第15話 世界を救う“共謀”


「え!?」

「アインス!!」


うわ、言われた!!


あっさり言い放ったアインスの言葉にユピトルが仰天したのを見て、僕は慌てて身を乗り出す。

アインスを止めようと手を伸ばすも、その手をさっさと避けてアインスは笑った。

意地悪そうに。


「珍しい薬草欲しさに売っ払ったそうだ。

 ここに来る間にな」

「ちょっと!」


僕にも流石に解ってる。

自分がしたことが・・・一般的にはあまり好ましくないことだって。


いや、僕としては全然問題ないんだけどね!

あくまで“一般的には”って話で!


でも暴露された恥ずかしさに、なんだか居た堪れなくてじわりと頬が熱くなってくるのを感じる。


く・・・アインスめ・・・!!


絶対にわざとだ。

にやにや愉しげに笑っているアインスが憎たらしい。

そんなアインスをキッと睨んで、僕は相変わらず目を点にしてるユピトルに慌てて弁明した。


「ええと僕、魔石あっても使わなくて・・・その、」

「・・・魔法師が魔石を売った・・・・・・しかも薬草欲しさに・・・」


前代未聞だ、とばかりに放心しているユピトル。


「う・・・」


ぐうの音も出ない。


けれども・・・僕にはちゃんと解ってる。

魔石を売り払ったことが一般的にはあまり好ましくないことだったとしても・・・僕にとっては、本当に大したことではないし何の問題もないという事実を。


「ユピトル!

 僕は魔法の威力は要らない、だから魔石は必要ないんだ!」

「・・・!?」


身を乗り出さんばかりの勢いで言い放った僕の言葉に、ユピトルは益々驚いたようにこちらを見た。

耳を疑うような表情で。



「魔法の威力が・・・要らない?」



囁くように繰り返して。

信じられないといった様子でまじまじと僕を見つめてくる。


「だって・・・誰もが高い魔力を欲しがるのに?

 高い魔法の威力を求めて、少しでも強い魔石を求めるのに・・・」

「・・・そいつは元々魔力が高い」


黙って聴いていたアインスが口を挟む。


「だがそれ以上に、そいつは自分の魔力にも魔法にも執着していない」

「・・・!」


ユピトルがますます驚いたように目を見開く。


魔法。

この世界の、人々の生活の大半を占めるその存在。


空気や水や陽の光の中に“活用できる力”が在ると人が気づいてから、人はその力を活用するために研究を重ね、魔法が生まれ、魔法は人々の生活と共に発展してきた。

以来、魔法は人々の生活に密着してきた。

魔力があれば当たり前のように魔法を使用し生きる世の中で、誰も直接言葉にはしないが、魔法は使えれば使えるほど“有利”なのが事実だった。


だから当然、使う魔法の威力が上がり使える量も増える“魔力が高い者”は、優れていると見なされる場面が多い。


現に僕も、魔法師学校では、魔力が高いことで教師達から将来を期待されることも多かった。

・・・協会長だけは、全く気にしていなかったけど。


僕自身も、魔力が高いのは生まれつきだったから、魔法が自在に使えることが普通で当たり前だった。

だからこそ気にしていなかった。

当たり前であることが、“特別”なものだとは思わなかったのだ。


だから皆が言う“凄さ”が、僕には理解できない。



「だって・・・魔力が高くても、僕はそれを何のために使ったら良いか解らない」



僅かにうつむきながら、僕は答える。


実際に、この魔力が何かの役に立つとは思えなかった。

確かに魔法を使えないよりは、使えたほうが断然良い。


だけど、“それ以上の力”を何に使う?


自身の右手に目を落とす。

何のアクセサリーも嵌められていない右手。

何の変哲も無い“この力”は、活かす先が無ければ在っても無くても同じだ。



「セン。

 お前の魔力、持て余しているなら俺の為に使え」



不意に、いつかのようにアインスの声が耳に響いた。

驚いて目を上げると、アインスが真っ直ぐにこちらを見ている。


目が合うと・・・アインスは微かに笑った。


真っ直ぐに僕を見据える、黒髪の向こうの青い瞳。

口元に浮かぶ笑み。


でもそれはいつもの意地悪な笑みではなくて。


どこか自嘲的な・・・笑みだった。


僕を見つめたままゆっくりとその目を細めると、アインスは頬杖をついて空になったカップに目を落とす。


「俺が杭を抜くことは、結果この世界を再生させることになる。

 ・・・俺は世界の為に杭を抜いてるわけじゃないが、俺の目的はお前には関係ない。


 だがお前が俺の為にその魔力を使うことは、この世界の再生の為に使うことになる」


この世界の・・・“再生”のため?


