第18話 ターコイズブルーと黒い星
道具屋に残された僕は、ユピトルと共に収納箱を探すことにした。
アインスのことは気がかりだったけど・・・去り際のアインスの有無を言わさぬ後姿を思い出すと、追い掛けるのははばかられた。
あの時のアインスの背中は。
他者を寄せ付けないような、着いていくことを拒むような、そんな雰囲気がしたから。
「・・・あれ、収納箱かな?」
気を取り直して道具屋を見回っていると、奥のほうに、壁から下げられている複数の鞄がある事に気づく。
おそらく収納箱だろう。
そこに魔力を感じて、吸い寄せられるように近づいていく。
「お!よく見つけたねセン君。
収納箱って見た目は普通の鞄と変わらないから、よく見間違えるんだよねー」
壁から無造作に下げられた肩下げ鞄達に触れる僕に気づいて、ユピトルが感心したように言う。
確かに見た目は普通の鞄と全く変わらない。見ただけではなかなか分からないだろう。
収納箱には色んな種類があった。
ユピトルが使用している背負うタイプの鞄。壁から吊り下げられているような肩から提げるタイプのもの。
腰にくくりつけられる小さめなものもある。
一様に革製で、角には金具が嵌められた丈夫な造り。
「セン君は収納箱の仕組みは知ってる?」
「仕組み?」
ユピトルの言葉に僕は首を傾げていた。
今まで収納箱を所有したことが無いから、その詳しい仕組みは知らない。
知っていることといったら・・・収納箱が普通の鞄に魔法を掛けた代物だってことくらい。
だからさっきも収納箱から漂う魔力から、普通の鞄と収納箱が見分けられたのだった。
「収納箱は、珍しい“時空の魔法”が使われているんだって」
「時空の・・・魔法?」
耳慣れない魔法の言葉に、僕は驚いてユピトルを見た。
ユピトルも不思議そうに収納箱を眺めている。
「ぼくも詳しくは分からないんだけど、その時空の魔法は、人を移動させたり言葉を届けたり、此処にはない空間を分け与えたりしてくれるんだって。
こうした収納箱や移動の魔法道具・・・後は、郵便とは違って直ぐに言葉を届ける魔法道具に使われているんだ。
でもとても高度な魔法だから・・・そうした魔法道具はあまり多くは出回っていないけどね」
「・・・初めて聴いた」
魔法師学校でも、時空の魔法なんて習っていない。
そういえば・・・魔法師学校で収納箱の話が出た際に、それに使われている魔法については「知らない方が良い魔法もある」と“教えられた”。
さっきアインスにも似た様なことを言われた。
“知らない方が良い”・・・それって一体どういうことなんだろうと、僕は収納箱のことも忘れ考えにふけり出す。
「うーん、なんでも時空の魔法は、危険だからってあまり知られていないみたい」
「危険?」
「ええと確か、こうした魔法道具に使う程度ならいいんだけど、時空の魔法は時空を越えてしまうこともできるんだって。
時空を超えるっていうのは・・・時代をさかのぼったり、先に行ってしまったりすることみたい」
時代をさかのぼったり、先へ行く?
なんとも信じがたい話。
そんなことが・・・本当にできるのかな。
初めて聴いた、時空の魔法の話。
興味を惹かれながらも思いがけなかったその内容に目を丸くしてユピトルの言葉を聴いていると、彼は前にこの話を知り合いの魔法師から聴いたんだと、当時の内容を思い出しながら続けてくれる。
「でも時空の魔法で、そんな風に時空を巻き戻したり早めたりするのは禁忌にあたるんだって。
だから魔法師協会も、魔法師達が迂闊に使わないように注意しているみたい」
「禁忌・・・」
ずいぶんと重々しい響き。
だからだろう、魔法師学校で習わなかったのは。
極力知らない方が良い・・・ましてや新米魔法師達には、好奇心で使われでもしたら困る代物なのだろう。
その、時空の魔法というのは。
「不思議な魔法・・・」
時空の魔法ということは、精霊が力を貸しているはず。
どんな精霊なんだろう?
