第13話 賑やかな来訪者
本に落とされたアインスの視線がちらりと青年に向けられる。
その顔を食い入るように見つめながら、僕は驚きを隠せずにいた。
この人は・・・アインスの知り合い?
アインスの視線に釣られるように青年をこっそり盗み見て、僕は小首を傾げた。
彼に向けてアインスが見せた小さな笑み・・・それはどこか親しげなもので。
意外なアインスのその反応に僕が驚いている間にも、どさり、青年がテーブルの空いた場所に背負っていたリュックを置く。
その音からしてかなり重そうなリュック・・・置いた振動に、グラスの中の薬草茶が思わず揺れた。
「遅かったなってもう・・・アインスはほんと人使いが荒いよねぇ・・・」
「荒いよねぇと言われてもな」
「だって今回は酷いよ!
“今すぐ来い”だなんて無茶ぶり!
仕方ないからまたキュリウスの本棚を使わせてもらったけど・・・後で怒られるだろうなぁ」
はぁ、と何度目かのため息をつく青年。
『キュリウスの本棚』ってなんだろう・・・何かの魔法アイテムかな?
と僕が小首をかしげている間に青年はもう一つため息を漏らすと、リュックを開いて早速ごそごそ中身を出そうとする。
が、ハッと何かに気付いたように急に手を止めると、今度はくるりと踵を返し慌てて宿の店主の下へ小走りに向かっていった。
「急にお邪魔しちゃってごめんなさい!
ちょっとあそこのアインスに用があって・・・相席させてもらってもいいですか?ありがとうございます!あとはええと、レモナードを一杯ください」
青年の、少し高めでやはりどこかあどけなさを感じるあたふたとした声。
なにやら店主にぺこぺこ謝りながら、注文をしている・・・レモナードは明るい黄色の甘い飲み物で、リモンというこれまた黄色くて酸っぱい果物の果汁を絞って作られる。
爽やかな酸味が暑い日には特に人気の飲み物だけど、寒い日も温めて飲むと美味しい。
因みにリモンという果物はそのまま食べると酸っぱすぎる。だから砂糖をまぶして乾燥させた砂糖菓子が、露店でよく売られてる。
甘酸っぱくて旅のお供にもってこい。
久しぶりにリモンの砂糖菓子食べたくなってきた・・・・どこかに売ってないかな。
青年を眺めながらそんな事を想っている間にも、彼は店主から鮮やかなレモナードが入ったグラスを受け取り、足早に席へと戻ってきた。
「・・・律儀だな」
「え?そう?」
またもぽつりと可笑しそうにもらしたアインスの言葉に、きょとんとする青年。
「で、何が欲しいの?アインス。
とりあえずひとしきり持ってきたから何でもあるけど」
「へぇ・・・ひとしきり、な。
ガルロスの鱗もか?あるなら高値で買い取るが」
にやり、また口元に意地悪そうな笑みを見せてアインスがテーブルに頬杖をつき青年を見やる。
途端に荷物を机に並べていた青年は口をぱかっと開けて絶句した。
「・・・もう!!君って本当に意地悪だ!
ガルロスの鱗なんて手に入るわけ無いだろ!
あんな魔獣の鱗なんてお目にかかったことも無いよ・・・」
「魔獣じゃなくて地下に住まう竜だ。
魔獣なんて言うと足元で地割れでも起こされるぞ」
魔獣?竜?
そういえば、魔法師学校で習ったっけ。
アインスたちの会話をぽかんと聞いていた僕は、聴き慣れない単語にふと思い出す。
学校の授業で習った内容だと、確か竜は“ガルロス”と呼ばれた地竜を最後に、この世に姿を現していない。
その地竜ガルロスも何百年も前に討伐されて、今は竜は絶滅したと言われている。
竜なんて本当に居たのかな・・・だって文献によると竜は巨大で凶暴で物凄くパワーが強くて、土地の支配者として恐れられているような伝説的な存在だ。
でも確かに、古代の遺跡や文献には竜が存在した痕跡が残っている。
古代の遺跡には竜を祀っているものも多い。
だから・・・昔は確かに居たのかもしれない。
巨大な翼を広げ、灼熱の炎を吐く竜が。
何故か憤慨したような青年と、どこか楽しげなアインスのやりとりを聴きながら。僕は独り、教科書の中で見た資料と絵を思い出す。
竜は絶滅したと言われているからもちろん、魔獣も僕は見たことが無かった。
きっと実際に目にしたら物凄く怖いんだろうけど・・・でも、出来ることなら一度ぜひ本物を見てみたい。
「ガルロスは400年間ずっと地下で眠っている。
当分起きる気は無いそうだ」
「なにその情報!
