第14話 防具クラッシャー

思いがけない青年の反応に、今度は僕が呆気に取られることになった。


「・・・!」


でもすぐに僕を目に映すなり、青年が更に驚いたように僕を見下ろしたまま目を見開き固まる。

けれどもそれは一瞬で、すぐにぐるんとアインスに振り向くと、慌てたように口を開いた。


「ちょ、アインスこの子誰!?」

「護衛だ」

「護衛!?」

「違うよアインス!

 僕は“弟子”!」


何でもないようなアインスの返答に今度こそすっとんきょうな声を出し、青年は再びゆっくりと僕を見下ろすとまた固まった。

相当びっくりしたらしい・・・こちらをまじまじと凝視したままあんぐりと口を開けている様子がちょっと面白い。

かなり動揺してる。


そんな青年の分かりやすすぎる反応に、僕が思わず吹き出しそうになり口元を歪めると。

ハッと我に返った青年は、急に僕に頭を下げた。


「わわわごめん!

 てっきり他のお客さんかと・・・ええと、ぼくはユピトル!

 ルエダの街で魔法アイテムを売っているんだ。

 ・・・ど、どうぞよろしく」


何故かどもりつつ躊躇いながらもおずおずと差し出された右手を、僕も慌てて握り返す。

とたんにユピトルはほっとしたように笑みを浮かべた。


ルエダの街から来たということは・・・ずいぶん遠い街からはるばる来たのだろう。

こんなに大荷物を背負ってきたなんて、大変だったに違いない。

僕はまだ行ったことが無いけど、此処からずっと南にあるルエダは港町で、とても豊かで平和な街だって聴いたことがある。

その近くにはエンティアという都市もある。


・・・なんか、明るい人だなぁ。


握られた手の暖かさにふと思う。

ユピトルがしゃべると、急にその場がぱっと明るくなるんだ。

しかも表情がくるくる変わって、きっと思ったことが素直に動きや顔に出るんだろう。だからかなんだか見ていてちょっと面白いし、・・・楽しい。

それにさっきの驚きはどこへやら、今は嬉しそうにはにかんでいるユピトルの様子にこちらも思わず安堵してしまう。


「はぁ・・・びっくりしたぁ・・・」


けれどもこの動揺っぷり。

彼にはよっぽど驚くことだったらしい・・・僕がアインスの“護衛”だということが。

心臓がばくばく鳴ってでもいるのか、ユピトルは胸元に手を当て深く息を吐き深呼吸までしている。

そんなユピトルの様子に心配になりながらも、とりあえず自己紹介をしようと僕はゆっくりと口を開いた。


「・・・僕はセン。

 ええと・・・セルヴィスの魔法師学校に居て、つい昨日アインスの護衛、じゃなくて弟子に・・・」


言いかけて、僕ははっと気づいて思わず口を噤んだ。



「セン・・・?」



僕の名前を聞くなり、ユピトルがまた驚いたように目を丸くしたからだ。

だけどすぐにユピトルは微笑むと、今度は親しげに僕の顔を覗きこんだ。


「センって珍しい名前だね。

 それにアインスの護衛とか弟子って・・・護衛・・・えー・・・」

「・・・なんだ、その“えー”は」


最後はゆっくりとアインスを見やって怪訝そうに呟かれた「えー」の言葉に、アインスもまた不服そうに眉根を寄せる。「文句あんのか」と言いたげなその様子は威圧感だらけだ。