ごくり、言われた言葉を頭の中で反芻して。

無意識に唾を呑み込む。


なんてスケールの大きな話だろうと、耳を疑いたくなる。


最初にアインスに護衛を頼まれた時に、『大きなこと』が動いているとは薄々感じていたけれど。



アインスは・・・杭に侵食されたこの世界を、“再生”させるというの?



どくりと心臓が波打って。

アインスから、目が離せない。

小さな自分の世界が、いきなり大きく扉を開け放たれ視界を開けられた感覚に陥る。


・・・同時に僕は、気づいていた。



「どうだ?


 それなら悪くないだろ」



カップから僕に視線を戻して。

アインスがまた笑った。


今度はどこか・・・愉しそうに。


「・・・!」



ああこれは・・・例えるなら『共謀』の、笑みだ。



まだ恐れを知らない子供が好戦的な目で、誰も仕掛けたことの無い悪戯に相手を誘うような。



「・・・悪く、ない」



気付けば僕はポツリと呟いていた。


その酷く純粋な眼差しと、どこか無邪気さすら感じられる言葉に内心呆気にとられながらも。

最初に見せられた自嘲的な笑みとは違うこの楽しげな笑みに・・・僕は何故か、ほっとしていた。

だからぽつりと呟いて。


僕もまた、アインスを見つめて苦笑して居たんだ。


“杭”に侵食された世界を再生させるなんて・・・きっと、途方も無いことな筈なのに。

アインスは信じているんだ。

当たり前のように。


必ず、成し遂げられると。


何の変哲も無かった自分の世界が、いきなり広大な世界の只中にあったのだと気づかされる。

目の前に広がるまっさらな世界、其処に放り出されて戸惑う気持ちと・・・その先にある可能性に、胸が高鳴る。

こんな感覚は、今まで無かった。


いや・・・アインスが居なければ、きっと味わえない。


そう、僕は気づいていたんだ。



自分が、酷くワクワクしていることに。



「お前の持つ力がどんなに優れていようと、お前がそれに気づかなければ無いも同然だ。

 その能力はお前のもの。

 だから活かすも殺すもお前次第だ」



机に並べられた魔石を拾い上げ、アインスが窓から射す光に翳す。

薄緑のその半透明の石は、陽の光に晒されるなり彼の手の中で鮮やかにきらめいた。

まるで息を吹き返すかのように。



「在るなら活かせ。


 もったいねぇ」



言われた言葉に目を見開く。


在るなら・・・活かす?


その言葉が、不思議と僕を貫いていた。

酷く単純な言葉なのに。


希望の光のように、まるで呪文のように、放たれた途端に目の前に浮かび上がってくる。


可能性。


思ってもみなかった。

何も無かった先に、道が見えてくる。

それが更に僕をワクワクさせた。



「・・・っ」



どくりどくりと心臓が鼓動する。

覚束なかった視界が鮮明になり、手に血が通い、僕の命が・・・鮮明になる。


やるべきことがあると、解ったから。



「うん・・・!」



口元が思わず綻び、笑みが広がっていくのを感じる。

先ほどアインスが手にしていた魔石のように、僕の命が息を吹き返す。


にっこりと、そんな僕を見下ろしてユピトルも微笑んだ。

どこか嬉しそうに。


「そうだね。

 でも、力に溺れないことは良いことだと思うよ!

 アインスみたいに過信しすぎるのも良くないしね」


ぴたりと、魔石を弄んでいたアインスの手が止まる。


「・・・この魔石割るぞ」

「わわわ待った!

 それはやめてアインス!!」


一気に低くなったアインスの声に、ユピトルは慌てふためいたのだった。

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