ガルロスは何百年も昔の文献に載っているだけの竜で、実在したかも定かじゃないだろう?
しかも討伐されたと言われてる。
だから当然、その鱗なんてぼくが持っているはずがないじゃないか・・・」
やれやれとばかりに青年は再びリュックの中のものを机に並べていく。
「本当に君は意地悪だよアインス・・・」
「残念だな。
ガルロスの鱗があればテューヌに魔法薬にしてもらったんだが」
「・・・伝説の地下竜ガルロスの鱗で魔法薬・・・」
「興味あるだろ?
手に入れば最強の身体強化薬だ」
「・・・・・・魔法アイテムとしては興味ある」
最後には泣きそうになりながら、青年はリュックから何本か瓶を取り出し、ことりと机に置いていった。
「・・・・・・」
アインスと話せば話すほど生気を失っていく青年を、黙ったままじーっと眺めながらふと思う。
アインスってば、さっきから意地悪な冗談ばかり言ってるし・・・この青年はよくアインスに振り回されているのかも。
にやにや意地悪な笑みを浮かべているアインスと、溜息を洩らしながらリュックから物をテーブルに並べている青年を見ていると、こうした二人のやりとりは日常茶飯事らしい。
「・・・・・・」
そんな戯れのような二人のやりとりに内心ちょっと戸惑いながらも。
とりあえず僕はただ目を丸くしてこの状況を見ているしかなかった。
「そういえばさ、メイスは元気?」
テーブルに荷物を並べる手を止めて、青年がアインスに尋ねる。途端にアインスはぷいと横を向いた。
「・・・ああ」
「ねぇ後でぼくにも撫でさせてよ!
いつもアインスばかりずるい!」
「知るかよ、そもそもこいつは俺のじゃねぇ」
そうこうしているうちに、いつの間にやら机は青年がリュックから取り出した“物”でいっぱいになっていた。
大小さまざまな液体の入った瓶、色とりどりの鉱物、ペンダントや指輪といったアクセサリー。
さながら商店の店先である。
わぁ、凄い・・・!
あれよあれよと言う間に目の前に広がる光景に、好奇心が疼かないわけが無い。
あの鉱物綺麗・・・魔石かなぁ?
言葉を失いじっと品々を眺めている僕の横で、青年は机の向かいに座りカフィを啜っているアインスに向き直る。
「で、今回は何が必要なんだい?
急に呼び出すってことはまた何かあったんだろう?」
「・・・火耐性の腕輪がやられた。
新しい物が欲しい」
「え!あのブレスレットやられちゃったの!?」
突然の青年の大声に、魔石らしい鉱石を食い入るように見つめていた僕はびくりと肩を震わせた。
ちらりと見上げれば、慌てた声を上げて咄嗟に手近な小瓶を取り上げた青年をよそに、ことり、アインスがカフィの入ったカップをテーブルに置き左腕のローブをまくって青年に見せる。
途端に青年はぴたりと動きを止めて目を丸くした。
「・・・?
あれ?怪我が無い・・・」
晒された左腕にすぐさま小瓶の中身をかけようとしていた青年は手を止めたまま固まっている。
そのまま驚いたようにゆっくりとアインスを見る。
「あのブレスレットが壊れるくらいの炎を受けたなら、火傷のひとつもあっていいはず・・・」
「ああ、そいつが治した」
左腕のローブを下ろしながら。
そのままアインスが、顎で僕を指し示した。
突然話題を振られた僕は思わず身を固くする。
が。
「誰!?」
さらに僕を驚かせたのは、傍らに座っていた僕を見下ろすなりぎょっとしたように飛び上がった青年だった。
え?
今まで気づいてなかったの?
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