が、ユピトルはそんなアインスの威圧感は気にならないらしい。

変わらず言いたいことがいっぱいな様子で口を尖らせる。


「だって珍しい・・・というか、今までなかったじゃないか、君が護衛だなんて。

 基本単独行動しかしないし、襲ってくる敵は大概一人で撃退してきてたのに。

 だからまさかこの子が君の連れだなんて思わなかったよ・・・」

「そいつの魔法は強い。

 使えるから雇った、それだけだ」


「ふーん」と言いながらも、ユピトルはなんだか腑に落ちて居なさそうだった。


僕がアインスの“護衛”と聴いて初め物凄く驚愕したユピトルは、暫くしてようやく動揺が落ち着いたらしい。

今では訝しげな様子で・・・半目でアインスを見ている。


「ぼくとしてはアインスがずーっと独りでうろうろするのが心配だったから、護衛を付けてくれたなら嬉しいけどさ。

 びっくりしたよもう・・・」

「・・・うろうろって何だ」


まだ少し困惑した様子ながらも。

ユピトルはちらりと僕に視線を落とすと、目が合った僕に微笑んでくれた。


「あのアインスが“強い”って言うからには、セン君はよっぽど魔力が強いんだね。

 あ!だったら後でぜひこれ使ってみせて!

 この魔石の威力が知りたいんだ」

「え?」

「ぼく、魔力あんまり無くってさ。

 魔法使うの苦手なんだよね~」


途端に好奇心にその目をキラキラさせて。嬉々として言いながら人懐っこい笑顔でリュックの中を漁り、輝くひとつの赤い魔石を取り出すユピトル。

これもこれも、と次々とリュックの中から黄色や青の魔石を取り出している楽しそうなユピトルに、初対面で少し戸惑いながらも僕も思わず笑みがこぼれる。


あのアインスの知り合い・・・しかも仲が良さそうで、最初はびっくりしたけど。

とても暖かい雰囲気の人みたい。


っていうか、あのアインスに知り合いなんて居たんだ・・・。


思い返せば、僕はアインスがいつも独りで魔法師協会本部に現れ、そして独りで出て行く姿しか知らない。

だからアインスにこうした知り合いが居たなんて、意外だったしなんだか新鮮だ。


「・・・ユピトル」

「え?」


不意に、無言で僕達のやりとりを見ていたアインスが、やれやれとばかりに口を開いた。


「俺の腕輪は?」

「あ、忘れてた!」

「・・・・・・」


ごめんごめんと明るく笑い出すユピトルに、アインスははぁ、と深いため息。

でもこういうことはしょっちゅうらしい、アインスもそれ以上は何も言わず、またごそごそとリュックを漁りだしたユピトルが机に並べていくアイテム達を眺めている。


・・・っていうか、このリュック、どれだけ物が入ってるの?


たぶんこれはただのリュックではなく収納箱だろう。

確かに元々大きなリュックだが、明らかに外から見た容量を遥かに超えたアイテム達の数に、収納箱であるだろうこの構造にも興味をそそられる。

じーっとリュックを見つめている僕の横で、アインスが頬杖を着いたままユピトルを見遣った。


「今回ぶっ壊れたやつ以上の強度が要る。

 在るか?」

「うーん・・・あるにはあるけど、どうせならもっといい魔石を使いたいなぁ。

 だってアインス、それなりに良い防具渡してもすぐ壊すんだもん。ちょっとやそっとじゃ壊れないくらいの物じゃないと意味ないよね」


と、頬を膨らませるユピトルにアインスは珍しく口を噤む。

どこか苦々しげに眉根を寄せて。

・・・図星らしい。


「・・・耐えられない防具が悪い」

「アインスが後先考えず敵に突っ込みすぎなの!

 そんな戦法じゃ、防具も命もいくつあっても足りません!」

「大丈夫だ、そのために護衛をつけた」


ほら、と僕はアインスに真顔で指差される。


「・・・確かに、セン君が護衛になってくれれば防具クラッシャーのアインスの暴挙も少しは収まるかもね・・・」


アインスに指差された僕を見下ろして。

ユピトルは深いため息を吐くと、弱々しくつぶやいた。


「ありがとう、助かるよセン君。

 アインスの護衛になってくれて本当にありがとう・・・」


って、僕まだ護衛らしい仕事を全然していないのにすでにありがたられてる・・・。

・・・今までどれだけアインスに防具を壊されてきたんだろう。

ユピトルの様子から想像し、これまでの彼の苦労を察しなんだか彼が不憫に思えてきた。


・・・うん、あとで魔石の威力測りに付き合ってあげよう。


そして。


「・・・・・・防具クラッシャー・・・」


変わらず淡々とカフィを飲んでいるアインスをちらりと盗み見て。

改めて、彼が只者ではないことを知ったのだった。







「ぼくはね、魔石が好きなんだ!

