第17話 黒い魔石
翌日僕は、旅に必要な魔法アイテムを探しに、アインスとユピトルと一緒に町の道具屋を訪れていた。
僕の目的は主に収納箱探し。
ユピトルも収納箱を扱っているけれど、今回は持ってきていないそう。
これからまた移動していくのに、腰から金貨をじゃらじゃら下げて歩くのは重くて辛い。
だから道具屋で買ってしまおうということになった。
「アインスに急に呼びつけられたから・・・収納箱までは持ってこなかったんだよね。
はぁ・・・」
と、ユピトルはなんだかちょっと疲れたような泣きそうな顔で零していた。
彼はやっぱり相当アインスに振り回されちゃっているみたい。
アインスは町に立ち寄ると、めぼしいものが無いか物色・・・いや探索しに、情報収集もかねて必ず道具屋や魔石屋に寄るらしい。
それはユピトルも同じで、何か珍しいアイテムを期待してか、道具屋までの道すがらは鼻歌まで歌いながらとても上機嫌だった。
「わぁ・・・」
町の大通りにある木製の看板を掲げた道具屋の扉を開ければ、壁や天井にありとあらゆる道具がひしめき合っていた。
道具屋によくある光景。
なかなかに年季の入った店なのか、高さのちぐはぐな古びた木の棚には、魔法薬の瓶やら箱に入った魔石がずらりと並んでいる。
他の棚には新しい魔法の本や、いつのものかも分からないような古書。切り売りされている巻紙や羽根ペンやインクといった文具も置いてある。
天井からは乾いた薬草がぶら下がっており、思わずばっと視線を奪われた。
薬草を見つけた時のいつもの癖だ。
「・・・セン、お前の目的は収納箱だろう」
「あ!・・・そうだった」
思わず足を止め頭上の薬草に目を奪われた僕に、やれやれとばかりに釘を刺すアインス。
僕の薬草好きは、初対面でやらかしてしまった失態…珍しい薬草について熱く語りすぎてしまった失態で、アインスにはすっかりバレてしまったらしい。
頭上で輝かんばかりに僕を見下ろしてくる薬草たちに後ろ髪を引かれつつ、僕はしぶしぶ収納箱探しに戻る。
と、同じく棚の魔石に目を輝かせていたユピトルが、くるりとこちらを振り向いた。
「セン君は薬草好きなの?」
「うん!薬草と・・・あと薬草茶はもっと好きなんだ」
身体にいいし、香りもいいし、何より美味しいし。
言いながら薬草茶を思い出して思わず頬を緩めていると、ユピトルもつられて微笑む。
「ふーん、それじゃあテューヌと気が合いそうだね」
「テューヌ?」
「ぼくらの仲間で、魔法薬の権威と呼ばれてる・・・」
「あ!!
あのテューヌ博士!?」
ユピトルの言葉に、身を乗り出さんばかりに僕は答えていた。
テューヌ博士。とても有名な薬草師だ。
魔法師学校の授業でも習ったし、薬草好きなら知らない人は居ない。
って、呼び捨てにするなんてなんだか親しげ・・・しかもまさかあのテューヌ博士が仲間って・・・!
「あ、会いたい!!」
「わわっ!?」
ガッとユピトルの腕を掴んでいよいよ身を乗り出した僕に、ユピトルは驚いて飛び跳ねる。
薬草においてはテューヌ博士の右に出るものは居ない。ぜひ色々話を聞かせて欲しかった。
だからいつになく勢いの良いであろう僕の様子に、ユピトルは目を丸くする。
慌てて僕の肩を叩いて落ち着くようを宥めると、苦笑しながら頭を撫でられた。
「そ、そんなに必死にならなくてもテューヌにはちゃんと会えるよセン君。
あ!そうだ、途中でルエダに寄るから、テューヌにもルエダに来てもらって久しぶりに皆で会うのはどう?
ねぇアインス?」
やっぱりテューヌ博士とは親しい間柄のようだ。
気さくな様子でその名を口にするユピトルに、僕はますます目を輝かせる。
そんな僕に笑いながら、ユピトルは先の方で棚の隣の樽の中を覗き込み何かを物色しているアインスに、名案だとばかりに明るく声を掛けた。
アインスはそれには答えぬまま。
しばし樽を物色し・・・ようやく顔を上げた時には、その手にじゃらりとしたネックレスを掴んでいた。
「・・・使えるな」
「うわっ!?
