第10話 魔力なし英雄の弟子

これだけはハッキリさせておきたいんだ。


やっぱり僕は、アインスの護衛よりも弟子がいい。


「・・・・・・」


勢い込んで身を乗り出した僕を真っ直ぐな目で見据えて。彼はその形のいい眉をぐっと顰める。

苦々しげに。


「・・・だから、弟子は無理だって」

「無理じゃない!」


食い下がる僕の言葉に、アインスは口を噤んだ。

直後、眉根を寄せたままじろりと僕を見る青い瞳。「何言ってんだ」と言わんばかりの表情。

きっと今の彼には、僕が駄々を捏ねる子供のように見えてるだろう。


だけど僕もただ意味もなく「弟子だ」なんて言ってるわけじゃない。


アインスの真っ直ぐで揺るがないその目から目を逸らさずに。

真剣に、僕は口を開く。


「アインスと一緒に居れば・・・僕は絶対、成長できる。貴方から色んな事を教えてもらえる気がするんだ。

 だから僕は貴方の弟子になる」


これは僕の勝手な感覚だった。

でも解るんだ。

アインスというこの男が只者じゃない事も。

そんな只者じゃないこの男と一緒に居るだけで・・・僕は、容易く知りえない事を、きっと彼から学び取れるのだという事も。

アインスからは確かにそんな気配がしたから。


アインスは不思議だった。

魔力なんて全然無いのに。


彼は決して、凡人ではない。


何故そんな風に思うのかは解らない。

解らないから、彼を見ていたいと想った。

・・・それは多分、彼が魔力が無いのに協会長達も一目置く人間だからとか、世界で唯一の“杭”を抜ける英雄だからとか、そんな事が理由ではなくて。

僕の中にあるのはアインスへの興味と好奇心。


そして・・・初めて彼と会った時に感じた、ただ真っ直ぐに前を見据える強さへの、憧れと・・・尊敬。



『・・・・・・サクラ』



アインス達の魔法師学校卒業式だったあの日。

式典の後のパーティーで、たまたま耳にした彼の言葉と、何も知らずに彼に話しかけていた僕。


『サクラって、“ワメイ”?』


あの日初めて会ったのに。

彼は僕の言葉を受け止めた。


『俺を追うなら、お前にやる』


そして挑発するような笑みと共に幼い僕の目の前に掲げられたのは、赤い光を放つ五芒星のアミュレット。

シャランと目の前で揺れたその光と、僕を見下ろしたアインスの青い目と、他愛のない僕の言葉を受け止めてくれた事実と。


『来れるもんなら来てみやがれ』


僕に向かって、真っ直ぐに“応えてくれた”あの言葉。



それはあの瞬間、僕に“アインスの弟子になりたい”思わせるには、充分だった。



「だから僕はアインスの弟子!

 あ、ちゃんと護衛もするからね」


「・・・・・・好きにしろ」



真剣な顔で告げた僕の言葉を黙って聴いていたアインスは、呆れたようにハッと鼻で笑い飛ばして。

そのまま目を逸らすと、ただそう答えた。


「・・・!」


その言葉に僕は目を見開く。

今、“好きにしろ”って言ったよね?

思いっきり呆れ果てたその様子ながらも彼が口にした言葉を、僕は聞き逃さなかった。


一拍空いた後、僕の胸に湧き起こったのは・・・歓喜。


“好きにしろ”ってことは・・・僕、アインスの弟子になっていいんだ!


アインスに向き直ったまま、僕は笑みを浮かべる。

満面の笑みを。


「うん!よろしくアインス!!」

「俺はお前を護衛として扱うがな」


両手を挙げて喜ぶ僕を尻目にアインスは釘を刺すようにキッパリと答える。でも僕はそれで構わない。

なにはともあれ・・・“アインスの弟子になりたい”という僕の願いは叶ったのだ。万々歳である。

あとはアインスに“弟子”として認めてもらえるよう、僕は彼から色々学ばせてもらう!


そして“彼の弟子である”ということを、ゴリ押しする!!


「あー・・・嬉しいなぁ」


僕は喜びを噛み締めると同時に、なんだか肩の力が抜けてそのまま座席の背もたれに寄りかかり息を吐いた。なんだ、気楽にアインスを追いかけてきたと思ってたけど・・・結構必死だったんだな。