 だからあちこち魔石を探しに行ってはコレクションしてて・・・。

 ついでに良い魔石を使ってるアクセサリーやら魔法アイテムやらも集めてたら、アインスに目を付けられて、今ではすっかり便利な出張魔法アイテム屋扱いさ」


「酷いよね!」と、肩を竦めながらユピトルはようやく落ち着いた様子でレモナードのグラスを傾けた。

その隣でうんうん頷きながら僕も薬草茶を啜る。


あれからユピトルはまず先にアインスと新しいアクセサリーについて話をして、耐火性のある防具は直ぐにほしいというアインスの要望から、取り急ぎユピトルが持っている中で一番強力なブレスレットを渡すことになった。


アインス曰く、「風や水ならある程度なら耐えられるが、火や土は死ぬから耐性は外せない」とのことだった。


そんなものなのかなぁ・・・と、これまでまともに魔法の攻撃など受けたことの無い僕にはいまいちピンとこない。

だから真剣なアインスとユピトルのやりとりを、興味津々で聴いていた。


それでもユピトル的にはこの際アインスにはもっと強力な防具を持っていてほしいようで(これ以上壊されるのは堪らないらしい)、次の杭を抜きに行くついでに、“もっと良い魔石”を探すべくアインスと僕に同行することになった。


「だって、アインスに渡してる防具達は一応ぼくの大事なコレクションなんだよ!?

 こんなホイホイ壊されたらたまらないよ!!」

「壊してるのは俺じゃねぇ、俺に魔法を掛けてくる馬鹿共だ」


ユピトルに憤慨されてもなんのその、アインスはしれっと答えて新しくユピトルから渡された腕輪を左腕に嵌めた。

幅広のがっしりとした真鍮製の腕輪で、等間隔で紅い魔石が嵌められている。

年季が入った代物なのか、全体的にどっしりとした存在感がある色合いをしていた。


重そう・・・と僕は思うけど、アインスは平気そうだ。


「もしかして・・・アインスの身に付けてるアクセサリーって、ほとんど防具なの?」


じっとアインスの腕輪を見つめて口を開く。

アインスは重そうなアクセサリーをいくつも身に付けていた・・・両手の指には大きな指輪が何個か嵌められていたし、耳にも魔石が光る耳飾り。

ローブに隠れて見えないけど、最初にアインスを追いかけた時に五芒星のアミュレットの他にも大きな石が嵌められたネックレスも見えたし、右腕にも腕輪をしているようだ。

見事に全身アクセサリー固めである。

それらが全部魔法アイテムなのは見て分かったけど・・・。


「・・・そうだ」


静かにアインスは答えた。


アクセサリーはざっくりと分けて防具の役割を果たすものと、魔力や身体能力を高める役割のものがある。

が、アインスの身に付けているものはほとんど防具・・・確かに、魔力が全く無いアインスには魔力を高めるアクセサリーは必要ない。

後は使うとしたら筋力や体力を高めるアクセサリーなのかな。あの赤い魔石の指輪なんかそれっぽい。


「・・・・・・」


アインスに魔力が無い事実を再確認して、僕は解ってはいながらも少し落ち込んだ。

長く願い続けていた『魔法師アインスの弟子になりたい』という夢は、そう簡単には割り切れない。


「セン君は、魔石はどうしてるの?

 見たところアクセサリーは特にしていないみたいだけど・・・」


きょろきょろと僕の耳元や手元を見回して、ユピトルが不思議そうに呟く。

それを聴いてうっと言葉を詰まらせた僕が口を開くより早く、アインスが答えた。


「そいつは魔石を売っ払ってるぞ」

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