せひ会ってみたいなぁ・・・でも、禁忌とまで言われている魔法の精霊だから、好奇心で探すのは良くないのかも。
そう思い直して、僕は沸き起こる好奇心を押し留める。
いつか・・・自分がもっと魔法師として知識も経験も増えたら、探してみたい。
『・・・お前は魔力は強いが、魔法については未だ何も知らない。
いや・・・お前は知らない方が良いものも、この世には在るということだ』
先ほどアインスに言われた言葉を思い出す。
“お前は知らない方が良い”
そう言われた言葉が、なぜだか胸に突き刺さった。
まだまだ未熟だと、言い放たれた。
「・・・・・・」
でもそれは事実だと、僕は小さくため息を漏らす。
だって確かに、アインスの言うように・・・自分はまだ何も知らない。
魔力はあっても、それを使った経験も浅い。
それに・・・先ほど見た魔石の、これまで感じたことのない種類の魔力。
今、ユピトルの話で聞いた時空の魔法のこと。
この世界には、僕がまだまだ知らないことが沢山ある。
「・・・もっと知りたいな」
ぽつり、僕は呟いていた。
“まだまだ知らないことか沢山ある”
そう思うと・・・焦ると同時に、楽しみにもなってくる自分がいた。
だって気になって仕方ないんだ。
アインスは知っていて、僕はまだ知らない様々なこと。
これまで触れられずにきた広すぎるこの世界に・・・触れられること。
“知らない方がいいこと”も、確かにあるに違いない。
それでも僕は楽しみだと思った。
これから先が。
アインスに着いて行くからこそ見られるだろう、沢山のことが。
「その収納箱にするの?セン君」
「・・・うん、これがいいかな」
明るいユピトルの言葉に、目の前の収納箱に意識を戻して。その中から一つ手にしていた小ぶりの収納箱に目を落とす。
それはベルトを通して腰に下げられるタイプのものだった。
あまりかさばる荷物は持ちたくないから、このくらいが小さくて邪魔にならず、ちょうど良い大きさ。
「いいんじゃないかな?
見た目は小さいけど、収納箱だからさ。
量は結構入るよ」
隣のユピトルも満足そうに頷いて。
僕はその収納箱を購入することに決めた。
その頃。
アインスは、一軒の喫茶店の店内に居た。
あえて人で賑わう店を選び、人々が会話し笑う声が聴こえてくる中、彼が選んだ席はひっそりと静かな隅の席。
観葉植物の陰に隠れて容易く見えない場所で、カフィを飲みながら分厚い本を読み耽る。
と、その青い瞳が不意に書面から店内へと視線を映した。
「やあ、待たせたね」
音も無く店内に入りアインスが座る席までやってきた、一人の男。
視界に真っ先に飛び込む、ターコイズブルーのような鮮やかな髪。
正直かなり目立つ・・・いやそんな程度では無い。
その装いも相まって相当目立つ。
男が身に纏っている服には袖は無く、喉元まで覆われたぴったりとしたグレーの上着。
ゆったりとした派手な赤いズボンの足元は・・・海のある地域でよく見かける、素足に履くぺらぺらな靴。
目元には陽の光を避ける黒い硝子の色眼鏡を掛けている。しかも硝子部分が何故か星形だ。星形。
奇抜にも程がある。
けれどもそんな見た目のインパクトに隠れ、彼のぴったりとした服から伺える筋肉といい、無駄の無い歩き方といい・・・見るものが見れば直ぐに解るだろう。
この男が相当な手練れだと。
「・・・・・・」
けれども奇抜な格好をしたその人物が歩み寄ってくるにつれ、アインスはすっと目を逸らした。
何事もなかったかのように読んでいた本に再び視線を落とす。
男がテーブルの横に立っても尚、本から目を上げない。
他人の振りである。
それ気づいた男が黒い星形の硝子越しに僅かに目を細めた。
「・・・ちょっと。
貴方が用があるって言うから来たんだけど?」
「お前自身が来なくても良かったんだが」
不服そうに腕組みをした男にアインスは本を見据えたまま口を開く。
そしてようやくちらりと男に目をやった。
「ネックレスは送っただろう。
何でお前が来た」
「おや、相変わらずツレないねぇ。
ボクが貴方に会いたかったから来ただけだよ」
「俺はお前に会いたくねぇ」
ため息混じりにきっぱりとそう答えて。
聊か乱暴に本を閉じるアインスを見下ろし、男はどこか楽しげに笑みを浮かべる。
そのままさっさと向かいの椅子を引いて座り込んだ。
「貴方から連絡があった時、ちょうどキュリウスの書庫の近くに居てね。
彼の本棚を使わせてもらったんだ。
なんだかんだ優しいよねぇ彼」
笑みを含んでそう言って、注文を取りにやってきた店員に慣れた様子でカフィを頼む。
そしてカチャリと星型の色眼鏡を外した。
仏頂面のアインスを見る、銀色の瞳。
目が合うなりアインスは益々眉根を寄せた。
「っつーかその色眼鏡、どうにかならねぇのか。
あと服もだ」
「ボク眩しいの苦手なんだよねぇ。
服に関しては注文は受け付けない。
ボクはこれが好きなの」
「・・・・・・」
だからって何も星形じゃなくていいじゃねぇか。
と、喉元まで出かかった言葉をアインスは呑み込む。
この男に何を言っても無駄だと思い直したからだ。
案の定、男はアインスからの苦情も笑顔でかわし、睨む視線を物ともせずポケットから錆びた鎖を引っ張り出す。
ジャラリ、木製のテーブルに置かれたのは・・・先程アインスが男に送った、黒い魔石のネックレス。
「・・・二度手間じゃねぇか」
「いーの。
ボクは貴方に会いに来たんだから。
この魔石も今からちゃんと調べるよ?
