第16話 精霊と名前
その後すっかりユピトルと打ち解けた僕は、彼から色んな魔石を見せてもらった。
僕の薬草好きと同じくらいユピトルは魔石が好きらしい。
「これは・・・赤い魔石?」
「それはねぇガエンの洞窟で採取された火鉱石で、特に火の魔法を強化してくれると言われているんだ。
ガエンの洞窟自体が火山の下のマグマと繋がっていてね、火精霊の棲家にもなっているから、そこから採れる火鉱石は火精霊の力を強く宿してるんだって」
ほらほらと、好奇心でうずうずしている様子で僕の手に紅い魔石を握らせるユピトル。
その姿はまるで無邪気な子供そのものだ。
「使ってみて!」と目を輝かせるユピトルの期待に満ちた眼差しに促されるまま、僕は頷いて魔石に視線を落とす。
此処は宿屋や他の家々から少し離れた広場。
開けた場所は人気もなく静かで、ユピトルと約束した魔石の威力を試す実験にはちょうどいい。
アインスとの話を終わらせたユピトルは、僕を連れて早速この場所にやってきたのだった。
「あ!そうだユピトル、火ってあるかな?」
「火?」
「火精霊を呼ぶのに火が要るんだ」
僕の言葉にきょとん、とするユピトル。
「え?
魔法って呪文を唱えれば、火がなくても使えるんじゃないっけ・・・?」
あんまり魔法を使えないと言っていたユピトルは、どこか自信なさげに小首を傾げる。
そう言われて僕は躊躇った。
僅かに顔をこわばらせて。
呪文は・・・あまり、というか“絶対に”使いたくない。
「これを使え」
咄嗟に火種になるものを探して僕が辺りを見渡した時。
ふと、目の前に何かが差し出される。
目を上げればいつの間にかアインスが立っていた。
「お前の魔法の威力を確認したい。
見せてみろ」
「アインス・・・」
アインスが差し出したものに目を向ければ・・・その手には金属の四角い箱のようなものが握られていた。
「あ!ガルーカだ!
良いもの持ってるねアインス」
「前にお前の荷物から貰った」
「えぇ!?」
ぴしりと固まるユピトルを他所に、アインスは器用にその金属の箱の蓋を開ける。
そしてぽかんとしている僕の目の前に、ボッという音と共に突然紅い火が灯された。
「うわ・・・!」
なにこれ、魔法みたいだ!
金属の箱から突如現れた炎に思わず目を丸くする。
それを見てユピトルが可笑しそうに笑った。
「これはガルーカっていって、機械仕掛けの火起こし道具だよ。
手動だから魔力が使えなくても簡単に火をおこせるんだ」
「セン。
魔法、使ってみろ」
「うん・・・」
アインスが灯してくれた火を見つめ、僕は手の中の魔石に意識を集中する。
真紅の魔石が徐々に鮮やかな光を帯びていく。
火精霊・・・来てくれるかな。
僕は火精霊のことをあまり知らなかった。
魔法師学校の授業で火魔法を使った時に火精霊と初めて会って以来、授業以外ではまだ直接関わったことはない。
あとは先日の喫茶店で誰かが火魔法を使った時のように・・・他の人の魔法と共にちらりと見かけたくらいだ。
火の魔法を使う機会自体が、僕にはあまり無かったから。
だから火精霊を見つけられるのか・・・僅かに不安が頭を過ぎる。
「・・・・・・」
灯され続ける炎の揺らめきを、アインスもまたじっと見つめている。
不意に、アインスが目を細めた。
「・・・!」
同時に僕は炎の向こうに、きらりと輝く存在を見つける。
居た!
「火精霊!
僕の名前はセン・・・っええと」
慌てて話しかけて。
一瞬、躊躇い言葉をにごらせる。
だって特に用も無いのに・・・この子に、何を頼む?
「・・・セン君、呪文は・・・?」
さっきから僕がしている行動が理解できないのだろう、遠くで見ていたユピトルが戸窓う様子が伝わってくる。
その声が耳に届いてハッと我に返った僕は、握り締めていた自分の右手・・・そこで明々と輝く魔石に目を落とした。
ふと、微笑む。
そして炎の影からこちらの様子を伺っている火精霊に、ゆっくりと顔を近づけ囁いた。
「・・・!?
