第20話 杭の真実
「杭の下に・・・居た?」
ぽかんとして返した僕の言葉に、ユピトルは解っていたように苦笑した。
その表情とは裏腹に・・・寂しげな、目。
「だよね、意味が分からないよね。
ごめんねセン君・・・びっくりさせて」
「え、と・・・」
あははと笑うユピトルに、僕は戸惑いを隠せない。
けれども彼からは先ほどのどこか深刻な気配が消えていた・・・それに少しだけ安堵する。
いつも彼が纏っている穏やかな空気が戻っていたことに、内心ほっとした。
その間ユピトルは、うーんと頭を捻らせて。
「簡単に言うと・・・あの杭って言うのは、まぁ皆は知らないんだけど、人の上に打たれたものなんだよね」
「人の上に!?」
思わず声が上がる。
耳を疑った。
だって、あの杭が・・・“人の上に”打たれたものだって?
そんなの聴いたことなんて無かった。
杭については、実態を知る者は少ない。
なぜなら大概の人間は・・・杭が放つ強烈な呪いがゆえに、杭が刺さった周辺に近づくことすら出来ないのだから。
だけどまさか・・・そんな事があるなんて。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
理解が追いつかず言葉を失う僕にユピトルはまた笑って、ふと手を伸ばすと僕の頭をぽんぽん撫でた。
優しい仕草で。
「詳しく話すと混乱しちゃうだろうから、あんまり話せないけど・・・。
ぼくはずっと前に、突然杭に打たれてしまったんだ。
それでアインスに杭を抜いてもらって・・・助けてもらったんだよ」
「・・・ああ!
杭って“天の裁き”とか言われてるけど、そういうこと・・・?」
頭を撫でられながらふと思い出す。
そういえば歴史書にも書いてあったっけ。
どうして突然、この世界に杭が打たれたのかは誰にも分からないけど・・・何の前触れもなく天から打たれる杭は、古来から“天の裁きだ”と人々から恐れられてきたと。
「・・・あれ?
でも、最後に杭が打たれたのは確か・・・」
今から・・・100年前の、はず。
僕の疑問は顔に出ていたのだろうか。
ふと、ユピトルが微笑む。
「最後に杭が打たれたのは100年前って話だね。
・・・ぼくはその“100年前”じゃ無いけど」
ふふ、と小さく笑いながらユピトルは目を細めた。
「・・・杭は、打たれるとそのまま“時が止まる”みたいなんだ」
「・・・・・・」
静かに続けられた彼の言葉に、僕は絶句していた。
一瞬理解ができなくて・・・でもすぐにその言葉だけを認識した頭で、ただまじまじと目の前に立つユピトルを見つめる。
確かめるように。
そうして食い入るように見つめるしかない僕に、ユピトルは微笑んだ。
「だからぼくは・・・杭を打たれた“当時”のまま。
ぼくが実際に暮らしていたのは今から約300年ほど前。
それからぼくは歳を取ることもなく・・・死ぬこともないまま、ずっとあの杭の下に囚われ“生きていた”」
“当時のまま”。
言われた言葉が、僕にはにわかには信じられなかった。
この頭を撫でる暖かい手が・・・今から何百年も昔に生きていた人の手?
「アインスが杭を抜いてくれなければ、ぼくは永遠に、あの杭の下に囚われたままだった」
言葉を失ったまま戸惑う僕を宥めるように。
さらり、僕の髪を撫でる手が離れる。
その手をぎゅっと握り締めて、ユピトルはどこか寂しげにこちらを見た。
「生きることもなく、死ぬこともない。
永遠に止まったまま。
止まっているからぼくには痛みも苦しみも無かったけれど・・・それは“無”と同じだったよ」
囁くようなに告げられたユピトルの言葉。
その声色に、気づいた。
“無”と同じ。
痛みも苦痛も苦しみも無い、止まった時間。
だけどそれは・・・存在しないことと同じ。
変わることも前へ進むことも許されない。
生きることを許されない時間。
「・・・っ」
どくりと心臓が鼓動して。
覚束なかった視界が鮮明になって、手に血が通い熱を感じ、この命が鮮明になる。
やるべきことがあると、解った時に僕が知ったあの“喜び”。
未来への可能性に胸を躍らせ、この人生をより良くしていく喜び。
生きていく喜び。
その喜びを・・・感じることができない、時間。
僕には味わったことがないから分からない。
でもその止められた時間は・・・まるで永遠の牢獄のようだと思った。
「それは・・・それは、酷い・・・ことだよ。
なんでユピトルがそんな“天の裁き”を・・・っ」
天?
それは一体・・・“誰”?
