第6話 旅に出た理由




「・・・っ退け!

 あいつらに捕まるわけにはいかねぇんだよ!!」

「っ」


「弟子にして!」と告げた僕の叫びに男は一瞬目を見開いた。

が、直ぐに我に返ると男は一気に僕の身体を押しのける。

瞬間、男の動きに合わせて黒いローブがはだけ、その下から金属のアミュレットがきらりと輝いた。

銀色の五芒星。


僕が思わずそのアミュレットに釘付けになったその隙に、男はそのままチッと舌打ちし素早く立ち上がるなり再び走り出した。

その背後からは彼を追っていた二人の魔法師の姿。


「っ」


慌てて僕も男に続いて走り出した。

「あいつらに捕まるわけにはいかない」

さっき男が怒鳴った言葉が頭の中を駆け巡る。


「待って!!」


なんで魔法師に追われてるんだろう?


だって“リバイバー”は彼自身が超有名な魔法師だ。

魔法師の間では、ううん、この世界では“英雄”。

そんな彼が同業の魔法師に追われている事に疑問が浮かぶけど、とにかく今は僕も目の前のこの男を捕まえなきゃ!


理由は解らないけど、他の魔法師達に彼を横取りされるわけにはいかない。

僕がずっと追い続けてた、やっと目の前に現れた、運。


僕だって、彼を見失うわけにはいかないんだ!


ぐっと拳を握り締めて。

ひたすら、彼を追って走り続けた。






「・・・・・・はぁ・・・」


魔法師から散々逃げ回った後。

男を追って飛び乗ったのは、汽車だった。


直ぐに駅を発車した汽車はゆっくりとその速度を上げ、ガタタンガタタンと鈍い音を立てている。

飛び乗る前に、あの魔法師達のことは撒けたはず。

だからもう安全だろう。


とにかく目の前を走る黒尽くめの男を追うのに必死だった僕は、慣れない全力疾走にもはや息も絶え絶えだ。


汽車の中はあまり混んでなかった。

車輪が刻む一定の金属音の合間に、乗客の楽しげな笑い声が聴こえてくる。

街中から高原へと景色を変えた窓の外に目をやりながら、僕はだらだら流れる額の汗を手の甲で拭うと未だ荒い息でゆっくり深呼吸した。

こんなに走ったのは久しぶり。

魔法師学校時代に、魔法が使えるのをいいことに運動をサボっていたことが今更ながらに悔やまれる。

・・・体力って大事なんだな。


「・・・で、何でお前は俺を追っている」


はたと気づいた時には、前から投げられていた鋭い声。

ちらりと目を上げれば・・・僕の向かいの席で、すっかり呼吸も整った男がじっと僕を睨んでいた。

敵意を滲ませて。


・・・うわ、いつの間にかここまでついてきちゃった。


とにかく彼を見失わないことしか頭に無くて、ひーひー言いながら汽車の中でもふらつきながら必死でずっとこの男に着いて来たのを思い出す。

そしてちゃっかり向かいに座り込んで今に至る。


「えーっと・・・」

「・・・・・・」


心底胡散臭がっている男の視線が痛い。


・・・ちゃんと説明しないと。

あの魔法師達が彼を追っていた理由は良く分からないけど。

僕は別に、彼に危害を加えたくて追ってるわけじゃないから。


「・・・っ」


だけどこちらを睨んだままのじりじり迫る男の威圧的な気配とあからさまな敵意に、自ずと緊張してしまう。

耳の奥で心臓がどくりどくりと鼓動する音が響く。

同時に男の銀色の耳飾りが、こちらに向かってぎらりと鋭く光った気がした。


そんな迫り来るような威圧感をなんとか踏み留まって押し返すように。

僕はぐっと腹に力を込めて平静を装い男に向き直ると、拳を握り締め姿勢を正した。

真っ直ぐに、こちらを睨む男の目を見る。



「僕の名前はセン。


 貴方の弟子になりたくて、ずっと貴方を探してた」



名を名乗りながら、そのまま勢い良く右手を差し出す。だが彼は僕の手に見向きもしなかった。


ただ・・・ぴくりと、僕の名を聴いた瞬間、何故か一瞬男の眉が動いた。


でも変わらず、その目の警戒心は揺るがない。ただ真っ直ぐにこちらを見ている。


何かを探るように。


その眼差しに怯みそうになりながらも。

何とか頑張って踏み止まって、僕は再び口を開く。


「・・・僕は貴方に危害は加えない。

 僕はまだ駆け出しの魔法師で・・・ずっと、貴方に憧れていて、18歳になったから魔法師学校を出て貴方を探してた」


差し出した右手はそのままに、ゆっくりと慎重に僕は言葉を続ける。

じわじわと迫りくる緊張感に、これ以上彼を警戒させないようにと僅かに息を殺しながら。


それにしてもこうも警戒されると・・・うん、彼が野生の獣に思えてくる。


なんだかやけに緊張を強いられるこの状況にドキドキしながら。

彼を刺激しないように僕自身が懸命に気持ちを落ち着けて、ゆっくりと言葉を続ける。


「貴方とは、昔セルヴィスの魔法師学校で会ったことがある。

 貴方が卒業する時に・・・アインス」

「・・・・・・」


男・・・アインスは答えない。

微動だにせず変わらずずっと、僕を見ている。

いや、睨んでいる。


「・・・っ」


それきり僕は言葉に詰まってしまった。

アインスに言いたかったことは、これしかなかったから。

差し出したままだった行き場の無い右手をゆっくりと下ろす。


僕が独り旅に出た“目的”。


ただアインスにずっと憧れていて、魔法師として独立できたら彼の弟子になりたい・・・そう思って、独り立ちできるまでの日々を過ごしていた。

ずっと。


「え、と・・・」


いつかまたアインスに会えたら伝えたくて、ずっと抱え続けていたことをこうして告げてしまったら、すっかり話せることが無くなってしまった。

正直、その後何を話そうとかどうしようかまで考えてなかった。


ただただ、彼に追いつくことしか考えていなかったのだ。


そういえば・・・アインスは僕のことを覚えているのかな?

