第8話 英雄の正体


走り続ける汽車の中で、僕は縮こまっていた。

窓枠に頬杖を着き冷たい目でこちらを見据える“英雄”、リバイバーと呼ばれる魔法師アインスの前で。


「えーっと、僕、薬草が好きで・・・でも旅でもしないと珍しい薬草なんて見つからないし、だからその、見つけたら何がなんでも絶対必ず意地でもゲットしようって想ってて・・・」


ごにょごにょ。アインスの無言の圧力に耐え切れず、僕はぽつりぽつりと説明を始めてみる。

最初は身を縮めて蚊の鳴くような声で始めた説明だったけど・・・魔石と引き換えに手にした薬草の事を思い出し、その薬草の素晴らしさを思い出しているうちに・・・僕の気分は徐々に高揚していく。

そしていつの間にかその勢いのままバッとアインスに身を乗り出していた。


「とにかく本当に!今回見つけたのはすっっごくレアな薬草だったんだよ!!

 あっそうだ!

 アインスもちょっと見てみてっ」


「!」


しまったと、気づいたアインスの顔色が変わった。


「ほらこれ!

 “ビオルチェ”って言うんだ!!

 神秘の薬草って呼ばれてるもので、深い傷の再生や解毒もできる凄い薬草!って言っても僕は使ったことないからどこまでできるか解らないけど、でも神秘の薬草と言われてるくらいだからきっとすごい効力があるんだよ!大体、本物のビオルチェなんて本来は魔石を売ったお金くらいじゃ手に入らないんだけど行商人はこれがビオルチェだって気づいて無かったんだよね、だからこの薬草に出会えたのはまさに奇跡!っていうかこうして本物を見れただけで凄いことなんだよ、僕は前に本で読んだだけなんだけど実物はやっぱりぶっ」


「うるせぇ」


嬉々としてしゃべり続けていた僕の口は瞬く間にアインスの手で塞がれていた。

思わず目を見張った僕の視界では、「・・・話振るんじゃなかった」と、アインスが無言のままうんざりした顔で告げている。


っていうか、アインスの指輪が口にぶつかって痛い。


「・・・ごひぇん」


しまった・・・うっかり夢中になってしゃべりすぎちゃった。


僕も自分の失態に気づいて、口を塞がれたままとにかくこくこくと頷く。

その「もうこれ以上喋りません」という意図を視線で受け取り、アインスは疑うように眉根を寄せながらもゆっくりその手を離す。

途端にぷは、と僕は息を吐き出した。

あぁ苦しかった・・・そして口が痛かった。


アインスの中指にはめられているとりわけ大きい指輪を忌々しげに見やる。青い輝石が夜空のようで綺麗だけど・・・あれは凶器だ。


それにしても。

いきなり口を塞がれたのにもびっくりしたけど・・・やってしまったと、内心自分で自分に猛反省をする。薬草のこととなると目が無い。

上に喋り出すと止まらないし目の前に薬草があると飛び出すのを止めれない。

独り項垂れ反省する僕を横目に、アインスは小さくため息を漏らした。


「で。

 魔法師には必需品だと言われている魔石を売った・・・か」

「・・・う」


まだ話は終わっていなかったようだ。

しっかりちゃっかり話題を元に戻されて、うな垂れていた僕はぴたりと固まる。

そしてまたひしひしと伝わってくる・・・無言の圧力。


・・・っていうか、魔石を売った事でなんでこんなに追い詰められなきゃいけないんだろう。

僕そんなに悪いことしたかなぁ?


いやしてない。


とにかく。

引っ張り出してきた大事な薬草をしまいこむと、僕は覚悟を決めたようにアインスに向き直った。



「だって魔石、使わないし」



きっぱりとそう告げる。

開き直った、といっても過言ではない。


でも・・・事実なのだ。

事実、僕は特に魔石は必要が無かった。

魔石が無くても、魔法はそれなりに使えると解っているから。


正直、これ以上の魔法の威力は要らないし。

あんまり威力ばかりあってもそんな魔法いつ使うの?って思う。

だから、それなりに使える今の現状で十分。

なので持っていても使わない魔石をすっかり持てあましていた僕は、それよりもこのレアな薬草の方が使えると判断して魔石を売ったのだった。


うん、我ながらいい判断だったと思う。

使っていない魔石を売って使い道のある薬草を買う!最高じゃないか。


と、僕自身はなんだか満足な心地になってきたのだが。


「・・・・・・」


アインスは何も言わなかった。

ただまた真顔で、じっと僕を見てる。


「・・・う」


その沈黙に、またもじわじわ緊張してくるのを感じる。


やっぱり怒られる?