セン君、顔危ない・・・!」
「大丈夫だ、ユピトル」
「!」
僕が炎に顔を近づけたことに慌てるユピトルに静かに返したのはアインスだった。
彼はただじっと、僕の様子を見ていた。
ユピトルもまた口を噤み、驚いたように二人を見つめる。
「・・・僕の名前はセン。
ねぇ火精霊、僕はこの魔石の威力が知りたいんだ」
囁くように火精霊に話しかけながら、そっと右手を開き、そこに輝く魔石を見せる。
火精霊へと。
「・・・協力してくれるかな?」
僕の右手と赤い魔石が、炎の光を受けて橙色に揺らめく。
ふと、一瞬炎が大きく揺らぎ。
「―!!」
ギラリと魔石が閃いた、直後。
ドオン!!
僕とアインスの頭上で、紅蓮の炎が舞い上がった。
それは太陽と見紛うかのような鮮やかな光だった。
「な・・・!!」
僕の顔面をぶわりと熱い風が吹きつけ咄嗟に片腕で目をかばう。
空が一瞬、茜色に染まったかのようだった。
炎が空で大爆発を起こし、空気を焼き熱風が降り注いだのだ。
「凄い・・・」
同じく咄嗟に腕で顔をかばっていたユピトルも、炎が上がった空を見つめながら驚いたように固まっている。
それは僕も同じだった。
物凄い、威力。
元々高いのだろう僕の魔力と・・・やはり威力が高かった、魔石の相乗効果の成せる技だった。
「・・・!」
ふと、気づいた。
アインスもまた炎が上がった空を見つめていて。
その口元が微かに笑っていることに。
満足げに。
言葉を失う僕を他所に、アインスはゆっくりと、未だ灯され続けている炎に視線を向ける。
「・・・こいつに挨拶はいいのか?」
「え?あ!」
言われて僕もまた慌てて炎に目を向けた。
そこでちょっと申し訳なさそうに縮こまる火精霊に気づき、思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう!おかげで魔石の威力が分かったよ。
・・・大丈夫、やりすぎてないから」
ふっと、火精霊を安心させるように身を屈めて笑いかける。
「あ!そうだ。
もし良かったら・・・君に名前をつけさせれもらっても良いかな?・・・ありがとう!
じゃあ・・・うーんと、ヴェラなんてどう?」
「・・・セン君はさっきから何を喋ってるの?
呪文?」
こちらに近づいてきたユピトルが、炎に向かって喋っている僕を見て不思議そうに小首をかしげる。
「これがセンの“呪文”らしい」
「え?そうなの?」
「センは精霊が見える」
「は!?」
驚きに声をあげ、ユピトルはばっと僕を見つめる。
「・・・精霊が見える魔法師なんて、ほんとに居るの?
協会長くらいしか・・・ぼく知らない」
「ああ、セン以外じゃクソジジイくらいだろうな」
ユピトルの言葉にハッと鼻で笑うアインス。
そんなアインスとユピトルのやりとりは僕にはよく聴こえていなかった。やっと知り合えた火精霊との会話に夢中だったから。
「よろしくね、ヴェラ!
僕あんまり火の魔法使ったこと無いから心配なんだけど・・・うん、色々教えてくれると助かるなぁ。
え?ああ、君達が水精霊と仲が良くないことは知ってるよ。
・・・ごめんね、水精霊は怪我を治してくれたりするから、協力してもらわないといけないんだ」
火精霊との間で思わず会話が盛り上がる。
ヴェラはおしゃべり好きな子なんだなぁ。さっきからにこにこ笑って僕に話をしてくれる。
火精霊って怒りっぽいイメージがあったけど、この子はそんなこともなさそう。
「・・・精霊と・・・お喋りしてる・・・?」
炎に向かって嬉々として話し続けている僕を、ユピトルは物珍しげにまじまじと見つめていた。
「水精霊達と仲良くしてとは言わないけど・・・わかったよ、できるだけ一緒に呼ばないようにするから。
・・・うん、ありがとう。またねヴェラ」
ひらひらと炎に向かって手まで振っている僕に、ユピトルはますます目を丸くした。
しかしアインスは特に気にも留めず、静かに口を開く。
「もういいか」
「うん!」
上機嫌で僕が答えるなり、アインスはパチンとカルーカの蓋を閉める。
同時に揺らめいてた炎も消えた。
嬉しいなぁ、火精霊と友達になれた!