ちょ、アインス何引っ張り出したの!?」
アインスの手に在る錆びかけたネックレスを見るなり、ユピトルは直ぐに飛んでいく。
好奇心に満ちた様子で。
アインス、何を見つけたんだろう?
僕も慌てて二人の後ろから覗き込む。
アインスが掴んだネックレスは・・・ずいぶん昔のものだろうか、かなり錆びて鎖はボロボロだった。
しかしその中央には、深い漆黒の輝石・・・何かの魔石が確かに閃いている。
「・・・!?
何、・・・この魔石」
その漆黒の魔石を見るなり、僕は思わず呟いていた。
黒く光る魔石から目を逸らすこともできず・・・知らず眉を潜めて。
僕は無意識に一歩後ずさる。
ぞくり、背筋に悪寒が走る。
「・・・!」
それに気づくなりアインスはハッとした様子でネックレスを掴んでいた手を下ろした。
僕の視界から隠すように。
そして隣に立つユピトルにちらりと視線を向けるなり、ユピトルもまた何かを察したように僅かに身じろいだ。鮮やかな緑の瞳がちらりと僕を写す。
アインスは何も言わないままくるりと踵を返すと、ネックレスを手にしたまま店の奥の店主が居る台に向かってさっさと行ってしまった。
けれども後に残された僕は、未だに先ほどアインスがネックレスを引っ張り出した樽から目が離せないまま・・・立ち尽くしていた。
・・・あの魔力は、何?
呆然と樽を見つめたまま。先ほど見たネックレスの黒い輝石を思い出す。
途端に何故かぶるりと身震いする自分が居た。
なんだかよく分からないけど・・・あれは今まで感じたことの無い類の、魔力だった。
得体の知れない、けれどもまるで吸い込まれそうな不可思議な感覚。
気を抜くと引き込まれそうな・・・どこか危うい、感覚。
それが・・・僕には恐ろしくも感じられた。
そんな感覚になったことは、今まで無かった。
「・・・セン君!」
ハッと、ユピトルに声を掛けられて我に返る。
慌てて振り仰げば、ユピトルがどこか心配そうに僕を見つめていた。
どくどくと鳴っていた心臓。冷や汗が、いつの間にか僕の額をじわりと濡らす。
「どうか・・・した?」
魔法が苦手と言っていたユピトルは魔力があまり高く無いようだから、気づかなかったのかもしれない。心配そうな顔のまま僅かに身をかがめ僕に視線を合わせる。
「あ・・・」
僕はただ・・・あの黒い魔石から感じた“異様さ”に、言葉を失ったまま。
うまく説明ができなかった。
あの黒い魔石が放っていた、禍々しいまでの“何か”を。
「・・・大丈夫?」
「うん・・・」
あれは、と尋ねようと口を開きかけたその時。
奥から戻ってきたアインスに気づき、僕は反射的に口を噤む。
アインスの手にはあのネックレスは無かった。
どうしたのだろう、と思ったけど・・・それを聞く前に、アインスは僕の前で足を止めこちらを見下ろした。
「セン。
あのネックレスの事は忘れろ」
「え?」
唐突に言い放たれて、僕は目を丸くする。
一体なぜ。
けれども僕のそんな疑問はお見通しとばかりに、アインスは小さく息を漏らした。
「・・・お前は魔力は強いが、魔法については未だ何も知らない。
いや・・・お前が知らない方が良いものも、この世には在るということだ」
ぽつりとそう漏らして。
アインスは、そのまま僕とユピトルの横をすり抜け「用がある」と一言残し店を出て行ってしまった。
僕は暫く呆然とアインスが出て行った扉を見つめて・・・ふと我に返り慌てて後を追おうとする。
けれどもそれを咄嗟にユピトルが止めていた。
「セン君。
アインスなら一人でも大丈夫だから、ほら、収納箱探そうよ!」
「ユピトル・・・」
戸惑う僕を安心させるように、ユピトルが優しく微笑む。
その姿に、とりあえず僕は気持ちを落ち着けて・・・小さく頷いたのだった。
「・・・闇の魔法、か」
センとユピトルを残して道具屋を出た直ぐ後。
通りを歩いていたアインスはふと路地に入り足を止め、懐から先ほど道具屋の店主から購入した錆びたネックレスを取り出した。
「・・・随分とくたびれたな」
ジャラリと擦れる金属音。流れた年月と共に錆びつき黒ずんだチェーンとは裏腹に、漆黒の魔石だけが朽ちることなく鮮やかに閃いている。