でも、怒られる理由なんてないよね?


っていうか・・・アインスの“これ”、わざとなのだろうか?


それとも何か考えがあって、アインスはこの“真顔で無言で見据えてくる”という攻撃を仕掛けてくるのだろうか。

正直、アインスの考えは全く読めない。真顔過ぎて表情からもさっぱり意図が掴めない。

とかなんとかぐるぐる考えすぎてきて、段々と頭から煙が出てきそうになっていた。

難しく考えるのは苦手だ。考えてるうちに疲れてくるんだもん。


僕は心の中で小さなため息を漏らす。

・・・確かに、超有名な魔法師であるアインスから見れば、魔法師が自分の魔石を売っぱらうなんてとんでもないことなのかも知れない。

だから呆れてるのか、怒っているのか・・・無言。


ずっと、無言。


・・・ああもう!なんなんだよこの沈黙!!


いよいよ耐え切れなくなった僕はそのままバッとアインスに身を乗り出す。


「そうだアインス!

 あんな人が多いところで火の魔法使うなんて危ないよ!」


なんとかしてこの無言の圧力を終わりにしたかった僕は、ちょうどさっきの町での騒ぎを思い出して、アインスを捕まえたらぜひとも一言言いたかったことを言ってみることにした。

いっそ話題を変えてしまおう大作戦である。


・・・でも正直、ちょっとこれは言っておきたかったんだ。


僕は僅かに口を尖らせていた。

あの火の魔法は、魔法師達から逃げるためにアインスが放ったに違いない。

なにせアインスは“リバイバー”と呼ばれる異名を持つくらい、すごい魔法を使える偉大な魔法師だ。


だからこそ、あんな狭い場所で火の魔法を使ったらどうなるかなんて、わかってるはず。


正直、そんな超偉大な魔法師をとがめるのは気が引けるけど・・・。

でもでも、もしかしたらあのまま町全体が火の海になっちゃったかもしれなかったし!


そう思って勢い込んで告げてみたけれど。

じっと僕を見ていたアインスは、その表情を変えぬまま口を開いた。



「使ったのは俺じゃない。


 俺は魔法は使えない」


「え?」



耳を疑った。


僕の言葉をじっと聴いていたアインスは、おもむろに硬い座席にどっかりと背を預け、そのまま僅かに笑みを見せた。

にやりと。


「俺は命を狙われている」

「!?」


続けざまに放たれた唐突な言葉に、僕は今度こそ言葉を失った。


彼が、命を狙われている?

なんで?

ってそれよりも!


魔法が使えない?



そんなことは有り得ない。



僕は目を見開いたまま目の前の男を見つめた。

だって彼は、かの有名な魔法師“リバイバー”だ。


この世でただ独り、“杭”を抜く魔法を使うことができる・・・。


苦手な“考え”をまたぐるぐる始める羽目になってしまった僕は、沸き起こる戸惑いに視線を泳がせ口を噤む。いったい彼は何を言っているんだろう。


冗談?

でもどうしてそんな冗談を?


「俺の仕事を知っているだろう」

「っ、うん・・・貴方はリバイバー。

 この世界に打たれた“杭”を、ただ独り抜くことができる・・・」

「魔法を使ってるなんて、誰が言った」

「え?」


「杭を抜くのに魔法を使ってるなんて、俺は一言も言っていない」


可笑しそうに小さく笑いながら、アインスは「ばかばかしい」と呟いた。


「魔法師という肩書きは、事情を知らない奴等が勝手に勘違いして付けやがっただけだ。

 俺は魔法師じゃないし、俺には魔力なんざ無い」






「だからお前を弟子には出来ない」






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