新たなる旅路と仲間達
第11話 “杭”という楔
「で、アインスは最近なんで魔法師に狙われるようになったの?」
「・・・・・・」
汽車が停まった街に、僕はアインスと一緒に降り立った。
隣に立つ黒ずくめの長身を見上げるも、彼は黙ったまま答えない。その無愛想全開な様子に肩を竦めるけど・・・今の僕はそんなことじゃへこたれないから大丈夫。
なにせこうして晴れて(?)憧れのアインスの護衛・・・いや、“弟子”になれたんだ。正直、僕はさっきからにじみ出てしまう嬉しさを隠しきれない。
ついウキウキと軽やかになる足取り。
ジャランッ
「・・・うー」
スキップをしかけた僕は、手の中ので鳴った複数の金属音に思わず顔を顰め、両手で抱えるようにして持っている皮袋を見下ろす。
それにしてもやっぱり金貨が詰まってるとかなり重い・・・しかも歩くたびにじゃらじゃら鳴る。これは良くない。
持ち運ぶだけで一苦労だし、なにより両手が塞がってしまう。
うん、後で早速この金貨で小さな収納箱でも買おう。この街はわりと大きそうだから、いいものがあるかも。
静かな夜道でじゃらじゃら響く音に申し訳なさを覚えながら、僕は早急に対策を取ることを決心した。
僕は元々身軽なのが好き。
だから荷物も最小限で、肩から下げているコンパクトなショルダーのみ。
しかも中身はほとんどが乾燥した薬草を束ねた薬草茶。あとお茶を飲むための水筒とお金と筆記用具。
本当に旅をしているのか、びっくりするような内容なのは自分でも解ってる。
けどこれまで基本町から町へ移動するような道中だったから、そんなあっさりとした内容で事足りた。
あとは魔法でなんとかしてるし。
しかも魔法師には必須の魔石も要らないし、杖やら剣やらも別に必要ないやから一切持ち歩いていない。身軽最高。
そんな感じで過ごしていたので、小さなサイズで色んなものを持ち運べる魔法アイテム!が売りの“収納箱”もそのうち手に入れようと思っていたけど、結局買う機会が無いままここまで来てしまった。
あと“収納箱”は結構高価だ。
なんでも“特殊な魔法”を使っているとか。
その“特殊な魔法”については、魔法師学校に居た時は教えてもらえなかった。
この世には知らないほうがいい魔法もあるんだって。
とにかく、流石にこの量の金貨は普通には持ち運べない。
しかも誇らしげで自信たっぷりな金貨達だ、あんまり皮袋の中でガンガンぶつけていると、そのうち怒られるかもしれない。・・・地精霊あたりに。
「それはちょっと・・・困るなぁ」
静かに怒る地精霊を想像して苦笑する。
地精霊は基本すごく優しくて、火精霊と違って滅多なことじゃ怒らないけど・・・大事な子供達でもある植物や鉱物や生き物達が過剰に脅かされるようなことがあれば流石に怒る。
そして怒ると・・・めちゃくちゃ怖い。
なのでアインスから貰ったこの金貨でいよいよ収納箱デビューを果たそうと、僕は抱える皮袋の重さに思わずよろめきながら思った。
すっかり夜になり、街は静かで、光の魔法をともされた街灯の明かりがぼんやりと石畳を照らしている。
通りには少し前を歩くアインスのブーツが石畳を鳴らす重い音と、僕の金貨のじゃらじゃらという金属音だけが響いていた。
もう少し行けば賑やかな場所に出れそうだ。
「・・・魔法師の中には、俺のように杭を抜きたがっている馬鹿がいる」
不意に前を歩くアインスの声が聴こえた。
ハッと顔を上げれば、僕に背を向けたまま唐突に口を開いたアインス。
そして相変わらずあっさりと言い放たれた“馬鹿”という悪態に、僕は思わず閉口する。
しかしアインスは気に留める様子もない。
「そいつらは野心で杭を抜こうとしてやがるが、どんな魔法を使っても杭が抜けねぇから、俺が杭を抜ける理由を知りたいらしい」
「・・・それでアインスを狙ってるの?」
暫く歩くと案の定、家々の明かりが増している場所に出た。どうやらこの辺りには宿屋と酒場があるらしい。
未だ人が起きているのだろう、酒に酔っ払った人達の豪快な声が聴こえて来る。
「・・・研究でもする気なのかもな」
「え?」
研究?