おそらくこのネックレスが作られた時からずっと。
魔力の無いアインスには、この魔石がどれだけの魔力を持っているかは測れない。
けれども、“知識”があるから気づいた自分と、何故かやけに良い魔石を見出す幸運に恵まれているユピトルとは違い・・・センはきっと、解ったのだろう。
この魔石が放つ魔力の強さ。
そして・・・この魔力が、今まで自分が感じたことの無い類の代物だということにも。
「・・・メイス」
「ニャァー?」
ハッと気づいた時には、自分のローブの懐から艶やかな黒猫が顔を覗かせていた。
その金色の眼でちらりとアインスを見上げ、目の前に下がるネックレスの黒い魔石をふんふんと嗅ぐ。
興味深げに。
その様子にアインスは小さなため息を漏らした。
「なんでお前は・・・闇の魔法にばかり反応しやがるんだ。
・・・だからクソジジイはお前を俺に寄越したんだろうがな」
ゆっくりと背後の壁に背を預けて。魔石を眺め小首を傾げる黒猫、メイスの額にそっと触れる。
そのまま額を撫でてやれば、メイスは気持ち良さそうに目を細めやがてゴロゴロと喉を鳴らしだした。
その様子にアインスはハッと笑みを漏らす。
「変な奴だな・・・お前は」
しばらくずっと不機嫌だったのに、今ではすっかり上機嫌になり満足げに喉を鳴らすメイスに笑ってしまう。
上機嫌なうちにそのまま懐に押し戻して。手が離れるなりじっとこちらを見上げる金眼に「いいから寝ろ」と言い聞かせ懐から手を引き抜く。
「・・・!」
そういえば、前の街で魔法師に追われてから“此処”に入れっぱなしだった時づいて、だから不機嫌なのかと合点がいく。
懐の中は充分な広さがあるが・・・やはり外とは違うだろう。
宿の部屋に戻ったら出してやるか、と考えながら。
手の中のネックレス・・・誘うかの様にこちらに向けて輝きを放つ魔石を見つめる。
そしてアインスは小さく笑った。
どこか皮肉めいた笑み。
「・・・今の俺は魔力が無いからな。
残念ながら、お前がどんなに力ある魔石だろうが俺はもう使ってやれねぇよ。
それに・・・“その魔法”自体、もう使わねぇ」
魔石に告げる様に静かに呟いて。
ふと、口を噤む。
思い出していたのは・・・この魔石を目にした時の、センの表情。
得体の知れないものを見る、戸惑いと驚愕と怯えが滲んだ目。
「・・・センがコレを知るはずがねぇ」
あんな、見るからに平和ボケした人間が。
あまりにも奥深く、あまりにも危険なこの魔法。
世を知り尽くしている数多の魔法師でさえ、容易く呑まれ己を見失う事を恐れ近づかない禁忌の魔法。
あんな無知で世間知らずな少年には、とても扱える代物じゃない。
「・・・・・・」
アインスは眉間に皺を寄せ、深いため息を漏らす。
苛立っていた。
センのあの無知さに。
そして・・・あの、まっさらさに。
「それにあの・・・“名前”と、“見た目”」
チッと、小さく舌打ちを漏らして。
あいつの名前をつけたのは確かクソジジイ・・・協会長であることに、何考えてんだあのクソジジイ!と内心また舌打ちを漏らす。
何を企んでやがるのか。
「偶然じゃ・・・ねぇだろうな」
苦々しげに漏らして。ぐっと握り締めた錆びついたチェーン。
けれどもあんな小僧に構っている暇などないと思い直す。
俺にはやる事がある。
総てを壊しても、総てを潰しても、やる事がある。
手の中のチェーンを手繰り寄せて。
漆黒の魔石をぐっと、手の中に握り締める。
金属の冷たさ以外は何も“感じない”、魔力の無い己の手。
だがその先にある闇を見つめ、アインスは眉根を寄せその顔を歪ませた。
苦痛に満ちた顔で。
「・・・サクラ。
必ずお前を、見つけ出す」
闇を辿れば見つかるはずだ。
そう、信じて。
ゆっくりと手を開く。
変わらず沈黙したままの魔石を、見下ろす。
・・・コレはまず“あいつ”に解析させて、その後はユピトルに加工させるか。
そう決め、アインスは再びネックレスを懐にしまうと歩き出した。
“あいつ”に連絡を取るために。
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