沸き起こる疑問と戸惑い・・・遣る瀬無さに僕はうつむく。
杭というものが一体何なのか分からない。
でも・・・罪の無い人を理由なく捕らえ苦しみを与えたその身勝手な仕打ちに、手が震える。
杭を抜きたい。
行き場の無い悔しさに押され、僕の中に不意に浮かんだ想い。
それは音もなく沸き起こり、焦燥ように僕の胸の奥を焦がした。
それは怒りだった。
・・・もしかしたら、アインスもこの理不尽さに怒って杭を抜き始めたのかな・・・。
だとしたら、その気持ちはよく分かる。
ある日突然、理由もなく何百年も時を止められるなんて・・・そんな酷い話は無い。
「・・・・・・」
無言で憤る僕を、ユピトルは黙ったままじっと見下ろしていた。
酷く悲しげに・・・その瞳を翳らせて。
そのままそっと目を伏せ、小さく笑う。
「・・・全ての杭の下に、人が居る。
アインスがこれまでに抜いた杭は四本。
ぼくを含めて、同じ境遇の人があと三人居る」
ユピトルの言葉に僕はハッと我に返り顔を上げる。
「・・・彼らもぼくも、アインスに感謝しているよ。
アインスのおかげで・・・ぼくらは救われたから。
だからぼくは、アインスへの協力は惜しまない」
「ユピトル・・・」
最後は、何処か決意を滲ませる声だった。
彼の話を聞いて、ユピトルがアインスを慕っている理由がよく分かった。
振り返ればユピトルは、なんだかんだ言いながらもアインスのわがままをきいていたし・・・アインスを理解しようと、いつだって一生懸命な感じがする。
じっと見つめている僕に、にっこりと、ユピトルは笑った。
「杭を抜かれた今の時代は、ぼくらが実際に生きていた時代ではないから・・・杭を抜かれた直後はとても戸惑った。
でもその時にはすでにキュリウスとテューヌが居て、ぼくは彼らにもずいぶん助けられたよ」
キュリウスと、テューヌ。
「その二人が・・・あと二人の、杭を抜かれた人たち?
・・・って」
ハッと、僕は気づいて目を見開く。
「テューヌって・・・テューヌ博士!?」
「うん。
二人とも今は別々の町に住んでて、テューヌは・・・セン君も知っている通りとても有能な魔法薬師になってるし、キュリウスは本屋を営んでる。
ぼくは魔石やアイテムを探してあちこち歩いて回ってるから、二人にもよく会ってるよ。
あともう一人居るんだけど、その人は僕の次に杭を抜かれた人で・・・彼は・・・うん、ちょっと変わってるんだよね・・・・・・」
最後はなぜか困ったように言葉を濁しながらも。
嬉しそうに笑うユピトルに、僕は感じた。
暖かい、想いを。
まさかあのテューヌ博士も、ユピトルと同じく、杭の下にずっと囚われ続けていた人だったなんて。
しかもキュリウスというのも人の名前だった・・・最初にその名を聴いた時、てっきり「キュリウスの本棚」という魔法アイテムだと想ってたけど。
そんな思いがけない事の数々に動揺してしまう。
けどユピトルから伝わってくる親しみのこもった暖かい想いに、僕は知った。
同じ境遇だった三人は・・・突然この時代で“再生”したユピトルにとって、大切な“仲間”なのだと。
どれだけ戸惑い、孤独だったのだろうか。
何もかもが様変わりして誰も自分を知る者が居なくなってしまった時代、見たことも無い景色、慣れ親しんでいたものは全て過去に失われて。
そんな場所で突然“生きろ”と言われたら、きっと途方に暮れてしまうだろう。
杭を抜かれこの時代に放り出された時のユピトルを思って、僕は悲しげに顔を歪めた。
「・・・でも正直、杭を抜かれた直後のことは、必死すぎてよく覚えてないんだよね」
「え?」
ユピトルの言葉に僕は目を上げると、彼は困ったように笑っていた。
「だってアインスってば、酷いんだよ!
杭を抜かれて何がなんだか分からなくて途方にくれているぼくに『好きに生きろ』とか行ってさっさと置き去りにしちゃって!
直ぐにキュリウスとテューヌが来てくれたから助かったけど・・・二人が来てくれなかったら、ぼくきっと発狂しちゃってた」
「・・・へ?」
な、なんてことを・・・アインス!!
アインスのあまりの傍若無人っぷりに絶句する。
「杭を打たれていた間は時間が止まってたっていったって、杭を抜かれた今はまた生きてるわけだから、お腹もすくし・・・まぁ、生きていかなきゃいけない。
でもアインスはそこまで親切じゃないから、いきなり放置されて・・・ああ、思い出したくない・・・」
そのときの絶望を思い出したのか、ユピトルが口元を押さえ青ざめる。
「・・・とはいえぼくはラッキーだったよ。
一番最初に杭を抜かれたキュリウスは本当に最悪だったそうだからね。
まぁ彼は凄く賢いから、なんとか状況を把握して、大丈夫だったけど」
もし僕だったらきっと発狂してのたれ死んでいたに違いないよと、ユピトルは若干青ざめたまま呟いたのだった。
アインス・・・酷すぎる・・・。
それから僕はユピトルと共に宿屋へ帰った。
ユピトルから、“仲間”のテューヌとキュリウス、あともう一人のウーラという人の話を聴きながら。
始終ニコニコと嬉しそうに話すユピトルから、本当に彼等を信頼していることが伝わってくる。
その様子が微笑ましくて・・・そんな仲間が居るユピトルが、なんだか羨ましく感じられた。
だけどふと、想ったんだ。
ユピトルは何故か、“自分理不尽に杭を打たれたこと”に対しては何も言っていなくて。
その理不尽さに怒るわけでも、そうなった事実を恨んでいるわけでもなくて。
まるで受け入れているようだったから。
突然杭を打たれ、人生も日常も、当時一緒に暮らしていた家族や友人達も全部奪われたようなものなのに。
それは酷く理不尽で、杭を打たれたことや杭を打った存在への怒りを覚えてもいいはずなのに。
ユピトルは、ただ静かに微笑んでいた。
それはもしかしたら・・・過ぎたことに囚われていたくないからなのかもしれない。
でもきっと、杭を打たれたことも、“杭の下”にいた時間のことも、彼にとっては苦しく辛い記憶だろう。
だから思い出させない方がいいだろうなと、僕もユピトルにそれ以上は訊かなかった。
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