだか凄いよねぇ」
思わず口からこぼれたぼやきに、隣に立ったユピトルもまた眩しそうに目を細めて海を見やる。
「朝にはここら辺一帯に、漁から帰ってきた船がひしめき合っていてそれも凄いよ!
それに採れたての魚が美味しいんだぁ。
あ!セン君は生の魚って食べたことある?」
「生の魚?」
ユピトルの話を聴いていた僕は、思いがけない言葉にぎょっとしてユピトルを見上げた。
「生の魚・・・って、食べれるの?」
おそるおそるユピトルに問う。
魚は煮たり焼いたりして食べるものだし、生の魚なんてとても食べられそうにない・・・なんだかお腹を壊しそう。
想像した僕は想わず口を引き結びお腹を押さえていた。
そんな僕の反応は予想通りだったのか、ユピトルは楽しそうに笑った。
「そうだよね、普通は生の魚なんて食べないよね「あ!!」
と、そこでふと僕はユピトルの言葉を遮った。
“あること”を思い出したのだ。
そのままバッとユピトルを見上げる。僅かに身を乗り出して。
「そういえば・・・昔“ヤマトノクニ”って場所では、生の魚を食べていたんだって!」
「・・・!」
言われたユピトルは口を噤む。
一瞬、その目を丸くして。
それに構わず、僕は先日の歴史書で読んだ内容を夢中で思い出す。
「ええとなんだっけ・・・“ヤマトノクニ”って場所では独特の文化が発達していて、島国で漁業も盛んだったから生の魚も普通に食べる文化だったんだって。
確か・・・サシミ?とかいう名前の料理だった、とか」
「・・・へぇ」
「他にも色々、独自の文化があったみたいだよ」
目をぱちくりさせているユピトルに、僕はちょっと得意げに胸を張った。
“ワメイ”という文化の存在に興味を持ってから、時間があればヤマトノクニについて記された歴史書や古文書を読んでいる。
あれから折に触れて読み進めるうちに次々と解ってきたその独自の文化がとにかく興味深くって、僕は今すっかりヤマトノクニの文化にはまっている。
でも今持っている歴史書の中には、一冊にしかヤマトノクニのことは載っていない。
他にも記録が残ってないか調べたいなぁ・・・本屋に行って他の歴史書を探してみよう。
「歴史書が好きで、よく読んでるんだ。
他にも昔の文明で、魚を生で食べていた頃もあったのかもしれないけど・・・僕が知る限りだと“ヤマトノクニ”くらいかな」
「セン君って物知りだねぇ」
興味深げにユピトルが頷く。
そしてどこか嬉しそうに僕の顔を覗きこんだ。
ちょっと悪戯な様子で。
「じゃあ・・・このルエダでも生の魚を食べる文化があるって言ったら、びっくりするかな?」
「え!?」
言葉通り驚きの声を上げた僕に、ユピトルはまた楽しそうに笑った。
「じゃあ明日の朝は生の魚を食べてみよう!
ぼくの知り合いが料理屋さんでね、そこで作ってくれるから」
「生の魚・・・!」
すごい!
歴史書でしか知ることが出来ないと思ってた生の魚を食べる文化を、体験できるなんて・・・!
僕はもうすっかり興味津々だ。
だって、歴史書で読んだ古の料理の“サシミ”を実際に食べられるなんて。
今日は憧れのテューヌ博士にも会えるし、嬉しいこと尽くしだ。
・・・アインスが、僕の背後に立つまでは。
「セン」
「え?」
「泳げるか?」
「え?
わぁっ!?」
は、と気づいた時には僕は勢いよく突き飛ばされていた。
背後に立った、アインスによって。
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