・・・いや、きっと忘れてる。あれから10年も経ってるし。


アインスとは、これまで話したこともほとんど無かった。

彼もまた18歳に成るまでは魔法師学校に在籍していたけれど、授業に出ていたところを見たことは無い。


僕が今18歳でアインスは28歳(協会長に教えてもらった)だから、僕が彼と初めて会った2年くらい前から僕達は同じ学校で過ごしていたはず。

なのに僕が彼に初めて会ったのは、彼が魔法師学校を卒業する時だったのだ。


卒業してからもアインスは魔法師協会本部にはほとんど寄り付かず、時折ふらりと本部に戻っては協会長と会い、すぐにまたどこかへ行ってしまう。

独立した魔法師達は各地にある協会を拠点としたり、魔法師協会本部にも定期的に顔を出すのに。

でも本部にすらほとんど顔を出さないアインスを、協会長はもちろん、他の魔法師達も、在学中ですら魔法師学校の先生達も誰も咎めはしなかった。


アインスは、特別だった。


その理由を当時の僕はもちろん他の子供達は知る由も無かったけど・・・今だとわかる。



アインスが世界を巡り、独り“くい”を抜き始めてから。



そんなアインスと僕が直接言葉を交わしたのはただ一度きり。アインス達の卒業パーティー。

僕はその時僅か8歳。

でも僕は・・・今でもその時のことを鮮明に覚えている。

目の前に立った、アインスの姿を。


「・・・・・・」


込み上げてくる想いを押し殺して、ぐっと拳を握り締める。


そうだ、怯んでる場合じゃ無い。

だってやっと・・・アインスに追いつけたんだ。

憧れだった“英雄”の魔法師である彼に。


“彼の弟子にしてもらう”。

それをなんとしてでも、叶える。


と、内心意気込んではいるのだけれど。


「・・・ええと」


思わずその目を逸らし僅かに視線を泳がせる。

だってその・・・アインスの眼光が、あまりにも鋭すぎるんだもん。


「・・・あー・・・貴方はどこに向かってるの?」


何も答えないアインスの沈黙が耐えられず、僕はもう一度彼に視線を合わせると遠慮がちにそう尋ねた。



「・・・俺の“仕事”、知らねぇわけねぇだろ」



初めて彼は、口を開いた。


じっとこちらを見ていた視線を外し、ため息混じりに懐に手を入れる。

ちらり、アインスが懐に手を突っ込んだときにまた一瞬見えた星のアミュレット。

その手の動きから目が離せずに居る僕をよそにアインスは懐から金色の液体が入った小さな瓶を取り出すと、蓋を開けて一気に飲み干した。


「!!」


瞬間、ぽうっとアインスの体に纏わりついている透明な糸のようなものが一瞬浮かび上がり。

直後、金色の光で掻き消えた。


「・・・チッ、やっぱりな。

 いらん術を掛けやがって」

「・・・追跡の魔法?」


空になった小瓶を懐に戻すアインスを目を丸くして眺めながら、僕は思わず呟いていた。


追跡の魔法。


文字通り、追っている相手が何処にいるのかを把握できる魔法である。

掛けられた相手が解除するか魔法が届かない特殊な場所にでも行かない限り、追う側は相手の居場所を把握できるのだ。

追われる側としてはとてもやっかいな魔法である。


「・・・・・・」


ちらりと、僕は思わず自分の胸元のペンダントに視線を落とす。

・・・僕は別に、アインスに追跡の魔法はかけてない。


ある理由で僕もまたアインスの居場所が大体だが分かり、だからこそ、こうして世界をあちこちほっつき歩いている彼に会えたんだけど・・・。

なぜ“コレ”がそんな作用をするのか、実のところ僕自身にもにもさっぱり解っていなかった。

解るのは、“コレ”をくれた相手くらいだろう。


と、今度はちらりと目の前のアインスに目を移す。


するとアインスも一瞬懐に突っ込んでいた手を止め、だけど何故かそのまま深い溜息を吐いた。

一体どうしたんだろうと僕はただ目を丸くするけれど。

アインスは眉根を寄せたまま懐に突っ込んでいた手元に視線を落とす。


「・・・メイス、今は汽車の中だ。

 お前は未だそこに居ろ」


低くそう呟いて。アインスが、懐に突っ込んでいた手で何かを“押し戻した”。

その手元で何かの影が小さく動いて。


え?


と、僕が言葉を漏らすその前に。


「・・・・・・ニャオン」

「!!」


不服そうな鳴き声が、アインスの手元から聴こえたのだった。

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