なんて、今更自覚する。

ほっとしたまま僕は小さく微笑んだ。


良かった・・・これで、アインスの旅に一緒に着いていける。

彼とまだ、一緒に居られる。


そんな独りしみじみ喜びを噛み締めている僕を尻目に、アインスはまた懐に手を突っ込み、今度は重そうな皮袋を取り出していた。気づいた僕は目を上げる。

なんだろう?とこ首を傾げる僕の目の前にそれがずいっと差し出されると同時に、揺れる中身がじゃらりと金属音を立てて。

変わらず真顔でアインスは言った。


「お前を護衛として雇うからには金は払う。

 護衛を渋られた時にはこいつで釣ろうかと思ったが・・・その必要は無かったようだな」


受け取れと言わんばかりに目の前に皮袋を突きつけられて、僕は戸惑いながらもとりあえずその袋に視線を移した。

護衛として雇う、かぁ・・・僕は別に、勝手に彼に着いて行くつもりだったからこれはちょっと予想外。

どうしようかと内心悩むけど、・・・早く受け取らないと何か言われそうだ。

瞬く間にアインスの眉間に皺が寄ったことに気付いて、僕は慌てて皮袋を受け取った。


・・・う、かなり重い。


受け取った瞬間ずしりと両手にくる重み。この感じからすると結構な量だ。

お金をもらえるのは助かるけど・・・薬草とか古書とか買いたいし、魔石は売っちゃったし。

でも。


「え・・・こんなに、要らない」

「貰っとけ。タダや端金でお前を使うほど俺はクズじゃねぇ」


なんてきっぱり言って、彼は“返すなよ”と言わんばかりに僕を睨む。

いやでも・・・重いし。

それに・・・こんな重い皮袋を懐になんて入れて、アインスはよく平気で居られるな。


そう言えばやけに軽装なアインスに気づき、皮袋を手にしたまま思わずその服装に視線を向けた。

アインスは全身真っ黒な服装だった。

といっても、上から羽織っている真っ黒な裾の長いローブに隠れて、着ている服は良く見えないけど。履いているブーツも真っ黒。

おまけに髪も真っ黒だから、見事に全身真っ黒だ。その中で彼の目だけははっきりとした青だから、真っ黒な中にその鮮やかな青色が映えている。

まるで夜空に光る星のように印象的なその双眸。

魔石でいうなら、うん、深く鮮やかな青色のラズワルドの色だ。


しかもアインスはやたらめったらアクセサリーを身につけている。しかもどれも魔法アイテム。

パッと見ただけでも何かの呪い避けの耳飾りやら守護のペンダントやら指輪やら・・・とにかくあちこちごついアクセサリーだらけ。

あれも重くないのかな?


それに比べて僕は生まれつきの銀髪。

目も薄い緑色で、魔法師学校の皆からはよく「風魔法の魔石みたいに綺麗」と言ってもらってた。風魔法の魔石だとジェダイトの色、とかよく言われた。

魔法師の卵達は、色をよく魔石に例えてその多種多様な魔石達を覚えていく。僕だったら薬草の色に例えるけど。

で、僕は肌の色も白いと周りからよく言われるくらいだから、こうしてアインスと比べると見事に白黒だ。

・・・なんかちょっと面白い。


とかじーっと目の前のアインスを眺めながら思っていると、これまで黙っていた彼が怪訝そうに眉根を寄せた。


「・・・おい、何を見てる」

「あ!いやなんでもない。

 えーっとこれって・・・」


慌てて誤魔化すように僕は手の中の袋を膝に置いて覗き込む。わぁ、やっぱり全部金貨だ。

しかも・・・かなり大量に入っているんですけど・・・。

袋と開けて覗き込んだ僕は思わず絶句した。

これはかなりの金額だ。皮袋の中できらきらと誇らしげに輝いている金色の光。

うーんいい金貨だなぁ。なんてちょっと現実逃避をしてみる。


・・・っていうか、何でアインスはこんな大金を持ってるの?


と、思わず疑いの眼差しを向けた僕の心の中はまたも筒抜けだったのか、アインスは分かっているかのようににやりとその口元に笑みを浮かべた。


「別に盗んだわけでも人を脅して奪ったわけでもねぇ。

 言ったろ、俺は“稀少な存在”だ。

 俺が杭を抜いて回るのを、魔法師協会は援助している」

「ってことは、これは魔法師協会からのお金ってこと?」

「あとは、俺が杭を抜いた土地の奴等が礼にとよこしてくる」


「別に要らねぇんだが」と小さく漏らして、アインスは僕の手の中にある皮袋を指差した。


「とにかくだ、俺の護衛には相応の対価を払う。


 ・・・いいな?」


最後の一言には、静かな確認が込められていた。

気づいた途端、僕は思わず口を噤む。


アインスから伝わってくる、覚悟。

“相応の対価”という言葉。


それは彼が、この“杭を抜く仕事”に・・・命を懸けているということ。



「・・・うん」



そしてそれは僕もまた、その“アインスの護衛”に・・・命を懸けるということ。


・・・彼の護衛をするということは、どうやら僕が思っている以上に、大きなことみたいだ。


きっとこのお金では図れないものが、動くほど。


そして事実、世界では・・・僕が思っている以上に“大きなこと”が、動いていた。

途方もなく大きく。


遥か昔から今もなお、延々と残り続けている“もの”が。


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