何のことか良く分からなくて、僕は思わずアインスを見上げた。
けれどもアインスは何も言わず、一つの建物の前で足を止める。ドアの横には宿屋を示す看板。
アインスはそのままドアを開けてさっさと宿屋の中に入ってしまった。
僕も慌てて後を追う。
扉の向こうに広がるのはドッと賑やかな笑い声。橙色の暖かな明かりと、一階が酒場兼食堂になっているのか人々が談笑し食事をしている楽しげな光景。
その中で。
「・・・・・・」
夜の闇を纏うようなアインスの漆黒の背中が、酷く異質に見えた。
その夜、僕は宿屋の一室で、宿屋の主人に借りてきた本を開いていた。
昼に読んでいたヤマトノクニについて書かれた歴史書も、結局そのまま持ち歩いている。
本や歴史書はたいていある程度読んだら売ってしまうのだが、この歴史書は手ごろな大きさだったし・・・気になることもあったから、そのまま持っている。
ベッドの上に置いた、歴史書が入った鞄に僕はちらりと目を移した。
「・・・“ワメイ”、かぁ」
無事に“目的”のアインスに追いつけたし。
予想外に護衛という形にはなったけど、念願のアインスに着いて行く為の最初の一歩は無事踏み出せたし結果的にはかなり上々だ。
彼の護衛っていうのがどんなものかはまだ良くわからないけど・・・彼はこのまま旅を続けるわけだから、その傍らで“ワメイ”について調べてみてもいいのかもしれない。
・・・ただの偶然なのかもしれないけど。
ちょいちょい見聞きする“ワメイ”という言葉。なんだか気になってしまう。
そして僕は再び、目の前の本に目を落とす。
これは植物について書かれている本だ。此処の主人は植物が好きらしく、階下の書棚には色々な植物の本が置かれていて、僕は目に留まった植物の本とついでに“杭”について書かれている歴史書もあったから借りてきた。
ランプの光がゆっくりと揺れるテーブル、手元には宿屋の店主に淹れてもらった湯気のただよう薬草茶。
植物にも精霊は宿っている。
だから僕にとっては、薬草もとても大切。
精霊達は人が元気になる様を見て、喜んでくれるのだ。
薬草茶を飲むたびに、精霊たちが喜びを歌うような嬉しそうな音色が聴こえる。
でもみんな精霊たちが奏でるそんなささやかな音色には気づいていないから、僕も誰にも何も言わないけど。
「・・・おいしい」
鈴が鳴るような嬉しそうな音色に思わず微笑みながら、静かに呟いた。
これはラヴェンダルのみのシンプルな薬草茶だが、心地よいラヴェンダルの香りは心を鎮めて落ち着かせてくれるし、目にもいいとされている。大好きな薬草。
そんな読書のお供にちょうどいいお茶と共に、僕は独り黙々と本を読み耽っていた。
植物について書かれた本を読み終え、次は歴史書へ。
窓の外にはうっすらと白い月明かり。時折、夜行性のウルラがホウホウと鳴く声が窓越しに聴こえてくる。
夕食時の喧騒が嘘のように、静かな夜だった。ささやかな風が僅かに窓ガラスを揺らす音。
「・・・シェリル。いつもありがとう」
その小さな音に、僕は本から窓の向こうに目をやり囁いた。
すると僅かな風が応えるかのように窓をカタリと揺らす。
旅の間、僕は夜の間の守護をこの馴染みの風の精霊に頼んでいた。
野宿はしないで町から町へのきままな移動だけだったとしても、旅に危険はつき物だし、寝ている間は守備が手薄になるから念のためいつも精霊にお願いしていたのだ。
なので今日もついでに護衛としてアインスの守護も頼もうと思ったが・・・アインスはまた何か魔法アイテムを所持しているらしく、「いらねぇ」と一蹴されてしまったのだった。
まぁ、旅する人間なら夜の間の守備は必須だから、すでに何かしらの対策をしてても当然なんだけど。
そこでふと思う。
・・・護衛としての意味、ない気がする。
宿屋についてからのアインスは食事を終えるなりさっさと自室に引っ込んでしまったし、正直ほとんど会話らしい会話もしていない。
はぁ、と思わず小さくため息が漏れる。
その手元で、歴史書に印刷された文字が月明かりに白く浮かび上がっていた。
『ある時突然、
突如天に暗雲が立ち込め、地上のある一点に雷が落ちるかのように、漆黒の杭は地に突き刺さった。
そのさまを見た人々は後にこう伝えている。
「天の裁きだ」と』
「・・・
“杭”という存在もまた、この世界の常識であり、大きな謎だった。
人々の生活に多大な影響を与えている、見たくなくても視界に入ってしまう存在。
僕が生まれた時にはすでに、この世界には“杭”が存在していた。
大地を貫くかのように、突き立てられた巨大な漆黒の
その周囲は常に黒雲で覆われ、大地も黒く染まり、時間が止まったかのようにその一帯だけ異様な空気に包まれていた。
誰も近づくことはできず、植物も育たない。
陽の光も刺し込まず、其処はまるで永遠の夜の眠りについているかのような世界。
『杭の数は全部で10本。
打たれる時代も、場所も誰にも予測ができなかった。
杭を打たれた場所は瞬く間に暗雲に覆われ、何者をも近づけない地となった。
杭が放つ強烈な呪いに耐えられず、人々はその場から逃げるように立ち去ることを余儀なくされた。
一番最初に打たれた杭は、かつて東にあった島国、1000年前のヤマトノクニと言われている。
それから約100年に一度、杭は打たれ続け、最後に杭が打たれたのは約100年前。
地方の貧しい村だった。
それ以降新たな杭は打たれては居ないが、また次の杭を打たれるのではと人々は不安の中日々を生きていた。悪夢のような時代だった。
その時突然一人の男が現れ、杭を抜いた。
これまで誰も抜けなかった杭を。
杭が抜かれた土地は瞬く間に陽光にあふれ、再び生き物が住まえる土地となった。
かくして男は
「リバイバー、か・・・」
アインスのことだ。
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