貴方の目の前でね」
アインスからの文句を先回りをして制するように告げ、男はテーブルに頬杖を着き、黒い魔石を手持ち無沙汰に摘み眺める。
そこそこに魔力があるだろうに、魔石から滲む闇の魔力を受けても顔色一つ変えない。
この男は、闇の魔法を研究している。
しかもそれが“興味本位”ときた変わり者。
元々魔法にはさっぱり興味が無かった彼だったが、アインスに言われて闇の魔法の研究を始めたのだった。
面白そうだったから。
「・・・ウーラ」
「ん?」
「どうせ何もかも暇つぶしだろうが」
「え?」
きょとん、と魔石から目を上げ小首を傾げる男・・・ウーラ。
わざとらしくとぼけたようなその仕草にアインスの眉間にいっそう皺が刻まれる。
その様子にぷっと吹き出して。
ウーラは可笑しそうに椅子に背を預けると笑顔のまま口を開いた。
「暇なのは事実だけど、貴方のお陰で退屈はしないよ」
「・・・・・・」
「で、この魔石。
なかなかの代物だねぇ、かなり古そうだ」
「ああ、500年は経っているな」
500年。
言われた言葉にウーラは一瞬口を噤む。
「へぇ、じゃあ当時は相当な“事件”を引き起こしただろうね。
ボクは知らないけど」
「・・・お前はそんなものは使わないだろう」
魔石を見つめたまま静かに言うアインスに、ウーラはどこか嬉しそうに微笑む。
「うん。
貴方に言われた今だからこそ、闇の魔法も“面白そう”とは思うけど。
ボクは元々、魔法には興味が無い」
そっと白い指先で魔石を撫でる。
闇色のそれはウーラの指先に合わせて僅かに深い紫色を帯びた。
じわりと滲む闇の気配。
「・・・辿れるか?」
魔石を見据えたまま。
アインスが低く尋ねる。
ウーラもまた手の中の魔石を覗き込んで僅かに目を細めた。
「うーん。お姫様の痕跡、ねぇ・・・・・・ああ、そうじゃない人のならいっぱいあるな。
相当呪い殺してるね、この魔石」
「・・・・・・」
「だいぶ古いし、最近はずっと眠ってたのかな。
でも貴方が触れたら“起きた”みたいだね」
「俺には魔力はねぇ」
「貴方に魔力があろうがなかろうが、魔石が覚えてるのさ。
よほど貴方に愛着があるみたいだねぇ、この魔石」
わざとらしく小首を傾げ可笑しそうに笑うウーラをじろりと睨み、黙ったまま待つアインス。
が、不意にその手がゆっくりと自身のローブの内側に伸びて・・・魔石から滲む闇の魔法の気配を感じたのか、またも顔を除かせようとするメイスを押し留めた。
「・・・店内だ。
今は大人しくしてろ」
「ああ、メイス?
その子も闇の魔法の気配、好きだよねぇ」
ちらりとアインスの懐に視線を向け、そこにある気配にウーラが目を細める。
「ボクにも闇の魔法の気配は・・・心地いい」
「・・・・・・」
楽しげに笑うその姿に、アインスは口を噤んだ。
一般的に“おぞましい”と言われる闇の魔法の世界。
陽の光を象徴する光の魔法と対を成す、夜の闇を司る闇の魔法。
熟練の魔法師達ですら、酷く魅惑的でありながら“狂う”危険を帯びたその誘惑に自らが呑まれることを怖れ、容易く手を出せずに居る世界だ。
それにウーラはあっさりと触れた。
狂うこともせず。
それは彼が、闇の魔法が司る世界にあまりにも“慣れていた”から。
「・・・・・・」
口元に笑みすら浮かべその漆黒の“深淵”を覗き込むウーラを、アインスはただ黙って見つめていた。
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