小躍りしそうなくらい喜んでいた僕だったけど。はたと気づいてちらりとアインスを見る。
アインスはガルーカを返してと騒ぐユピトルを無視して、さっさと懐にしまいこんでいるところだった。
さっきアインス・・・“こいつ”って言ってた。
「・・・ねぇアインス。
もしかしてアインスも、精霊が見えるの?」
思い切って尋ねれば、アインスがこちらを見る。
同時にユピトルもアインスのローブを掴んだままきょとんとした様子でこちらを見た。
その隙に、掴まれていたユピトルの手をアインスがさっさと振り払う。
「・・・最初に俺の腕を魔法で治した時、お前は何かに話しかけていた。
今回もな。
だから・・・何かが居るんだろうと思っただけだ」
「・・・そっか」
アインスには精霊は見えていないんだ。
精霊が見れる人はとても稀だから、少しがっかりする。
でも・・・見えなくても、そこに“居る”ことを認めてくれたアインスの言葉が、嬉しかった。
威力を確かめた赤い魔石をユピトルに返す。
彼は僕から魔石を受け取りしばらくじっとそれを見つめていたが、思い切ったように口を開いた。
「セン君は精霊が見えるんだよね?
それって・・・えーと・・・どんな風に見えるの?」
言葉を選ぶように視線をさまよわせるユピトル。
「精霊が見えるなんて人、協会長以外に見たこと無いから・・・どんな感じなのかなぁって」
「・・・好奇心か」
「いいじゃないか!
だって気になるんだから!」
あからさまに呆れたように茶々入れするアインスに、途端に頬を膨らませるユピトル。
その様子が可笑しくて、僕は吹き出した。
ほんとに・・・ユピトルって素直な人なんだなぁ。
「うーん、姿はぼんやり?その子によって、小さな子供の姿だったり、色々だよ。
気配だけする時もあるし、何かを鳴らしたりして声を掛けてくれる時もある。
それでも“その子”が来てくれたっていうのは解るんだ。
一番仲が良いのはシェリル・・・風の精霊かな」
「シェリル?
それって・・・もしかして、名前?」
「うん。
名前で呼んでるのは、シェリルと土の精霊。
あとさっきの火精霊の子も名前を付けさせてくれた」
「・・・精霊に、個々の名前は無いはずだが」
黙って聴いていたアインスが口を挟む。
静かだけれどどこか威圧的なその声にユピトルは気づいて口を噤むが、僕は真っ直ぐにアインスを見て答えた。
「名前は僕が付けさせてもらってる。
仲良くなってちゃんとその子を呼べば、別に呪文がなくても来てくれるよ」
「名前・・・」
「名前で呼ぶと、精霊ともっと仲良くなれるんだ。
人も精霊も同じ」
・・・そうなんだ、とユピトルは呆けた様子で呟く。
僕にとっては当たり前のことだけど。
きっと、思いがけないのだろう。
一般的には魔法を使うには呪文を使うのは当たり前。
呪文を唱えて魔力があれば、魔法が発動するのも当たり前。
魔法という現象を起こしてくれている精霊の存在を、実際に解っている人はどれだけ居るか。
「・・・・・・」
アインスは無言だった。
けれども僕の言葉に僅かに眉根を寄せたのを、僕は見逃さなかった。
・・・アインス?
どこか苦々しげな顔。
けれども気づいた時にはアインスは僕から目をそらしていた。
僕が口を開くより前に、ユピトルがどこか重くなった空気を払うように僕の目の前に新しい魔石を翳して見せる。
「ねぇセン君!
この魔石も試してもらいたいんだ・・・いいかな?」
「!!
うん・・・いいよ」
掲げられた薄緑の魔石を見て、僕は頷いた。
アインスの反応が気がかりだったけど・・・彼はきっと、答えてはくれないだろう。
その後もユピトルが出してきた魔石を色々と試す様子を見ている間、アインスはずっと無言だった。
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